闇夜の出陣
1485年4月18日
伊奈城に潜んでいた矢野兵庫率いる500の兵が最初に動く。
日が傾き出すと、風魔衆に先導されて密かに出陣し、日が暮れて辺りが闇に包まれると一気に多摩川を渡河して勝沼城(青梅市東青梅6丁目付近)の城下に火を放つと、そのまま進軍し、藤橋城(青梅市藤橋2丁目付近)、今井城(東京都青梅市今井1丁目付近)の城下に火を放つ。
勝沼城の城主
風魔衆が途中、待ち伏せており、成氏の元に辿り着く事は出来ぬと知らずに…。
城下に火を放つことで、周囲に勝沼城、藤橋城、今井城の異変に気付き、川越に知らせようと急使を走らせる者もいる可能性もあるが、成氏軍に向かう者は問答無用で討ち取るよう、既に成氏軍の周囲には風魔衆が幾重にも伏せており、風魔衆が討ち漏らさない限りは川越に異変を知らされる事は無い。
今回は、完全を期すために、風魔衆の情報収集組まで総出だ。
矢野兵庫率いる500の兵は、藤橋城、今井城の城下に火を放つと、即座に兵を分散させて目立たぬように伊奈城へ向けて退却を開始した。
「今なら城を奪えるかもしれぬというに、火を放つだけで引き揚げろとは…。 だが城を奪っても倍以上の敵兵に襲われるとあれば致し方あるまい。 兵を伏せておいて一戦交えれば負けぬ自信はあるが手を出すなとは…」
そう呟くと、兵を分散させた矢野兵庫は供回りと共に、燃える勝沼城下を後にし、伊奈城への帰路を急ぐ。
矢野兵庫は宗泰から、火を放ったら、兵を分散して伊奈城に引かねば2000の兵が現れるので、手を出さず、早々に伊奈城へ引き上げるよう命じられていた。
■長尾景春
「申し上げます! 豊嶋の兵が多摩川を渡河し、勝沼城、藤橋城、今井城に火をかけ、そのまま秩父を抜けて鉢形城へ向かおうとしているとの由にございまする」
丁度、矢野兵庫が今井城の城下に火を放った頃、日野の陣の対岸にある砦を守る長尾景春の元へ、鉢形城の留守居をしている安達常長が急使として駆け込み、景春に豊嶋軍が鉢形城へ向け兵を進めたとの報を伝えていた。
「常長!! それは誠か!! 鉢形城は我が居城、それを落とされれば兵達の士気が落ちるだけでなく、従う国人衆達も勝手に兵を引き上げる事になろうぞ!!」
「豊嶋の動きに気付き、某に知らせに来た間諜の報告によれば、豊嶋は密かに山中を通り兵を進めていたとの事、今頃は吉田山城(埼玉県飯能市)辺りまで兵を進めているかと…。 兵を率いるは豊嶋宗泰、その数4000との事にございまする」
「おのれ! 豊嶋宗泰!!! 出陣だ!! すぐさま兵を率い、豊嶋軍の背後から攻めかかり、宗泰の首を挙げてこの合戦を終わらせてくれようぞ!!」
「お、お待ちくだされ!! 景春殿はこの砦の守りを公方様より命じられておるのですぞ! ここは川越に合図を送り急を知らせると共に、急使を送るべきでござろう」
出陣すると言う景春に対し、成氏の命で援軍という名で景春を監視する為に送り込まれた成氏の家臣が、景春を諫めようとして、異論を唱え出した。
「お考え直しを。 この砦にて豊嶋に睨みを利かせてから今まで、目の前に陣を張る豊嶋軍に主だった動きはございませぬ。 恐らく相模の国人衆を使い勝沼城等を攻め、鉢形城へ兵を進めると見せかけて景春殿を誘い出す策にございまする」
「ワシを誘い出す策と何故言い切れる! 現に間諜よりの報を聞き、鉢形より急ぎ常長が知らせに参ったにも関わらず見せかけと申すか!」
「では常長殿にお伺い致しますが、豊嶋の兵をその目で見たのでございまするか?」
激怒し声を荒げる景春に対し、成氏の家臣は冷静を装いつつも、急使としてやって来た安達常長に問いかける。
「この目で見てはおりませぬ。 もしこの目で豊嶋の兵が見られる場所まで近づけば、今頃は首と胴が離れているのは必定。 某の元に知らせを持って参った間諜の話では、周囲の警戒が厳しく、仲間が囮になり何とか切り抜けたとの申しておりました。 それに鉢形からこの砦には某を含め5名が急使として発ちましたが、未だ砦に着いたのは某のみ。 恐らく豊嶋の者に見つかって討たれたのかと」
「なれば見ておらぬのでございまするな。 景春殿、真偽が分からぬ以上、いや、公方様のお許しが無ければ、出陣を取りやめて頂く! もしそれでも出陣をされると言うのであれば、公方様の命に従わず、勝手に兵を動かし、砦を一時的でも手薄にした事を申し上げざるを得ませぬぞ」
「なれば其の方らは、ワシが己の所領を守ろうとする事を罪に問うと申すか!」
「景春殿のお役目はこの砦にて豊嶋の動きに目を光らせる事、それを投げ出すのであれば公方様に申し上げて責めを負って頂く!」
「公方の犬が…」
「な、何と申された! 景春殿と言えど…」
「もう良い! 大人しくワシに従えば命ばかりは助けてやった者を…。 であえ!! 公方の犬を討ち取れ!!」
予め成氏の家臣を討つ為か、捕えるだけの為だったのか、景春の声を聞き、部屋の周囲に待機していた兵が雪崩れ込むと、手に持った太刀で成氏の家臣を切り捨てる。
「公方の兵は皆殺しにせよ!! 1人も逃がすな!! 討ち取り次第、兵を鉢形城へ進めるぞ!!」
景春の命に家臣が部屋を飛び出して行き、成氏の兵を討ち取っていく。
「常長、これで良いのだな?」
「はっ、万が一豊嶋が敗れたとしても、公方様には功を焦った公方様のご家来衆が豊嶋が砦を攻めた際に討って出て討ち死にしたとすれば取り繕えるかと。 それにこの砦を空にするのは一時の事、豊嶋が敗れれば、逃げて来る豊嶋軍を攻めれば疑われないかと」
「相分かった! 公方の兵を討ち取り次第、出陣するぞ!!」
親父殿が言っていた、(虎千代とは争うな)と。
恐らくワシが動かず砦に留まれば、別の策を立て…、いや、恐らく今この時も別の策を同時に進めているのであろうな…。
「全く、小夜はとんだ化け物を産んだものだ…」
景春は、豊嶋泰経に嫁いだ妹の顔を思い浮かべながら、そう呟くと馬上の人となり砦から出陣した。
■日野の陣 豊嶋宗泰
日野の陣に作られた広間には主だった家臣が集まり、出陣の命が下るのを、今か今かと待っている。
「申し上げます! 対岸を見張っていた風魔衆より、長尾景春、砦に籠る兵を率いて出陣致しました! また砦の中を確認したところ、砦内で同士討ちがあった模様。 また川越に至るまでに複数ある陣屋も制圧したとの事にございまする!!!」
「相分かった! 皆の者! 出陣だ!! 間もなく上流より多数の船が下ってまいり、船橋が出来る。 船橋が出来次第、一気に川を渡り川越に向かう! 豊嶋の存亡に関わる一戦ぞ、一気に兵を進め成氏を討つ!!」
「「「おおおぅ!!!」」」
出陣の命を発すると、広間に集まっていた家臣達は、続々と広間を出て自身が率いる兵の元へと向かう。
(所領を犯す者は許さぬ。 また守ろうとする事を邪魔立てする者も許さぬ)
それだけが書かれた書状を懐から出して再度読み返す。
宛名も無く、送り主の名も花押も無い書状。
多摩川の水運を使って日野の陣に兵糧などを届けに来た商人が持って来た書状だ。
恐らく景春は敵対はしないが、味方もしない。
豊嶋が勝てばそのまま所領に戻り、豊嶋が負ければ兵を引き返し、川越から逃げて来る豊嶋軍を攻める事で、豊嶋が勝っても負けても両方に顔が立つよう立ち振る舞うつもりだろうな。
だが今はそれで良いと思う。
それが出来ぬ者は淘汰され家を滅ぼすからだ。
後は俺が勝った後、景春がどう出るか…。
従うのであれば良し、従わぬのであれば滅ぼすのみ。
そう思いつつ、慌ただしく兵達が動き回る日野の陣の外に出ると、上流から下って来た船が次々に綱に繋がれ船橋が出来つつあった。
うん、確実に減速して留める事が出来ない船があるだろうから、必要数の2倍の船を作っておいて良かった…。
今見ただけでも3艘が下流に流されて行ったし…。
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