女神聖教七天使徒『醜悪』のバルタザール②/ムスカ

 蟲人ムスカ。

 オレンジ色の甲殻、二足歩行のカブトムシで、両手にはカマキリの鎌を持つ。

 バルタザールの命令で、ダンジョン内にいる冒険者たちを狩っていた。

 目的は冒険者ではない。

 正確には、ダンジョン内にいるエルクを狩ること。女神聖教が排除すると決めた、女神ピピーナに認められた『八人目』を始末することだ。

 ムスカは、両手の鎌を強く握る。


「強者、強者……」


 ダンジョン内を進むムスカは、広い空間に出た。

 そこに、宝箱が安置されている。財宝だ。

 もちろん、ムスカは財宝に興味などない。

 宝箱を一瞥し、次の部屋へ向かおうと歩を進めると───……部屋のドアがゆっくり開き、冒険者たちが入ってきた。

 幸か不幸か、現れた冒険者は。


「お、財宝……と、なんだあの魔獣は?」

「昆虫系魔獣、ですね」

「…………」


 引率冒険者、メリー、ヤト、そしてチームメイト3人。

 ヤトはすでに戦闘態勢。引率冒険者もすぐに察した。


「こいつ───……お前ら!! 全員下がれ!! こいつはヤバい!!」

「え、え」「ヤバいって、虫?」「立ってる虫……?」


 チームメンバー三人は、まだわかっていない。

 引率冒険者こと、B級冒険者マイルズは舌打ちした。

 メリーは剣を抜き、ヤトはいつの間にか手に入れていた『ウェポンリング』から二本目の刀『一式馬更』を抜き、『六天魔王』との二刀流で構えた。

 マイルズは一瞬で理解する。『使える』と。

 マイルズは、未だに理解していない三人に言う。


「お前ら三人、すぐに外へ出ろ。そして誰でもいい、オレの名前を出して、A級以上の冒険者を大勢呼んで来い……」


 マイルズは、冒険者プレートを投げ渡す。

 視線はムスカに固定。大汗を流している。


「行け!!」

「「「は、はいっ!!」」」


 三人は走り出した。

 マイルズは、メリーとヤトに言う。


「悪いな、手を貸してもらうぜ……」

「は、はい……」

「…………」

「ヤバかったら逃げろ。へへ……よかったぜ、一回分の蘇生金を払っておいてよ」


 マイルズは、冒険者組合に『蘇生金』を支払っておいた。

 万が一、ダンジョン内で死亡した場合、冒険者を派遣して遺体を回収、蘇生スキルを使うという手続きをしていたのだ。


「いいか、ヤバかったらとにかく逃げろ。いいな」

「は、はい」

「……相手にとって、不足なし」

「───は!?」


 ヤトが走り出した。

 ギョッとするマイルズ。


「……強者」

「ええ、強者よ」


 二刀流による交差斬り。

 ムスカは鎌で受け流す。金属音が響いた。


「行くぞ」

「ええ」


 ギンギンギンと、金属音が響く。

 ヤトの剣と、ムスカの鎌が擦れあう音だ。

 ヤトはスキル『洞察眼』でムスカの鎌の動きを読む。

 軌道を読むことはできた。特殊な何かを持っているわけでもない。ただ、鎌を振り回すだけ……なのだが。


「───……ッチ」

「強者、面白い、面白いぞ」


 止まらないのだ。

 ヤトの体力も無限ではない。鎌を躱すたびに神経が磨り減る。

 すると、ムスカの速度が跳ね上がった。


「!?」


 ギギギギギギン!! と、辛うじて受けた。

 速すぎる。ヤトは全力で後ろに下がると同時に、ウェポンリングから全ての刀を解放。


「『武神分身』!!」


 五体の鎧武者が出現。一体一体がヤトと同等の強さ。

 ムスカは笑った。そして、鎧武者を相手に戦いを繰り広げた。


「面白い!! 面白い!!」

「この、虫───ッ!!」


 と、ここでヤトの前にメリーが出た。


「雷迅剣、『飛雷刃』!!」

「む?───が、ガガガガガガガガガ!?」


 バチチチチ!! と、紫電に包まれるムスカ。

 効いている。

 マイルズは一瞬で決め、行動に移す。

 昆虫系魔獣。なら、弱点も同じはず。


「雷をもう一度だ!!」

「は、はいっ!!」


 痺れて硬直したムスカに向かってマイルズは走り出す。

 アイテムボックスから、瓶に入った油のボトルを三本取り出し、ムスカに向かって投げた。

 瓶が割れ、ムスカの身体が油で濡れる。

 そして、メリーの放った雷がムスカを包み込むと、ムスカの身体が一気に燃え上がった。


「グォォォォォォォォッ!?」

「今だ、逃げるぞ!!」

「た、倒さないんですか!?」

「ああ!! とにかく逃げる!! さっさと走れッ!!」


 メリーに向かって怒鳴るマイルズ。

 安否確認などしている暇はない。燃えている間に逃げるのが一番だ。

 ヤトは舌打ちし、走り出すマイルズの後を追う。

 メリーも走り出し、一回だけ後ろを振り返り、再び前を見て走り出した。

 誰もいなくなった部屋で、ムスカの身体が燃える。

 

