気持ちいい戦い

 傷だらけで隻腕だが、エルクはスカーが弱いと微塵も思わなかった。

 エルクは右手をスカーへ向け、念動力で拘束する。

 スカーの身体がビシッと動かなくなるが、スカーは気合を入れた。


「ガァッ!!」

「!?」


 バチンと、念動力が弾かれた。 

 対象一名を拘束する『停止世界フォビドゥン』が、ピピーナ以外で初めて破られた瞬間だった。

 驚くエルク。だが、スカーはすでに動いている。

 肩からねじ切れている。右腕の断面から、筋繊維のようなものが大量に生えてきた。

 その繊維が集まり、巨大な拳となる。


「なっ」

「『ダイナマイトバズーカ』!!」


 巨大な筋繊維の拳がエルクに向かって飛んできた。 

 エルクは、『念動舞踊テレプシコーラ』で身体を真横へ移動させ回避。

 舞台の石板を大量にひっぺがし、スカーに向けて放つ。

 だがスカーは筋繊維の腕で薙ぎ払い、獰猛な野獣のように走り出す。


「ぎゃぁぁっはっはっはっはぁぁぁぁぁ!!」


 エルクは両手に念を込め、念動弾を連射した。

 念動弾がスカーに命中する。顔面、腹、胸、足……間違いなく、十発以上命中しているが、ほんの少し血を流すだけでスカーは止まらない。それどころか、筋繊維の腕がさらに肥大していた。


「ボンッバァァァァァァーーーーーーッ!!」

「噓だろ!?」


 巨大な拳を高く上げ、そのまま力任せに振り下ろす。

 エルクは念動力で拳を止めようとしたが───……なんと、スカーの筋繊維の拳は、エルクの念動力による拘束を容易く突破、闘技場の舞台に拳が激突し、大きく揺れた。


「フハハハハハ!! なんだ楽しいなぁオイ!! その動けなくするスキル、面白れぇぞ!?」

「そりゃどうも……ッ!!」


 まるで、隕石。

 肥大した筋繊維の拳をただ振り下ろすだけの衝撃が、ここまで凄まじいとは。

 エルクは首をコキコキ鳴らし、決意した。


「二割じゃ無理か……四割でやってやる」

「そうか!! それといっておく。ワシに遠慮する必要はないぞ。ワシ、不死身だからな!!」

「不死身……?」

「うむ。マスタースキル『死超越デッドマン』!! 一日13回まで死んでも即生き返る!! ただし、14回目になると問答無用で死ぬ。蘇生スキルも受け付けん!!」


 自分のスキルを思いっきりネタバレしていた。

 13回までなら死んでも即生き返る。初めて聞くスキルに、エルクは驚く。

 スカーは、右の筋繊維の拳を見せつける。


「マスタースキル、『メタモルフォーゼ』!! 身体強化スキルの最上位、身体を作り変えることができるんじゃが、ワシは失くした腕を筋繊維で作るのに使っておる。ふふふ、すごいじゃろ!!」

