絡め手

■鉢形城 城下武家屋敷


「これは虎千代様、いえ、今は武蔵守宗泰様でございますな。 お久しぶりでにざいます」


早朝に物見の兵を装い、日野の陣を抜け出した後、4人を護衛として残し、物見を帰らせると、あらかじめ待機していた風魔衆に先導してもらい、鉢形城の城下にある一軒の武家屋敷に足を運ぶと、夜にも関わらず、家の主である安達常長が笑顔で出迎えてくれた。


「お久しぶりにございます。 常長兄様もご健勝で何より」


「宗泰様は豊嶋家のご当主、某など今は合戦に行く事も出来ぬ穀潰しにございまする。 兄様など、勿体ない。 今宵、屋敷には某1人、ご安心しおあがり下され。 まあ下働きの者も明日迄暇を出したので、本当に何もご用意出来ませぬが…。」


そう言いながら、自ら屋敷の中に案内してくれた安達常長を、俺が常長兄様と呼ぶには理由がある。

昔、そう俺がまだ虎千代と名乗っていた頃、爺様こと、長尾景信ながお かげのぶが石神井城に遊びに来る際の供回りに安達常長が居たのだ。


長尾景信こと爺様は、太田道真と共にちょくちょく石神井城に来るが、大抵は照や照の遊び相手として城に呼ばれた家臣の息女達と遊ぶ事が多く、毎回、供回りの中で若かった、安達常長が俺の相手をしていたのだ。

と言っても、俺が情報取集がてら、合戦の有りようや、武功話を聞いていたんだが、気さくで話しやすい事もあり、常長兄様と呼んで親近感を持って接していた。


とはいえ安達常長も石神井城に長尾景信が行く際の供回りとあって、武に秀でた武士であったが、長尾景信が五十子陣いかっこのじんで陣没する少し前、足利成氏の家臣で名の知れた遠野秀勝と言う武者を討ち取った際、首を取り戻そうとする遠野秀勝の郎党相手に大立ち回りをし、退けはしたものの、左腕と右足に手傷を負った事で、左腕と右足が不自由となり、今は内政に関する仕事を任せられている。


「それにしても宗泰様、ここは我が主、長尾景春が居城としている鉢形城の城下でございますぞ。 そこに敵として相対している豊嶋家のご当主自らが来られるとは、些か不用心では?」


「確かに、不用心と言えば不用心だが、常長殿にお会いしなくてはならぬ故、多少の危険は承知で参った。 だが豊嶋家の当主として誇れる事ではないな」


「全く、その通りでございます。 しかも宗泰様が来られることを事前に某へ伝えるなど。 某が兵を集め宗泰様を害するとは考えなかったのですか?」


「常長殿がそのような事などしないと分かっている。 それに豊嶋家の当主が、この鉢形城の城下に来るなど誰も信じまい」


俺がそう言うと、安達常長は呆れたような顔をして大なため息を吐いた。

まあ常長のいう通りで、当主自らが敵である者の居城の城下に行くなと普通に考えたら狂気の沙汰だ。

それでも俺はここに来る必要があるのだ。


案内された部屋に入り腰を下ろすと、常長が頭を下げる。


「ここに来られた理由は聞かずとも分かりまする。 なれど某は長尾家に仕える身、ご先代様のお孫様である宗泰様の頼みと言えど、主君を裏切る事は出来ませぬ」


俺がここに来た理由は聞かずとも分かる。

そう言いたげな表情でこちらを見ている。


「で、あろうな。 かつて交友があったとは言え、情や利に惑わされて主君を裏切るようなら景信爺様も常長殿に目をかけなかったであろう。 此度俺がここに来たのは、常長殿に長尾家を、景春殿を守って貰う為だ」


「長尾家…、景春様を、にございまするか?」


「そうだ、今の状況は聞き及んでおろう。 だが不可思議な事が起きた。 故によくよく考え、調べさせたら此度の合戦は鎌倉公方となった足利政知様を奉じている豊嶋家、成田家、太田家、三浦家を討伐し、古河公方である足利成氏が関東を制すると同時に、邪魔者を排しようとしておった」


