学園へ
宿屋のベッドは、学生寮のベッドに比べたら硬く、寝心地が悪かった。
深夜、エルクは目を覚ます。ベッドのスプリングがギシギシ鳴るのが気になり、なかなか寝付けなかったのだ。隣を見ると、ボブがグースカ寝息を立て、さらに向こう側ではエルウッドがスヤスヤ眠っている。
神経質なつもりはないけどな……と、エルクは苦笑した。
二人を起こさないように気配を殺し、床を歩くとギシギシ音がするため、念動力で身体を浮かす。
窓を静かに開け、夜の風を浴びながら宿屋の屋根に上った。
「…………」
星空が輝いていた。
そして、思いにふける。
「ロシュオ……」
エルクは、ここでようやくロシュオのことを思った。
なぜ、女神聖教に付いたのか。
洗脳したと、バルタザールは言っていた。
洗脳されたら、元に戻るのだろうか。他に誘拐された生徒も、洗脳されたのだろうか。
ソアラを襲ったのも、間違いなく学園生徒だ。
「はぁ……ん?」
ふと、宿から誰かが出てきた。
こんな時間に人が出てくるなんて、宿の仕事をしている従業員か?……とエルクは思ったが、違った。
出てきたのは、カヤだった。
カヤは、戦闘服を着て装備を身につけている。エルクには気付いていないようだ。
散歩にしては、妙に緊張している。エルクはそう見えた。
「……気になる」
エルクは立ち上がり、念動力で浮遊。
ゆっくり、カヤの後を付いていく。
夜の上空なら、暗いし影も見えないし音もない。尾行するにはもってこいだ。
そして、ダンジョンの外れ。人気のない遺跡傍へ到着……そこにいたのは。
「え、ヤト……?」
ヤトがいた。
ヤトも戦闘服を着て、腕組みをして静かに佇んでいる。
カヤが近づくと、そっと目を開け、懐から手紙を取り出し見せる。
「で、何? こんな手紙で呼び出して」
「大事な話がある」
「……ふぅん」
カヤは、懐から木の板を取り出し、ヤトへ見せた。
エルクには、焼き印が押された板にしか見えない。だがヤトの表情が変わった。
「御庭番衆……?」
「ヤマト御庭番衆第四席、信楽伽耶と申します。お初にお目にかかります……姫様」
「…………」
姫様? と、エルクは思わず声に出そうになった。
ヤトはつまらなそうにため息を吐く。
「人違いよ」
「いいえ、間違いありません。五年前に行方不明になった、櫛灘家のご令嬢、咲夜姫様に間違いございません」
「あなた、馬鹿? 私がヤマト国のお姫様とでもいいたいの?」
「はい。誤魔化せるわけがありませんよ? 『六天魔王』……櫛灘家の宝刀ですね」
「……ッチ」
「それだけじゃありません。残り五本の刀も、全て櫛灘家の宝刀。あの個人戦で全て見せたのは間違いでしたね。普通のヤマト人が見たら普通の刀にしか見えませんが、私のような武家出身の者が見れば、知る人ぞ知る名刀です……それが、櫛灘家の宝刀だと知る者は、ごくわずかでしょうが」
「…………」
「五年前の初陣で行方不明、死亡扱いとなった、櫛灘家の第三姫、咲夜様ですね?」
「…………」
ヤトは黙り込み、「ふっ」と笑った。
「私は、式場夜刀。ただの傭兵よ」
「姫様……」
「仮に、私がお姫様だとしたら何? その櫛灘家とかいう家は、五年前に行方不明、死亡扱いになった娘を探しているの? 理由は?」
「それは……私の、独断です。あなたの剣技に見覚えがあり、六天魔王を振っていた。もしやと思い、声をかけました」
「なら、勘違い。私は式場家の夜刀。櫛灘家なんて知らないわ」
「……第三姫が、虐待を受けていたとの報告がありましたが、まさ
次の瞬間、ヤトは六天魔王を一瞬で抜きカヤの首に添えた。
「学生同士、殺し合いはないと思ってる? だったら甘いわね……ここであなたの首を斬り落として、ダンジョンの入口に飾ってもいいのよ?」
「失言でした……」
「…………次はない」
ヤトは刀を納めた。
カヤは、ヤトをまっすぐ見て言う。
「ヤマト国に、戻るつもりはないのですか?」
「ない。あんな息苦しい家がある国に未練はないわ。私は、傭兵稼業が合ってる……学園に入ったのだって、父さんの遺言だったから」
「父さん……?」
「言っておくけど、櫛灘家のクソ野郎じゃないわ。式場家の父さんよ」
ヤトはカヤを睨む。よっぽど一緒にされたくないようだ。
「あなたが何の目的で王立学園に入学したか知らないけど、私に関わるなら覚悟することね」
「…………」
「じゃ、おやすみ」
ヤトは歩きだし───カヤは言う。
「あの! その……ゆ、友人としてなら、お付き合いしてもよろしいですか?」
「はぁ?」
「そ、その……確かに、私は御庭番衆です。政府の仕事を請け負うこともあります。でも、あなたに接触したのは、任務とか、櫛灘家とか、関係なくて……その」
「はっきりしないわね。何が言いたいの?」
「その、えっと……わ、私、私! あなたの剣に惚れたんです!」
「……は?」
これにはエルクも「……は?」という気持ちだった。
普段、クールなカヤが顔を赤らめ、下を見て、プルプル震えている。
「私、私を、私を……で、弟子にしてください!!」
「…………」
ヤトは、わけがわからないといった表情でカヤを見た。
そして、何かを思いついたように考え込み、ニヤリと笑う。
「いいわよ。弟子にしてあげる。見たところ、あなたの武器は薙刀だけど……」
「け、剣も使えます。というか、薙刀は多人数相手に使いやすいので、基本は剣を」
「そ、なら指導してあげる。あと、私が住んでる寮に入りなさい。指導は早朝と夕方の二回ね」
「は、はい!」
「まったく、回りくどいのよ。御庭番衆とか櫛灘家とかいうから、警戒したじゃない」
「私、学園に来たのは純粋に留学目的なんです。御庭番衆も学園卒業までは休みでして」
「ふーん。ま、いいわ。今日はもう寝るわよ」
「はい、ヤト様」
「様はいらない。それと、あまりへりくだった態度も嫌だから、普通に話しなさい」
「……わかったわ。じゃあ、ヤトって呼ばせてもらうわね」
「その切り換え、さすが御庭番衆ね。ダンジョンで出会った同郷の友人ってことにしておくわよ」
「ええ、わかったわ」
二人は、並んで宿へ戻った。
結局、どういうことだったのか。
「……カヤはヤマト国の御庭番衆とかいう組織にいて、ヤトはお姫様? んで、カヤはヤトの剣術に惚れて、弟子になった……で、いいのか?」
エルクは頭をボリボリ掻き、ヤトたちが去った方を見て首を傾げた。
「カヤ。あんな顔もできたんだな……ま、特に女神聖教とか関係なさそうだし、知らないフリしておくか」
そう呟き、エルクは宿へ戻った。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
エルクたちは、宿屋の前に集合した。
ボブがエルクをチラッと見て、全員に言う。
「悪いな。オレはダンジョンの調査で残ることになった。お前らの引率は、別な班の冒険者に任せてるから、そっちのチームと一緒に学園に戻ってくれ」
ボブが言うと、ガンボたちを率いたカレラがやってきた。
カレラはボブと軽くハイタッチする。
「悪い、任せたぜ」
「気にするな。あとで一杯奢ってもらうけどね」
「へ、いいぜ。じゃ、よろしくな」
ボブは軽く手を振ってダンジョン内へ。
秘宝を回収したので、崩壊が始まっているはずだ。魔獣もほとんど現れないはずだし、財宝もリポップしない。恐らく、ボブは最深部へ向かうフリをして、ある程度時間をかけてダンジョン内を探索し、秘宝を回収したと見せかけるだろう。
「じゃ、帰るよ。ダンジョン実習は帰るまでが実習だからね!」
エルクたちは、学園へ向けて歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます