第7話 日常の変化(2)



 時折、車が大きく揺れる。

 ススムたちは避難所に無事ついただろうか。

 ヨウたちはどこにいるのだろうか。

 マヤコは自分のことより大切な人たちの心配で胸が張り裂けそうだった。

 車が止まると「着きました」と隊員がマヤコたちを案内した。

 ガンバラルと書かれた隊員服を着た人たちがあちこちを走り回っていた。

 政府国連緊急搬送怪獣守護者と書かれたテントに案内され入るとマキコとヨウが隊員服を着た姿で待っていた。

 二人はマヤコとママに敬礼する。

 ママは隊員がもっときたジャケットを羽織、帽子を被ると別人に変貌した。

「これから最終防衛に入る。マキコ、ヨウは排除部隊の指揮を命令する」

 マキコもヨウも敬礼をすると、テントから出て行った。

  テントの中でパイプ椅子に座らされ、人がせわしく行き交うのをマヤコはただ見ることしかできなかった。

 どうして私はここにいるのだろう。

 ススムたちは無事なのだろうか。

 そんなことをただ考えることしかできなかった。

「スポーツドリンクだけど飲む?」 

 マヤコの前に若い女性隊員が飲み物を持ってやってきた。

「いただきます」 

 マヤコは小さな声で言うのが精一杯だった。

 隊員の名前は『秋風』と言った。

「ごめんね。騒がしくて、パイプ椅子、お尻、痛くない?」

「大丈夫です」

「でも、ここが一番安全だから、安心して」

「一番安全って他の人たちはどうなるんですか?」

 ススムたちはどうなるんだ。

「他の人たちも、もちろん安全な場所にいるわ。でも、ここがやられてしまったら、誰も守ることができなくなっちゃうの」

 秋風の口調は優しいまま現実の刃を振りかざしているかのように鋭かった。

 マヤコは数分の間黙ったが、この際気になることを全部聞いてしまおうと思った。

「あの、ヨウ……薬尾ヨウさんと姉、燐全マキコは何者なんですか?」

「ガンバラル、特別隊員。彼女たちは特別な身体を手に入れて怪獣と戦っているの」

「生身で倒したり、虎になったりですか……」

「そう」

「どうして、ヨウとお姉ちゃんなんですか」

「彼女たちは自ら志願して、適性検査にも合格し、手術にも成功したの。この確率はとても低いの。何人もの隊員が失敗してきたわ。私も受けたんだけど失敗だった」

 秋風は悔しさを押し殺して話した。

「その……手術をしたのって海路リクナ博士ですか」

「そうよ」

 マヤコの中で今までヨウたちと過ごした日常に日々が入り、パズルをひっくり返したかのように散らばっていく。

 マヤコは俯いて、最後の質問をした。

「あの、私の母。燐全キヤコはガンバラルの何なんですか?」

「あの方はガンバラル、総指令官、燐全キヤコ指令です」

 マヤコの中で完全に日常が崩壊した。

 いつからそれは起きていたのだろう。

 ヨウが来てからだと思っていた。

 違う。私が生まれたときから日常の崩壊は始まっていたんだ。

 うなだれているマヤコに隊員は予備の隊員ジャケットをマヤコの肩にかけた。

 ジャケットは子どものマヤコにはとても重く、これがヨウやマキコたちが背負っている重さなのかと実感した。

 遠くで蠢く怪獣を見ながらヨウとマキコは場にそぐわない世間話をするように会話していた。

「この戦いが終ったらさ……」

「ヨウ、それ映画のセリフだったらやられちゃうやつ」

「言わせてよ。マキコはこの戦いが終わったら、元の生活に戻れると思う?」

「わかんない……けど。今、戦わないと次がないのは事実」

「そうだよねー」

 ヨウは頭の後ろで腕を組んでヘラヘラと笑った。

「マキコは家庭の方、どうなの?」

「新婚のラブラブ」

「なんか悪いねーアタシ一人で倒せれば良かったんだけど」

「元々、この仕事のために私もやってきたからね。気にしてないよ」

 二人が話しているとマヤコ、マキコの母親で総司令官のキヤコがやってきた。

 ヨウとマキコは先程ののんびりとした空気とは反対に隊員の顔に切り替えていた。

「そろそろ作戦を開始する。二人とも大丈夫?」

「大丈夫です」

 一体何が大丈夫だというのかは聞かなかった。

 勝つことか? 大切な人へのあいせつか? 体調のことか?

 全てをひっくるめての「大丈夫」の問いなんだろうか。

「ヨウ、マキコ」

 キヤコの隣にリクナが現れた。

 その姿は子どもの姿ではなく元の大人の姿だった。

「リクナいつ大人になったの?」

 ヨウは目を丸くした。

「薬はとっくに出来てたさ。でもマヤコちゃんたちと一緒にいるなら子どもの姿の方が可愛いでしょ」

「あはは。自分で言うか」

「二人ともマヤコちゃんに会って来たら?」

 ヨウとマキコはお互い顔を見合わせて困ったような顔をした。

「マキコもヨウもマヤコちゃんのヒーローなんだからさ。怪獣に怯えている子を守ってあげなきゃ」

 リクナに肩を叩かれ二人は笑い合ってマヤコが待つテントに向かった。

 パイプ椅子にマヤコは耳を塞ぎ俯いて座っていた。

 隊員たちの声が耳に入るも内容が頭に入ってこない。

 ヨウとマキコ、リクナは今どうしているのだろう。

 母親のキヤコも側にいない。

 テントにまた隊員が入ってきた。

 自分はなんでここにいるのだろう。

「マヤちゃん」

「マヤコ」

 聞きなれた声がした。

 聞きたかった声がした。

 マヤコが顔を上げるとヨウとマヤコがいた。

「ヨウ……お姉ちゃん……」

 二人はマヤコに目線を合わせるためにかがむといつもの笑顔を見せた。

「帰ったらユメちゃんに写真取ってお願いして」

「うん」

「ススムくんにはアタシ秘伝の超カッコよくなる方法を教えてあげる」

「うん」

「シオリちゃんにはまたアタシに憧れてみてほしいなって言っておいて。あれ嬉しかったからさ」

「うん」

「マヤコ……その……」

「お姉ちゃん、ヨウ、怪獣なんかに負けないで!」

 マヤコの声は隊員たちの心にも届いたであろう。

 二人は立ち上がると親指をたて、テントから出て行った。

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