よく当たる占いをやってみた

夏木

占いに頼るのは、窮地に立たされたとき


 犬の糞を踏んだ。昨日も、今日も。

 ついさっきは、タンスの角に小指をぶつけた。彼女から別れとさよならを告げるメッセージを受け取った直後のことだ。


 俺はとことんツイてないらしい。毎日こんな嫌な事が続いているのだから。

 ちなみに明後日、俺は会社をクビになることが決まっている。俗にいうリストラで。最近の社会情勢で経営がうまくいかなかったとかなんとか。これでも俺は、そこそこの営業をしてきたつもりだったんだけど、下っ端だったせいか真っ先にクビ宣告を受けた。


 もう、踏んだり蹴ったり。

 多少、貯蓄はあるけど次の仕事を探さねば生きていけない。

 実家に帰るっていう手段もあるけど、喧嘩して家を飛び出したから戻りにくい。どうにか食つなぐために、動かないと。


 ……と、躍起になっていたにも関わらず、俺は今、とある占いの館まできた。

 商店街の裏路地を進んだ先にある真っ黒な建物。入口の隣の看板には、「占いやってます」と書かれている。


 ここの占い屋は、よく当たると有名らしい。

 お先真っ暗な俺は、藁にも縋る思いで、ここまで来た。


「らっしゃいませー……」


 店の扉を開ければすぐに低い声で迎え入れられた。

 声の主はここの店員。暗い室内にポツンと置かれたテーブルを前に座るたった一人の男だった。

 他に客もいなければ、プライバシーが守られる仕切りもない。本当にここが占いをする場所なのか、評判がいいのかと不安になる。


「占うんでしょ。座って。うちは前払い。一回につき千円だよ」


 テーブルに頬杖をつきながら言う男。前髪は長く、ラフな姿で、到底占いを行う人物には見えない。

 ネットに書いてあったレビューは偽物だったか。でも、千円ぐらいなら勉強代として払ってもいいか。そう思って、しぶしぶ男の前に座り、クビを前にしてカツカツになることが見込まれる貯金から千円を支払った。


「まいど。俺はトランプ占いだけやってる。あんたが占いたい内容は何?」


 男はどこから取り出したのかトランプを一式置いた。ありきたりのトランプみたいだし、なんなら未開封だ。透明のビニールがかかったそれをまるで俺に見せつけるかのようにビリビリと開封している。

 それはまさに、種も仕掛けもないトランプだと行動で示している。


 俺のこの先を占ってほしい、そう言えば、男はトランプを包んでいたビニールと、トランプが入っていた箱を投げ捨てた。


「はいよ」


 男は絵柄が見えるようにずらっとトランプを広げる。新品なだけあって、柄と数字は綺麗に並んでいる。一番最後には、ジョーカーが二枚。他は全て一枚ずつだ。それはいたって普通のトランプにしか見えない。


「ジョーカーを抜いたトランプでやる」


 ジョーカー二枚を抜き去り、テーブルの端に置く。その他のトランプをマジシャンのようにぐちゃぐちゃに混ぜると、今度は柄が見えないようにしてずらっと並べた。


「ここから二枚引き寄せて」


 こんなので占えるのかと不思議に思ったが、言われるがまま、適当な箇所から一枚、二枚と手元に引き寄せる。


「めくって」


 一枚、まずはめくった。

 そこに現れたのは、ここにあるはずのないカード――ジョーカーだった。


「……もう一枚も」


 男の声がどもった。でも続けてもう一枚、めくる。あらわになったのは、またしてもジョーカー。

 あるはずがないのだ。だってさっき、テーブルの片隅にジョーカー二枚を置いたのだから。


 なのに手元に二枚のジョーカー。

 テーブルの隅には先に抜いた二枚のジョーカー。

 まるで手品だ。

 どこからこのジョーカーを入れたのだろうか。


「抜いたのにジョーカー二枚。他のカードは……」


 男は裏になっていたカードを一斉に表に返した。それを見て、思わず俺は息をのむ。

 何故なら表になったカードが全て、ジョーカーだったのだ。

 こんなにジョーカーが集まる光景なんて見たことない。俺が見ているのは、占いじゃなくて手品なのではないか。


「引いたのも残ったのも全部ジョーカー。占い結果、言ってもいい?」


 驚きのあまり口をパクパクしていた俺は、男の声で我に返ってコクコクと頷く。


「あんた、死ぬよ。今すぐに」


 は? 何を言っているんだ、急に。

 占いの結果が、死だなんて聞いたことない。普通は「困難が待ち受けているでしょう」みたいなふわっとした答えだろう?

 そんな困難を乗り越えるために、こうした方がいいとか言うのが占いだろう?

 なのに、こいつは死ぬしか言わない。それもけだるそうにトランプを持ちながら。


「諦めた方がいい。これは回避できない。以上」


 ふざけるな。千円払ってこれかよ。

 占いなんかに頼らない方がよかった。あーあ、千円マジで無駄にした。

 腹が立って、俺はそのまま店を飛び出した。


 店を出て、商店街の方へ。むかむかするから、帰りに酒でも買って帰ろう。たしか、商店街から駅へ向かう方向にコンビニがあった。そこに寄ろう。


 苛立つと自然と足が速くなる。

 暗い路地を出て、やっと明るい商店街に出たとき、甲高いブレーキ音が耳を裂いて、体が浮いた。











「ほーら、言わんこっちゃない」


 占いを終え、大きな音を聞いた男はジョーカー二枚を持って野次馬集まる商店街に出てきた。

 野次馬の隙間をぬって見えた先に横たわるのは、真っ赤な花を咲かせた先ほどの客。傍にはトラックが横転している。


 占いの通りに、客は死んだ。


「俺の占いは当たるんだ。だから評判がいい。あ、でも今回の客は死んじまったからレビューも何も書けねぇな、ははっ」


 占い屋の男は、自信が行った占いが的中したことを喜び、ダンスを踊るかのようなステップでその場をあとにした。

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