「グゥゥ───ッハァ!!」


 ムスカは鎌を振る。風圧で火が消えた。

 身体こそ燃えたが……強靭な甲殻には傷一つ付いていない。


「面白い、面白い!! これが『熱』……『炎』の力。理解した」


 ムスカは何事もなかったかのように、再び歩きだした。


 ◇◇◇◇◇

 

 ところ変わり、エルク一行。

 いや、正確には……エルク、ソアラの二人。


「まいったな……」

「だねぇ」


 二人は、ボブたちとはぐれ、迷子になっていた。

 ソアラは、ちょっとだけ申し訳なさそうに言う。


「ごめんね。わたしが遅いから」

「いいって。それより、これからどうする? ボブ先生たちと合流しないとな」

「うん。そんなに離れてはいない……と、思う」


 ソアラはウンウン頷いた。

 水色のショートヘア、ぱっちり大きな目はどこか眠そうだ。戦闘服は大きなパジャマみたいで、ダボダボのシャツ、余った袖、首にはマフラーを撒いている。

 どういう戦闘スタイルなのか。エルクは少し気になった。


「魔獣もいるだろうし、警戒しながら進むか」

「うん。おねがい」

「……いや、お前も戦えよ」

「……むり」

「え?」

「だって、ぜったい笑うし……気持ち悪いから」

「はい?」


 意味が分からない。

 首を傾げるエルク。すると、ソアラは俯く。


「わたしのスキル。珍しいスキルなんだって……持ってるひと、ほとんどいないの」

「そうなのか? どんなスキルなんだ?」

「…………あんまり使いたくない。だから、おねがい」

「使いたくないって、お前冒険者になるんだろ?」

「……ううん、べつになりたくない。学園も、無理やり入れられたの」

「……そっか」


 無理やり入れられたせいで、やる気がなかったのか。

 エルクはソアラに言う。


「わかった。戦いたくないならいいよ、俺が守るからさ」

「エルク……いいの?」

「ああ。使いたくないなら使わなくていいし、戦いたくないなら戦う必要はないよ」

「……うん」

「ま、無理すんな。どんなスキルか知らないけど」

「…………」


 ソアラは頷いた。

 そして、なぜかエルクの腕にしがみつく。


「な、なんだよ」

「エルク、いい人……ありがと」

「お、おう」

「ふふ」


 ソアラはギュっと抱きつく。

 意外にも大きな胸の感触が、エルクの腕に伝わった。


「あ、あんまくっつくな」

「邪魔?」

「いや、まぁ、その」

「えへへ。優しい人は好き───……んん?」

「ソアラ?」

「くんくん……なんか、いい匂い」

「いい匂い?……お、ほんとだ」


 何かが、焼けたニオイだ。

 通路の奥から漂ってくる。


「もしかしたら、冒険者が休んでるのかもな……行ってみるか」

「うん。おなかへった」


 二人は、通路の奥へ進む。

 何を焼いているのか。もしかしたら、おこぼれをもらえるかも。

 そんな風に思いつつ奥へ到着し、二人が見たのは。


「……強者」

「「…………」」


 虫だった。

 正確には、焦げたムスカ。

 いい匂いだと思ったのは、ムスカから漂うニオイだった。


「これか……いや、さすがに虫は食いたくない」

「カブトムシ? でも、オレンジ色」

「な、虫って食えると思うか?」

「食べられるのはいる。わたし、バッタ食べたことある」

「強者───……強者!!」

「喋ってるし。まぁ、敵だよな」

「強しゃ───……!?」


 エルクが手を向けると、ムスカの身体がピクリとも動かなくなった。

 そして、エルクは何の興味もなさそうに言った。


「昆虫系かぁ。いろんなタイプがいるんだな」

「!?!?」


 バキバキバキバキと、ムスカの身体がひしゃげ、砕けていく。

 生まれてまだ数時間も経っていない。だが、その命が終わろうとしていた。

 身体が動かない。何もできない。それが、ムスカには信じられなかった。

 

「きょう、しゃ……」

「ほいっと」


 バジュッ!! と、ムスカは砕け散った。

 すると、両手で持てるほど大きな魔石が転がり落ちた。

 あまりにも圧倒的な『圧縮』だった。

 ソアラは、エルクが簡単に倒したので、ムスカの強さがよくわかっていない。落ちた魔石を拾い、掲げて見た。


「おっきい……すごい」

「今までで一番デカいなー」

「エルク、エルクのアイテムボックスに入れよう」

「ああ。ほいっと」


 シュインと、魔石がアイテムボックスに吸い込まれた。


「綺麗だし大きな。これ、寮の玄関に飾ろう」

「寮、置いていいの?」

「ああ。俺の住む寮はちょっと特別だからな」

「ふーん」

「それより、なんか腹減ったな……なんか食い物ある?」

「お菓子持ってきた。クッキー食べる?」

「食う食う!」


 二人は、ムスカのことなどもう頭にはなく、クッキーのことしか考えていなかった。


 ◇◇◇◇◇


「…………あれ、死んだ? 死んだ?」


 ムスカの死は、バルタザールにも伝わった。

 あまりにも速い。

 バルタザールは、少しだけ予想外のことに少しだけ驚いたが、あまり気にしていない。

 ダンジョンの最深部で、のんびり休んでいた。


「ま、いいや。えへへ、おっきいのは無理だけど……ちっこいのいっぱい出しちゃお」


 バルタザールの口から、小さなバッタがぴょんと飛び出した。

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