第13話 愛田さんは怪獣みたいに不細工でかっこいい
夜、マリアちゃんを送っていく途中で、マリアちゃんが言った。
「じゃあ、私を褒めてください。」
ああ、ついに始まってしまった。
とりあえず、無難なところから。
「マリアちゃんは可愛い。」これでいいだろう。
「はい、100点満点で10点。不合格ですね。」
いきなりダメだしされた。
「え…何で?」俺はまごついた。
マリアちゃんは言う。
「可愛い、っていうのは抽象的すぎます。何位でもいえることです。」
え?それじゃいけないの?
「抽象的な言葉は、空虚です。何も考えずに言える。それに何にだって当てはまってしまう。ちゃんと理由付けしてください。」
うーん。それは必要なのかな?
「あ、それは必要なの、なんて顔をしてますね。じゃあ、例を出してみましょう。」
マリアちゃんは始めた。
「愛田さんはかっこいい。」
突然言われて俺は照れる。
「いや、それほどでも…。」一応謙遜してみる。
「なめくじはかっこいい。」
え?
「ゴキブリはかっこいいい。愛田さんはかっこいい。」
何?
「ウジ虫はかっこいい。愛田さんはかっこいい。」
…もうやめて。
「お願いです。もう勘弁してください。僕が悪かったです。」
俺は謝った。部屋の中だったら土下座していたところだ。
「わかりましたか。抽象的な一言は無意味です。特に愛田さんは、本当に何も考えていなかったですよね。それこそ失礼です。相手のことをちゃんと考えて、理由をちゃんと説明できるように褒めてください。」
面倒臭いけど、正論のような気もする。
じゃあ、どうやって褒めたらいいのかな?
「マリアちゃんは、背がちっちゃくて可愛い。」
「これは特大のバツですね。」」
…そうですか。
「人の容姿を褒めるときには、細心の注意を払ってください。もしかしたらそれはコンプレックスかもしれない。あるいは当たり前のことかもしれない。そんなのはダメなんです。」
…どういうことなんだろう。
「愛田さんは足が二本もあってかっこいい」
…え?そんなの何もほめてないよなあ。
「愛田さんは足が短くて腹が出てていてかっこいい。愛田さんは怪獣みたいに不細工でかっこいい。愛田さんは失礼な言葉を連発してかっこいい。愛田さんは口が臭くて格好いい。」
…全然褒められてない。
「わかりましたか? まず外見を褒めるときは、相手のコンプレックスだったりしないかどうかちゃんと確かめて。それから、自分が努力して得られた結果でないものはできれば避けて。」
少しわかった気がする。
「背がちっちゃい、というのは自分で努力した結果じゃないからダメなんだね。」
俺は確認する。
「まあ、そうですね。とくに私は背が大きくなりたかったので、ちっちゃいと言われると普通に傷つきます。」
「わかりました。失礼なことを言ってごめんなさい。」
俺は謝った。何度目かなあ。
「愛田さんは息を吸うように失礼なことを言うので、まあいいです。」
「…ちなみに、胸が大きくてかわいいっていうのはどうなの?」俺は確認してみた。
「それは普通にセクハラです。訴えられて職を失っても文句は言えないレベルです。」
ひえ~~それじゃ俺が路頭に迷ってしまう。
「肝に銘じます。」
「そんな発言が許されるのは、基本的には彼氏彼女の間柄だけですね。ウソだと思ったら、今度バイトの三石さんにそんなこと言ってみてください。」
三石さんというのはバイトのの主婦だ。
「そんなこと言ったら、ご主人が出てきて殴られそうでだね。」
俺は心底悪寒がした。
セクハラ、ダメ、絶対。
「あ、ついでにもう一つ。」マリアちゃんが言う。
「イケメンなら何を言っても許されます。」
…今までのことは何だったんだ?
「あ、今までのことは何だったんだ、とか思ってますね。ただしイケメンに限り、というのは不変の真理です。それに愛田さんには縁が無いら、別に関係ありません。」
…それはそうだけどさ…
そういう話をしていたら、マリアちゃんのアパートについてしまった。
「結局、一つもまともに褒められませんでしたね。落第です。」
…まあ仕方ない。
「次回はもっとまともに考えてきてくださいね。宿題ですよ。」
この年齢になって宿題を出されるとは思わなかった。
しかも、結構難しそうだ。
俺は肩を落とし、とぼとぼと店に戻った。
「愛田くん、どうしたの?顔色が悪いよ。」
店長に心配されてしまった。
とりあえず、マリアちゃんにダメだしされないよう頑張ろう。
マリアちゃんが辞めると、俺も困るんだから。
--
ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます