伊豆の海賊衆

三浦高時と共に伊豆の堀越御所へ向かい、堀越公方である足利政知に関東管領家と古河公方の和議について説明し、幕府へ急ぎ書状を送らせた。

政知は俺と時高が考えた脚色した内容を書状に認める事に対し難色を示していたが、関東管領家の仲介で幕府と古河公方の和議が成立すれば、実質関東の半分以上に影響力を持つ古河公方である足利成氏が関東を纏める公方となり、伊豆に居る政知は排除される可能性がある旨を説明し、納得させて書かせた、と言うか、気合入れて書いていた。


実際の所、決め手となったのは足利政知が幕府の命で京の都に戻らされ、政知とその子供は仏門に入れられる事になると言ったのが決め手だった。

政知自身、幼少時から寺に預けられ僧として生きるよう半ば強制されていたようなもので天龍寺香厳院主となったとは言え俗世と隔絶された生活を余儀なくされた。

だが幕府の命で還俗させられ鎌倉府復興の為に関東へ向かい、伊豆に留まる事になったとは言え武士として、公方として何不自由ない生活を送っていた為に、今更この生活を捨てて僧に戻りたくないといった感じだ。


僧に戻れば正妻や側室とも切り離され食生活も粗食に戻る。

女も食事も酒も思うがままの今の生活の全てが奪われ、毎日経を読んで過ごす日々に戻るのは誰だって嫌なはずだ。

まあネット情報では伊豆一国の支配を認められ京に戻る事も僧にされる事もないんだが、政知からしたら絶対に僧には戻りたくないらしい。


最初は難色を示していたのに僧に戻されると聞いてからは、人が変わったような鬼気迫る表情をしながら祐筆に書状を書かせていた。

関東管領家の不義理、関東管領家は自分を鎌倉公方とする気が無い事、幕府の威光を笠にして関東を上杉家の物にしようとしている事、何度も古河御所を攻め落とす機会があったにもかかわらず古河公方と結託していた為攻め落とさなかった事、足利成氏が伊豆を攻めた際に援軍を送らず静観していた事、等々…。

横から俺と時高が口出しして煽ったとは言え、堰を切ったかのように関東管領家が幕府の命を無視し私欲に走っている内容を書かせていた。


後で俺と時高が修正させるのに苦労した。

だって最初の方は関東管領家の怠慢と和議を結んだ事に関する朝廷や幕府への背信を訴える内容だったが、後半は悪口になっていたからね。

後は江戸に帰ったら公家衆に頼んで朝廷にも書状を書いて貰わないと…。


堀越御所から書状を持った使者は明日にでも京に向け出発させるとの事なので、俺と時高の仕事は終わった為、堀越御所を出て沼津湊に戻り船で帰ろうと思ったら、湊が…、そして大船の周囲が凄い事になっていた!!


