当主会談

「本来なれば、各家に某が伺い話をするか、事前に場を設けお会いするのが筋ではございますが、此度、各家の存亡にかかわる可能性が高い為、無礼を承知でお越し頂きました。 この度は、急な声掛けに応じて頂き忝く」


「宗泰殿、火急とのこと故、急ぎ来たが如何いたしたのだ?」


江戸城の一室に集まり、関東の地図を囲むように座った三浦時高、太田道真、成田正等、里見成義、その中で若干不機嫌そうな顔をした三浦時高が何で呼び出したのか尋ねて来る。


里見家、千葉家を除く3家は表面上、豊嶋家とは対等な関係である。

実情として、太田家、成田家は豊嶋家に従属している形に近いが、三浦家に関しては対等な関係であり、対等にも関わらず、火急の事とのみの言葉で江戸城へ呼び出された時高は若干不機嫌になっていた。


「まず、端的に申せば、秋の刈り入れが終われば古河の成氏と関東管領が動く可能性が高く、また今川が成氏の動きに合わせ駿河よりも伊豆、相模を伺う事が予測されまする」


「駿河は豊嶋家が兵を入れておろう、三浦家としては伊豆を守る事には協力するが、駿河には関与せぬぞ」


普段は道真同様に好々爺の時高が、厳しい顔つきで駿河には関わらないと宣言をする。


「承知しております。 駿河を領する今川の家督争いには豊嶋が勝手に介入している事故、三浦家が関わらない事は道理、なれど此度はそうは言うておれませぬ。 また、どのように口説いたかは分かりませぬが、今川の龍王丸たつおうまるを擁する伊勢盛時いせもりときが遠江の斯波義寛しばよしひろ、甲斐の武田信昌たけだ のぶまさを味方につけて、駿河統一に加え、伊豆、相模を狙っております。 甲斐の武田に関しては手を打っておりますので兵は動かせないとは思いますが、我らは秋になれば四方から攻め込まれる事になるかと思われまする」


「なれば三浦は伊豆を手放してでも相模を守り切るのみだ。 それに古河の成氏の動きに合わせ扇谷上杉定正も動くという事であろう? それならば三浦は扇谷上杉の相手を致す事になろうぞ」


「それで結構でございます。 しかしながら伊豆の兵は動かさないで頂きたいのです。 今川、斯波より伊豆を守りきれれば西の脅威は無くなり、我らも後ろを気にせず戦えます故」


「伊豆を防波堤にするという事か。 それでは駿河を手放すと?」


「左様でございます。それに伊豆で今川、斯波を足止め出来れば海賊衆を使い、遠江を襲わせ斯波の背後を脅かせる為にございます」


「そういう事か。ならば伊豆の兵は動かさぬ。だが我らは扇谷上杉に当たる故、援軍は送れぬと思われよ」


「承知しております。 それと時高殿、既にお伝えしている通り、扇谷上杉定正の元に身を寄せている、高救、高教親子の動きにお気を付けくだされ。 風魔衆より怪しい動きを見せているとの報告がございます故」


「それについては問題ない! 三浦の家はワシが掌握しておる!!!!」


時高が不機嫌だったのは、俺が風魔衆を使い、三浦家を追われた高救、高教親子の動向と三浦家の内情を勝手に調べたからのようだ。


いや、だって扇谷上杉定正を監視してたら、高救、高教親子が怪しい動きしてるっていうから、調べさせたら、三浦家の重臣と密かに接触してたんだから、普通、教えるでしょ。

三浦家を探ってたわけではないんだけど、時高は、三浦家を探っていたと思い込んでいるらしい。

後で、じっくりと説明して誤解を解こう。


「成田殿、柴崎長親殿との仲は如何にござりまするか?」


「うむ、当初は娘が豊嶋家当主の正妻という事もあり、関東管領や古河公方に従う国人衆達から距離を置かれていたが、豊嶋家より直接加増を受けず、成田を通しての加増となり、独立を許されなかった事で柴崎長親が当たり構わず不満をぶちまけておる。 度々、ワシと忍城で怒鳴り合いを演じておる故、関東管領より所領安堵と独立を認める事を条件に内応を求められ、既に柴崎長親も内応の誘いに応じておる」


「それは重畳、して忍城の防備は如何にござりまするか?」


「拡張も終わり、5000の兵が半年は籠れるよう兵糧を貯えておる。 宗泰殿より預けられた武器もある。万の大軍に囲まれようとも心配はない!」


以前から成田正等と柴崎長親と共に仕込みをしていた甲斐があった。

柴崎長親は関東管領の調略に応じた振りをし、反成田家として認知されている。

後はどの程度信用されているかだが、この時代の女性の地位は低い。

娘が俺の正妻となったとはいえ、家の為なら娘を切り捨てる事は厭わないのが武家の倣い。

恐らく関東管領には相応に遇されるはずだ。


「して道真殿、資常殿のお加減は如何でございまするか?」


「最近は庭を歩いたりしておるがハッキリ言って良くはない。 恐らく合戦の指揮は無理であろう。 だが安心されよ。 合戦ならワシがおる! それに資忠の居城である岩槻城も拡張し兵糧も貯えておる。 川越城、岩槻城の事は心配なされるな」


