先手

夜が明けきらぬうちに国府台から出陣をした豊嶋泰明としまやすあきは音羽半兵衛率いる風魔衆乱破組に先導されて佐倉方面へ向かう。


途中、進路上にある城へは先行させた騎馬隊と風魔衆に命じ、滑液包炎で門や塀、柵などを燃やさせた為、さしたる抵抗も無く進軍していく。


既に城を放火された国人衆よりの早馬で、千葉孝胤ちばのりたねの居る佐倉へは豊島軍襲来の報が伝わっており、日の出と共に出陣出来るよう準備を整えていた千葉軍は、泰明の軍を迎え撃つべく夜が明けると本佐倉城を出陣した。


真里谷信勝まりやつ のぶかつの軍は昼頃に合流予定との前触れがあったが既に豊嶋軍が下総に進出し、国府台に陣を敷き、一部の軍が進軍を開始した為、千葉孝胤にとっては真里谷軍の到着を待っている余裕がなかった。


下総各地の国人衆に陣触れを発しているが、その国人衆が攻められ、また下総の奥深くまで敵に侵入されたのを放置したとなれば、千葉家の権威が落ち、千葉家を見限る国人衆が出る可能性があるからだ。


夜明けと同時に佐倉を急ぎ出陣した千葉孝胤の軍約5000は、城を捨て逃げてきた国人衆の兵を糾合しながら進軍をし、翌朝には6000程にまで膨れ上がる。


一方、勢いよく国府台を出陣した泰明の軍は、船橋まで兵を一気に進めると、その後は休息を挟みつつ進軍をし津田沼まで兵を進めると、進軍を止めて野営をした。


これは当初からの予定通りの行動で、泰明の軍が船橋を通過した後、音羽半兵衛率いる風魔衆が千葉軍を監視すると共に、物見や伝令、間諜と思わしき者の始末に向かい、千葉軍が得られる情報を極端に減らす作戦だ。


千葉孝胤が放った間諜は風魔衆によって多くが始末され、千葉軍の物見も、敢えて泰明軍の居る津田沼方面よりも八千代方面に向かった物見を集中的に襲撃することで攪乱する。

更に夜には八千代方面にある国人衆の館に火を放たれるに至り、泰明率いる豊島軍は八千代方面にいるものと千葉孝胤とその家臣達は思っていた。


一方、千葉孝胤の出陣を知った真里谷信勝は進軍の足を速め、日暮れには千葉軍と合流した事で、軍は10000程となり、夜明けと同時に八千代へと兵を進める。


千葉、真里谷軍は、物見を放ち、泰明の軍を探しながらの行軍となる為に、おのずと進軍速度が低下し、昨夜放火された八千代の高津館に到着した頃には、昼を過ぎていた。

昨日、八千代に向かった物見の多くが襲撃を受けた為に、八千代に泰明軍が居ると思っていた千葉孝胤とその家臣達は四方に物見を走らせ泰明軍を探す。


既に八千代周辺には風魔衆が散り監視をしてる為、泰明軍は、千葉の物見を避けるようにして進軍し、日が沈みかける頃を見計らい、千葉、真里谷軍に襲い掛かる。


千葉孝胤の軍には俺の直臣である武石信康が騎馬隊500を率い突撃し、真里谷信勝の軍には泰明が自ら足軽衆2200を率い突撃した。


武石信康率いる騎馬隊は隊を前後2つに分け、千葉孝胤の軍へ向け一直線に突き進み、突然の襲撃に慌てて態勢を整えようとしている兵達に近づくと一段目が馬上から弩を放ち馬首を返し、その後2段目が馬上から弩を放ち馬首を返す。

そして一旦離脱し弩に矢を番えると先ほど突撃した所と異なる場所を襲撃する。


一方、泰明も一気に真里谷信勝の軍に近づくと、500の長柄足軽を後方に置き、弩を持った足軽1000を300ずつに分けたうえで3段に構えさせ、絶え間なく矢を放つ。

更に弩を持った兵の内100は3段に構えた足軽の左右に配置され、迂回して近づこうとする敵に目を光らせる。

突然の襲撃に混乱するも、盾を持ち真里谷軍が前進を始めると、泰明は巧みに指揮を執り、弩を持った足軽を後ろに下げて長柄足軽を前に出して後退を始める。


機動力を重視し、一撃離脱を繰り返す武石信康の騎馬隊、特に狙いを定めず真里谷軍に矢の雨を降らせ、長柄で敵を近づけさせず退却する豊嶋泰明の足軽衆を前に、千葉、真里谷軍は死者こそ多くは無いものの多数の者が手傷を負う。


一方、襲撃をした兵達は、数十名が軽傷を負ったものの死者は出ず、日暮れと同時に千葉、真里谷軍と1キロ程離れた大和田に陣を敷いた。

その夜、風魔衆が夜通し、散発的に敵陣へ火矢を放ち、歩哨をしている足軽を襲撃するなどした。


一方、襲撃を受けた千葉孝胤と真里谷信勝、そしてその家臣達は軍議を開き、明日以降について話し合っていたが、度重なる敵襲の報に苛立ちを募らせいた。

火矢が撃ち込まれる度に兵達が「敵襲~!!」と叫び、歩哨が襲撃されると「敵襲~!!」と兵達が叫ぶ。


被害は微々たる物ではあるが、敵襲!! との声が聞こえれば、その都度家臣に指示を出さねばならず、またその後の報告を聞けば火矢が数本撃ち込まれた、歩哨が数名殺された、という内容であった為、遂には千葉孝胤が怒りを爆発させ、家臣に明日総攻めを行う旨を命じた。

真里谷宗信も相手は精々3000程という事もあり、反対することなく総攻めに同意し、夜明けと同時に攻めかかる準備を始める。


その頃、豊嶋軍の陣では明日の合戦に向け、最後の打ち合わせがされていた。

千葉、真里谷軍の行動は風魔衆が監視しており動きは筒抜けの為、後はどの様に被害を最小限にしつつ明日中に国府台まで追撃をさせるかだが、これに関しては当初の予定通り、足軽を囮とし、騎馬隊で挑発を続けながら退却する。


翌朝、日が昇り出す前に、千葉、真里谷軍に動きがあるとの報を受け、泰明は兵達に指示を出す。


騎馬隊が出陣し、昨日同様に千葉、真里谷軍に馬上から弩を放ち離脱する。

昨晩の軍議で総攻めをすると決していた千葉、真里谷軍は馬首を返し去っていく騎馬隊を追うように軍を前進させた。


昨晩、夜通し襲撃を受け、兵達までもが苛立ち殺気立った千葉、真里谷の兵達は、背を見せ走る騎馬隊を追いかける。


騎馬が散開すると目の前に弩を持った足軽が現れ矢を放つと即座に後退し、長柄を持った足軽が現れる。

矢で勢いが止まりかけた兵達は、交互に振り下ろされる長柄を前に近づく事が出来ず、長柄足軽がジリジリと前進すると徐々に後ずさりをする。


直後、長柄足軽が踵を返し走り出すと、一瞬何が起きたのかと呆然としたものの、すぐさま追い打ちをかけようと逃げる長柄足軽を追いかけ始めた。

そんな中、馬に乗った武者が逃げる長柄足軽に肉薄しようと馬を駆る。


「我こそは野嶋広正が家臣、川野景…」

バキッ!!!


騎馬が迫って来た事に気付いた長柄足軽の1人が担いでいた長柄を右斜め上より薙ぐように振り下ろす。

名乗りを挙げながら肉薄してきた騎馬武者の兜にあたった長柄が砕け木片が周囲に飛び散り、長柄で叩かれた騎馬武者が馬から落ちる。


普段から長柄を長時間振り下ろす訓練をしている足軽渾身の一撃を受けた武者は首が変な方向を向き息絶えているが、当の足軽は砕けた長柄を捨て笑いながら走り去る。

途中、3隊に分かれ国府台方面に走り出すと、千葉、真里谷軍も分散して追撃を開始した。


逃げる豊嶋兵との距離が離れると騎馬隊がやって来て弩を放ち、罵詈雑言を吐き、笑いながら走り去る。

騎馬を追うと待ち構えていた足軽が弩で矢を放ち、その後長柄足軽が押し出して来て直ぐに逃げだす。


流石に同じことの繰り返しで追う側の兵達も無駄に手負いが増えるだけの追撃に嫌気がさし出した頃、20人程の騎馬隊を引き連れた武者が千葉、真里谷軍の前に出て名乗りを挙げる。


「我こそは、豊嶋家前当主 泰経が弟、豊嶋泰明である! 腰抜け揃いの千葉、真里谷の雑兵、端武者共は背を見せている我らをロクに討ち取れんとは、とんだ腑抜け揃いよ!! 皆笑え!!」


3隊に分かれた豊嶋軍の後方でほぼ同時に豊嶋泰明が名乗りを挙げて千葉、真里谷軍を焚きつける。

同時に3人の泰明が出現する事などあり得ないが、軍を3つに分けて追いかける千葉、真里谷軍は他でも泰明が名乗りを挙げているなど夢にも思わず、豊嶋家一門の首を挙げようと我先にと襲い掛かる。


追撃が再開されたと判断した3人の泰明は馬首を返し走り去っていく。


実は泰明の名を名乗った者の内2人は、武石信康と音羽半兵衛だったりする。

音羽半兵衛が泰明に「どうせ千葉の者も真里谷の者も、泰明様の顔を知りませんので豊嶋家前当主の弟を強調し名乗りを挙げれば一門の首を挙げて手柄にしようと必死に追いすがるでしょう」と伝え、それを泰明が採用したのだった。


追撃の足が鈍れば3人の泰明が現れ挑発を繰り返す。

千葉、真里谷軍は泰明の首に誘われて豊嶋軍の本隊が待ち受ける国府台へ誘導されていった。

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