合戦に向けて

三浦を始め、成田、太田、里見との会談を終えた翌日、3日後には江戸を出発できるよう、派遣する鉄砲隊の編成と弾薬の手配を命じる。


その間も、江戸城へ参集するよう命じた家臣達が続々と江戸へ到着していたが、翌朝に登城するよう命じ、今日は城下の屋敷で休ませる事にした。

急の呼び出しに慌てて江戸へやって来た者もおり、夕方から評定を始めると終わるのが深夜になりそうだから…。


翌朝、江戸城の広間に集まったのは、一門衆として、父である豊嶋泰経、今年で13歳になった弟の竹千代、叔父の豊嶋泰明、赤塚資茂、小具秀康、宮城政業、庄宗親 平塚基守、滝野川守胤、志村信頼、板橋頼家、白子朝信。


後藤秀正、土屋元親、肥田氏本等の譜代重臣に加え、風間元重、武石信康、馬淵家定、菊池武義、矢野兵庫、山口高忠、を始めとした直臣衆、伊豆海賊衆を代表して富永盛勝、清水綱吉の2人。


千葉自胤、新倉常家、森田秀正、野田義盛、椎津胤広を始めとした傘下の国人衆だ。


太田道灌と、伊豆海賊衆の鈴木繁宗と松下長綱は、駿河の情勢が不安定な為、いつ何が起きても対応できるよう、今回は来ていない。


「皆の者、面を上げよ! 急な呼び出しにも関わらず良く集まってくれた。 今年の刈り入れが終われば、豊嶋家の行く末を決めるであろう大きな合戦が始まるであろう。 此度、各々へ命を下す故、合戦の支度を行え」


上座に座った俺が、挨拶もそこそこに、今年大きな合戦があるとの宣言をした事で、場がざわつくが、暫くすると集まった者達の顔が真剣な表情に変わる。

ここに集まった者達は皆、相手が誰であれ豊嶋家は負ける事は無いと言う自信に満ちた表情だ。


「今まで豊嶋家は勝ち続きであったが、此度は今までと違い厳しい戦いとなる。 敵は古河の足利成氏、関東管領上杉顕定、相模の上杉定正、それに加え遠江の斯波義寛が、今川龍王丸の後ろ盾となっている伊勢盛時が、駿河そして伊豆に攻め込んで来るであろう。 負ければ豊嶋家は滅ぶと心得よ!!」 


「「「「ははっ!!!」」」


集まった者達が一斉に平伏する。

恐らく、豊嶋家が負けたらなどと俺が言うとは思ってもいなかったようで、一同の顔が更に引き締まる。


「此度の合戦は武蔵で敵を迎え討つ。 故に武蔵の小城は放棄し、主要な城へ兵糧を集めよ。 家財などは他所に移せ。 これは農民、町民にも徹底させよ!」


まさか武蔵の小城を放棄しろなどと言われるとは思っていなかったようで場がざわつく。


「静まれ! 小城を守り無駄に兵を失うのを避ける為だ。 城は建て直せば良いが、人は死んだらそれまで、勝ったとて味方が大勢死ねば今後に障る。 それを忘れるな!」


今迄、こんな話をした事は無かったが、今回は勝つだけでは意味が無いのだ。

勝って、関東から上杉顕定を、そして足利成氏を掃討しなければならない。

何故なら、掃討しなければ今後も足利成氏、上杉顕定との戦いが続くのだから。


「まず、父上には竹千代を伴い京へ行っていただく。 朝廷と日野富子に、幕臣である伊勢盛時が今川家の乗っ取りを企んでおり、小鹿範満との約定を破り、斯波義寛と共に駿河に大乱を巻き起こしていると、話をしてきてくだされ」


「それだけでよいのか? それでは竹千代を伴う必要もあるまい」


「竹千代を伴って頂くのは武蔵の外に出て見聞を広めさせる為です」


実際は、万が一豊嶋家が負けた場合に備えてなのだが、父もそれを理解したのか、それ以上は何も言わなかった。


俺が死んでも替わりはいるもの…。

いや、俺の替わりはいないか。


「千葉自胤! 本佐倉城の防備はどうなっておる? 成氏が動けば、岩橋が動く。 真里谷は里見家に牽制させるが、万の敵に囲まれても守り切れるか?」


「はっ、殿に命じられた通り、守りを硬くし、兵糧の貯えも万全にございます。 殿のお力で千葉宗家の座を取り戻す事が出来申した。 頂戴した本佐倉城に万の敵に攻めて来ようとも守り切って見せまする」


「任せる! だが本佐倉城が攻められても、援軍は直ぐには出せぬ、しかと守りを固めよ。 成氏、顕定を破れば岩橋は引くであろう。 その際は追い打ちをかけ、積年の恨みを晴らせ!」


「ははっ!!!」


「それともう1つ、もし成氏から内応を求められたら、千葉宗家と認め、簒奪者である岩橋孝胤の首、または一族共々追放するよう要求せよ。 内応する相応の対価だとしてな」


「内応でございますか? しかし…」


「構わん、もし使者が来たらだ。 まあ本当に岩橋孝胤の首、または一族共々追放したらだがな…」


恐らく成氏は千葉兄弟に対し、自分に従うよう使者を送るはずだ。

千葉兄弟が因縁のある岩橋孝胤に対する処分を求めることで成氏がどう出るか。


「小具秀康、其の方は伊豆の守りを固めよ! 時高殿には伊豆の兵を動かす事の了承を得ておる。 駿河からは言うに及ばず相模からにも注意し、一兵たりとも伊豆の地を踏ませるな!」