「邪魔者を排するとは…」


怪訝そうな顔をする安達常長に風魔衆と成氏軍の中で豊嶋に内応している下野国の国人衆からの報告を話す。


「常長殿も聞き及んでおろうが、吉良成高が俺から書状が届き、それに応じたと名乗り出て、それを逆手に取った策を披露したとか。 だが俺は吉良成高に内応を求める書状など送ってはおらぬ。 そもそも吉良を味方に付ける理由が無い。 下野の国人衆で成氏に不満を持つ者達が俺と通じているからな」


俺の言葉に黙って耳を傾けている安達常長は、自分の知っている情報と俺の言葉を頭の中で擦り合わせ、真偽を確かめようとしているか、眉間に皺を寄せている。


「俺も吉良成高が豊嶋に味方すれば旧領を返すと言う書状が送られたと聞いた時は驚いた。 だがその後、吉良の策を聞き違和感を覚えたのだ。 何故日野の陣の対岸に作った砦に景春殿を配するのか。 武蔵で影響力のある者といえば聞こえは良いが、何故、砦に配するのが景春殿のみで、上野や下野、常陸の者はおらぬのだ? とな」


「恐れながら、それは我が主に信を置いているという事では?」


「信を置くか…。 確かにそう言えば聞こえは良いとも思える。 なれば吉良成高は何故、俺から書状が送られたと偽りを申した? 軍議の場で下野や常陸の国人衆は刀を抜きかけたと言うが、関東管領である上杉顕定を始めとした上野の国人は何故黙っていた? そして不可解なのは大将である足利成氏が吉良の策を素直に受け入れた? しかも砦には吉良の一言で景春殿が詰める事になった。 おかしいとは思わぬか?」


「宗泰様が吉良様に書状をお送りしていないとの話が誠であれば…、されど何故そのような事を」


「ここからは、確たる証は無い話になるが、恐らく足利成氏と上杉顕定、共に武蔵に影響力のある景春殿と俺を争わせ力を削ぐ。 あわよくば亡き者にし、合戦の後に武蔵で力を持つ者がおらぬようにしたいのであろう。 それに上杉顕定に至っては景春殿が成氏に通じ、乱を起こした事で大きく力を削がれ、長年争っていた足利成氏と和議を結ばざるえなくなった。 そして足利成氏はこの合戦に勝った後、景春殿に対し先の乱の功、此度の功に報いる必要がある。 成氏、顕定共に景春殿と長尾家の力は邪魔な存在。 だが自らが手を下せば名に傷が付く、故に豊嶋と真っ先にぶつかる砦に配したのだろう」


「お戯れを」


「戯れに聞こえるか? 景春殿が豊嶋に付いたとしても兵は2000~3000程、数万の大軍を擁する成氏軍を前には焼け石に水。 景春殿に裏切りは期待しておらぬ。 だが恩のある景信爺様の嫡男であり、俺の母の兄、伯父である景春殿を守りたいだけだ」


「宗泰様はこのような話を某し、どうされたいのでございまするか?」


「ひと月、いや、ふた月の間に兵を密かに動かして鉢形城へ攻め込む。 さすれば景春殿も居城を守るために堂々と砦を離れられるであろう」


「某に話せば、事前に殿に伝わり策を立てられるとは思わないので?」


「本当なら間者を送り、景春殿に直接伝えたいのだが流石に監視の目もあろう。 故に常長殿に伝えた。 後は景春殿がどうするか。 いずれにせよこの合戦は我らが勝つ。 今更景春殿が何をしようと結果は変わらぬからな」


「宗泰様はこの合戦に勝てると?」


「関東不双の案者と言われた景信爺様と道真爺様が暇を見つけては石神井城に来て薫陶を授けて行ったのだぞ。 俺が負ける訳あるまい」


「薫陶を授けられたとは…、お2人共珍しい食事や菓子、それと照姫様可愛しでございましたぞ」


「そうか? まあ薫陶を授けられたと言えば聞こえが良かろう」


堂々と勝と言い放つ俺に安達常長は苦笑いをしている。


昔、相手をしていた時も、俺がしようとしている事を聞き、同じような苦笑いをし、結果を見て驚いていたな…。


仕込みは終わった。

後は昔話を少しして日野の陣に帰ろう。

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