「え、ええ……」

「だから───……遠慮するなよ」

「……え」

「ワシの命、1回分をお前にくれてやる。だから、遠慮せず……殺す気で来い!!」

「…………」


 エルクは、どこまでも楽しそうに笑うスカーが眩しく見えた。

 この人は本当に楽しそうに戦う。それが、スカーの拳から感じられた。

 エルクはこれまで、真に戦いを楽しんだことはない。どの戦いも、命懸けだった。

 武道大会、チーム戦、ダンジョン戦、学園……今までと違う。

 この戦いだけは、楽しんでいいかもしれない。負けても失うものはない。失うとしたら、警備部隊の総隊長という肩書だけ……むしろ、いらない。

 エルクは頷き、腕を広げた。


「ありがとうございます───……じゃあ、六割で行きます!!」

「ははは、ここまで言っても全力じゃないんか。まぁヨシ!!」


 スカーに報いるために、エルクは全力で念動力を発動させた。


 ◇◇◇◇◇◇


 エルクは態勢を低くし、左手を地面につけ右手を水平にする。

 エルク本来の構え。ここから『念動舞踊テレプシコーラ』でほぼ水平に走り、スカーの右足を思いきり蹴り飛ばす。


「むぉぉ!?」


 スカーの態勢が崩れたので、そのままスカーの左腕を掴み、心臓部分に飛び膝蹴りを叩き込む。

 だが、スカーの胸筋が厚く、ダメージがほとんどない。

 エルクは軽く舌打ちし、念動力でスカーを浮かせて吹き飛ばした。

 スカーは地面をゴロゴロ転がり、素早く立ち上がる。

 その間、エルクは闘技場の四方に立つ巨大な円柱を、念動力で地面から引き抜き四本同時に操作する。この円柱、本来は闘技場を照らす灯篭の役目をしていた。

 だが……エルクにかかれば、巨大な石柱。


「おりゃぁ!!」

「ぬ、フンッ!!」


 スカーは円柱の一本を右で砕く。

 二本、三本目も砕き───……四本目。


「だらっしゃ───……ぬぅ!?」


 四本目は砕けない。

 エルクはニヤリと笑い、円柱を振り回しスカーを横から弾き飛ばした。

 スカーは闘技場の壁に激突。エルクは円柱を槍のように投げ、スカーを押しつぶす。

 駄目押しに、舞台そのものを念動力で浮かべ、回転させて投げつける。

 バッギャァァァン!! と、観客席に舞台が激突。瓦礫が散乱した。


「どうだ……!!」


 舞台のなくなった地面に立つエルク。

 すると───……舞台が持ち上がる。


「ぶわっぁっはっはっはっはっは!! くぅぅ、痛みを感じるなんて何年ぶりだ!? 楽しい、楽しいぞ!!」


 スカーは、筋繊維の腕で舞台を持ち上げていた。

 そのまま、元あった場所に舞台を置き、その上に立つ。

 エルクも舞台へ戻ると、スカーは首をゴキゴキ鳴らして笑った。


「さぁ続きと行こうか───……次はワシ、もっと本気で行くぞ」


 筋繊維が、スカーの腕だけでなく身体を覆っていく。

 もともと、三メートルほどあったスカーの身長が五メートル以上に、横幅も広がり……顔つきも、獅子のような風貌へ、細い筋繊維が髪のように頭から生え、まるで二足歩行の獅子へと変化した。

 攻撃、防御を限界まで高めた『レオ・ザ・ビースト』形態。スカーの本気の姿。


「さぁ!! 行くぞぉぉぉぉぉぉっ!!」


 対するエルクは───……右手を、スカーへ向けた。

 スカーは四足歩行になり、巨大なライオンのように咆哮を上げながら迫ってくる。

 エルクは右手を向けたまま動かず……そっと右手を開く。


「ガァァァァァァーーーーーーッ!!」

「…………」


 そして、右手をキュッと閉じた。


「───……ブホッ!?」


 獅子の口から、大量の血が吐きだされ……スカーは崩れ落ち、舞台を転がりエルクの前で止まる。

 エルクは右のブレードを展開し、獅子の顔に突き付けた。

 スカーの身体が一瞬だけ淡く輝くと、筋繊維が解けて人間のスカーが現れた。


「……ま、負けた」

「俺の勝ち、ですね」


 エルクは、スカーにブレードを突き付けたまま笑みを浮かべた。

 こうして、エルクとスカーの戦いは、エルクの勝利で幕を閉じた。

 スカーは立ち上がると、頭をボリボリ掻きながら首をひねる。


「お前、何をしたんだ? 急に胸が苦しくなったぞ?」

「えっと……一回だけ殺しちゃいました。すみません」

「いやいやそれはいい。で、何をしたんだ?」

「その、『砕けた心ブレイクハート』……念動力で心臓を握り潰す、即死技です」

「心臓を、握りつぶす……?」

「は、はい」


 エマの村で、オーク相手に使った技だ。

 どんな相手だろうと、心臓を握りつぶされれば死ぬ。エルクとしては、あまり使いたくない技だ。

 ピピーナが命名した技の一つである。

 スカーはゲラゲラ笑い、エルクの背中をバシバシ叩いた。


「面白い!! 面白いな!! おいジジィ、こいつを警備部隊の総隊長にするって話だったか?」

「うむ、そうじゃ」

「それ、ナシだ!! デミウルゴス、おめーがやれ!! こいつはオレと同じ、自由にやらせた方がいい!! 組織に縛るのは合わねぇ!!」

「ほ、確かにの。それに、今の戦いでわかったようじゃ。エルクくんの強さに文句を付ける者など、誰もいやしないと」


 デミウルゴス、カリオストロ、エミリアの三人は何も言わない……言えない。

 桁違いの強さに、ただ圧倒されていたのだ。

 ガラティン王国最強のスカー。そのスカーに勝利したエルク。

 何より、そのスキルの強さにただ圧倒された。


「エルクくん。きみを警備部隊の総隊長ではなく、警備隊員(無所属)へ任命する。発表会の安全をしっかり守っておくれ」

「は、はい!!」

「おいエルク!! 終わったなら一杯付き合えや!!」

「スカー様、エルクくんは未成年者です……さすがに『五星』といえども、見過ごせませんね」

「エルシは硬いなぁ~~~?」


 酒はダメだが昼飯なら、そうまとまり、エルクとスカーはショッピングモールへお昼を食べに向かった。

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