「御意!!」


「それと富永盛勝、ここに来ておらぬ伊豆海賊衆と共に道灌の命に従え、遠江の斯波が動けば遠江の沿岸部を襲い乱取を行え。 それと清水綱吉、其の方の海賊衆は江戸湾の警備を命ずる。 必要に応じて小早船を使い、利根川を遡上し古河を襲って貰う」


「承った!!」


「それと伊豆に戻ったら急ぎ伊豆海賊衆の持つ安宅船全てを江戸湊へ廻航しろ。 新たな武器を積む! 10日もあれば伊豆に帰す故、安心せよ」


一瞬、安宅船の全てを取り上げられるのではないかと、驚いた表情を浮かべたが、新たに武器を積むと言われ、安心したような、それでいて嬉しそうな表情を浮かべている。 


海賊衆はこれでいい。

海賊衆に関しては、新たな武器を与えられるうえ、遠江での乱取り自由とあってやる気満々だ。

江戸湾の警備を命じられた清水綱吉は残念そうな顔をしているが…。


そして、小具秀康は現在、伊豆奉行の1人として主に伊豆の国人衆へ睨みを利かせているので、小具が伊豆から動かなければ、上杉定正に従おうとする国人衆が居たとしても動けない。

もっとも道灌が上杉定正の命で豊嶋家を始め多くの者達から利権を奪ったりしたと、道灌が自ら大袈裟に扇谷上杉家の悪行を広めたので、多くの国人達が豊嶋家と三浦家の統治を受け入れており、伊豆は至って平穏であるのだが。


「椎津胤広! 其の方には上総の守りを任せる。 叔父の泰明が上総を空ける故、其の方が旗頭となり真里谷が兵を進めて来たら押し返せ! 里見に真里谷領は切り取り次第と言ってある。 其の方らも里見と争わぬなら、同様に切り取り次第を許す。 だが積極的には真里谷領へ進攻するな。 あくまでも真里谷が兵を進めてきた場合のみぞ」


「仰せのままに。して、殿に従うふりをしている国人共が反旗を翻した際は、その所領も切り取り次第で?」


「許す。 豊嶋に反旗を翻す者には容赦するな!」


上総の旗頭に命じられたことで、気を良くした椎津胤広は、恐らく真里谷と通じている国人をある程度把握しているのか、切り取り次第と聞いて力強く頭を下げる。


「矢野兵庫、山口高忠。 2人は扇谷上杉家が兵を挙げ、相模川を渡り攻めて来れば押し返せ! それと上杉定正に呼応した国人衆がおれば、確実に攻め滅ぼせ。 また、上杉定正が小田原方面に兵を向ければ糟屋館へ攻め込んでも構わん」


「お任せくだされ」


小山城を任せ豊嶋家の所領となっている高座郡の(綾瀬市、海老名市、座間市、相模原市、藤沢市の一部)の旗頭としていた矢野兵庫は久々の合戦に血沸き肉躍ると言わんばかりに獰猛な笑みを浮かべている。

扇谷上杉家が最近大人しかったために、手柄を挙げる場が無かったからやる気満々だ。


「赤塚資茂、後藤秀正、土屋元親は国府台城を、葛西城は肥田氏本が守れ」

「ははっ!」


「他の者は、成氏が兵を挙げたら主要な城へ向かえるようにしておくのだ! それと風間元重、其方は大泉の警備を強化せよ。 万が一、成氏の兵が大泉へ向かえば、職人たちを避難させたうえで、一帯を焼き払え」


大泉は豊嶋家が持つ技術の中心部であるが、職人達さえ無事なら再建は出来る。

だが、それでも建物などを残しておくことで、多少なりとも技術が流出する可能性がある以上、制圧される前に燃やす必要がある。


「皆よく聞け!! 豊嶋家の興廃はこの合戦にあり! 各々一層奮励努力せよ!!  よいか! 此度の合戦は関東の覇者を決める合戦と思え!!」


一度は言ってみたいセリフだ。

出来れば合戦の場で言いたかったが、ついつい言いたい衝動に駆られて口走ってしまった…。

ただ、この合戦は豊嶋家の存続がかかっているのだから、足利成氏、上杉顕定、上杉定正の首を獲るつもりで臨まなければならない。


「密かに合戦の支度はしなくて良い。 堂々と行え! 領民にも刈入れが終われば、古河の成氏、関東管領上杉顕定が、鎌倉公方様を攻め滅ぼそうと兵を挙げるので、それを迎え討つ支度だと触れ回れ」


集まった諸将へ、指示を出し終わると、命を受けた諸将がそれぞれの所領や持ち場に戻っていく。

これで古河の成氏が動かなかったら無駄骨になるのだが、成氏は必ず動く。

これといった確証はないが、豊嶋家が関東を徐々に侵食しているのだ、今のうちに潰さねば自分達が潰されるのだから。


諸将が出て行った広間には風間元重一人だけが残っている。


「元重、此度の合戦は風魔衆の働きが重要だ。 成氏が伊賀者を雇った事で乱破働き、諜報活動も難しくなるだろう。 故に風魔衆を3人一組にして臨め。 情報がこの合戦の勝敗を分けると心得よ!」


元重が俺の家臣になり、もう10年以上経つ。

それだけに俺が情報を重視している事を良く知っている者の1人でもある。


本当に頼りになる人材を家臣にできたことに感謝だ。

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