道真の末子で太田家の当主である太田資常は、扇谷上杉との合戦で負った傷が原因で床に臥せっている。

最近は庭を歩いたりはしているようだが、道真の言う通り合戦の指揮は執れない。

まあ道真が合戦の指揮を執った方が安心ではあるが、既に齢73歳だ。

史実ではあと4年は生きるけど、既に史実と異なって来ている以上、早く死ぬか、更に長生きするかは分からないが、本人は至って健康そうなので問題は無いと思う。


「里見殿、其方には古河の成氏が兵を挙げたら真里谷を圧迫し、それと併せて安房の海賊衆を使い常陸沿岸を襲って貰いたい。 大掾清幹、忠幹親子は古河の成氏と争っており、我らに味方するとの事だ。 海賊衆を派遣し大掾の支援を頼む」


「かしこまりました。 して上総の地は切り取り次第でよろしゅうござりますか?」


「構わん、真里谷の所領を自由に切り取れ! 成氏がどう動くかは分からんが、可能なら下総の香取郡、海上郡、匝瑳郡も切り取って構わん」


「ははっ、腕が鳴りますな。 やはり豊嶋家に従ったのは間違いでは無かった。 必ずや期待に沿う働きを致しましょうぞ!」


「期待している。 だが、上総を攻めるのは真里谷が下総に兵を向けるまで待て。 兵のおらぬ上総を攻めた方が味方の被害も少ないであろうからな。 だが、真里谷が下総に兵を向けず、上総奪還に動いた際は容赦なく攻めよ」


「かしこまりました」


里見成義は攻め取った真里谷領、そして下総の香取郡、海上郡、匝瑳郡まで切り取り次第との事に大満足のようで、満面の笑みを浮かべている。

弱体化しているとはいえ、名門である武田家の末裔である真里谷家の勢力は侮れず、現状膠着状態となっているが、成氏が動けば確実に真里谷信勝も動く。

真里谷信勝が下総に兵を出せば里見成義としては上総の真里谷領を手に入れる願ってもない好機だからだ。


「此度は、古河の成氏が動いた際、それぞれの動きを共有しておく事で無駄な混乱を生まぬようにと思い、江戸城へお越し頂きましたが、もう1つ大事な事をお伝えする為でもありまする」


「ほう、大事な事とはなんじゃ? 宗泰殿の申す通り、各家の状況、合戦に際しどう動くかが分かった事で、それぞれの為すべきことがハッキリとしたが、それ以上に大事な事か?」


やはり、当主の座を追われ、扇谷上杉定正の元に身を寄せている、高救、高教親子の動向を調べ時高に伝えた事で豊嶋が三浦家を探っていると思い、機嫌の悪い三浦時高がトゲのある口調で問いかけて来る。


やっぱりこの後、時高とじっくり話して誤解を解こう。

この誤解は解いておかないと後々の問題になる気がする。


「大事な事とは、三浦家、太田家、成田家、里見家へ、某の兵200をお預け致しまする。 ここに集まられたご当主、後見の方の直轄兵として合戦にお役立ていただきたい」


「豊嶋家が援軍を出すと? よもや我らを見張るつもりか?」


豊嶋の兵を預けるとの言葉に、三浦時高が怒りを押し殺したような声を上げる。


「見張るつもりなどございませぬ。 お預けするのは豊嶋家が誇る鉄砲隊200でござる。 しかしながら、敵に奪われれば一大事、故に直轄の兵としてお役立て頂きたい」


鉄砲隊200人を預けると言われると思ってもいなかったのであろう時高の口が開いたままになっている。


「鉄砲は豊嶋家の機密、これはお集まり頂いた方々へ、豊嶋家として示せる出来る限りの誠意でござる!! 合戦の後、各家から鍛冶師を受け入れ鉄砲作りを教えまする。 まずは鉄砲隊を合戦で使ってみてくだされ」


「な、な…、良いのか? 今まで何度も鉄砲を欲したにも関わらず、其方は断っておったであろう。 それを作り方まで教えるとは…」


以前から時高に鉄砲を売って欲しいと打診をされても、断っていたのに、鍛冶師を派遣すれば鉄砲作りを教えるとの言葉に、一同が驚いている。


驚いている一同に、これは豊嶋家の誠意であり、鉄砲作りを教えるには更に訳がある事を説明する。


その後、時高と2人で話をし、誤解を解いたが、鉄砲の事が頭を占めている感じで、三浦家を調べていたという誤解は最早どうでも良いと言った感じで、「必要があれば好きなだけ調べても良い」と言われてしまった…。


鉄砲の効果凄いな…。

まあ、既に関東管領か古河公方の元に、持ち逃げされた鉄砲があるだろうし、これ以上秘匿すれば反感を買いかねない。

だったら豊嶋家からの誠意とする事で、豊嶋家への信頼度が上がるはずだ。


それにしても、持ち逃げされた鉄砲は、関東管領、古河公方、どちらの手に渡ったのか…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る