湊には見た事の無い大船が止まっているのを一目見ようと人が集まり、大船を囲むように無数の船が集まっている。

「宗泰殿、この群衆はまだしも、あれ程の船に囲まれていては乗り込めぬが如何する?」

「どうしましょうか…、囲んでいる船を率いている者と話せればよいのですが、一応まだ争いにはなっておらぬようなので、こちらから合図を送り様子を見ましょう」


上陸した足軽小頭の1人に命じ、大船に向かって豊嶋家の旗を振らせる。

暫くすると大船に残った足軽がこちらに気付き旗を振り返したが、船に残っていた者が囲んでいる船に向かい何かを叫んだと思ったら、何艘かの船がこちらに向かって来た。


船から降りて来た男4人、褌一丁に胴丸を付け腰に刀を一振り差しただけだが、肌は赤銅色に日焼けして4人共海の男という風体だ。


「あなた様があの大船の主である豊嶋殿で?」

「いや、ワシは三浦時高である。 あの船は三浦の船ではない、こちらの豊嶋宗泰殿の船だ」


うん、どう見ても70代近い時高の方が威厳があるし、まさか俺の船とは思わないよな…。

傍から見たら孫か曾孫を連れて来たと思われてもおかしくない年齢差だし。


「失礼を致した、某は土肥の富永盛勝と申す! こちらは西浦江梨の鈴木繁宗殿と三津の松下長綱殿、下田の清水綱吉殿だ」

「豊嶋家当主 豊嶋武蔵守宗泰と申します。 それで豊嶋の大船を囲んで如何なされるおつもりで?」


「いや、豊嶋殿の船なのは存じておるが、見た事も無い大船が沼津湊に居ると聞き、我ら伊豆の海賊衆を害する為に来たのかを確かめに参った次第」


どうやら沼津湊に向かう際、沿岸部を通ったせいで大船の存在を知られ、伊豆の海賊衆が何事かと集まってきたといった感じらしい。

それにしても豊嶋殿ね…。

伊豆は豊嶋家と三浦家で統治する事になってるけど、現時点では対等であり従う姿勢は見せないといった感じか。


「では富永殿、鈴木殿、松下殿、清水殿。某と時高殿はこれにて帰るので大船を囲んでいる船を退かせてもらえるか?」


とりあえず笑顔でそう言うと4人は顔を見合わせた後、何か小声で話合った後、4人を代表する形で富永盛勝が進み出て来た。


「豊嶋殿、聞く処によれば伊豆は豊嶋家と三浦家が治めるとの事、どのように伊豆を治めるおつもりか?」

「堀越御所におわす足利政知様より聞き及んでおらぬので?」


「我らには豊嶋家と三浦家が伊豆を治めるとしか聞かされておりませぬ」

あの公方!!

まあ確かに豊嶋家と三浦家の共同統治に関して理解できないとは言え、もう少し真面に説明しとけよ!!


「確かに伊豆は豊嶋家と三浦家が治めるが、土地を分け合うのではなく両家から代官を派遣し伊豆を治める。 軍役に関しては主に駿河、相模で合戦があった際に兵を出して貰うが、海賊衆に関しては現在のままで船戦の際などに手を貸してもらう。 まあ豊嶋家では海賊衆を率いる水軍の将が少ないから、才ある者は伊豆の海賊衆から取り立てるつもりだけどな」

「なんと!! 現在のままと? その上で豊嶋家が将として取り立てると申されるか?」


豊嶋家が将として取り立てるという事は家臣として土地を与えるという事でもあるので、耕作地の少ない伊豆の海賊衆からしたら魅力的な提案であり驚くのも当然だ。

しかも豊嶋家の家臣となれば現在の所領も安堵され、伊豆での地位も上がる。


「そうだ、その上でいずれは大船を使い琉球、呂宋、明などと交易をし、また戦の際は大船の船団を率いてもらう。 既に交易の中継地点を設けるべく薩摩に家臣が向かっている」

「そ、それはいずれ我らにもあの大船を…」


「今しばらく先の事にはなるが、いずれ伊豆の海賊衆が俺に、いや豊嶋家に従うのであれば、あの大船を伊豆で造り、豊嶋海賊衆として働いてもらうつもりだ」

「伊豆であの大船を…」


俺の話を聞いて4人が顔を見合わせいる。

まだ安宅船も登場していない時代だから、大船を伊豆でも造船できるようにするというのは魅力的らしい。

ただし最初に与えるとしたら現在建造中の安宅船だけど…。


「それはそうと丁度良い、伊豆海賊衆を率いる4人に頼みたい事がある」

「頼み…、それは如何様な?」


頼みと聞いて身構える4人に依頼内容を説明すると、徐々に不敵な笑顔を浮かべ出す。

報酬は4人にそれぞれ500貫文、依頼内容は扇谷上杉家の旗を掲げ、安房、上総の西沿岸を強襲し人以外を略奪し、家々を放火をして回り、可能ならば船を焼くか奪うかする事だ。


「我らに安房、上総の沿岸を襲い乱取りを行い、しかも三浦の油壷で行きと帰りに休息の場も用意され、その上報酬として500貫文を頂けるとは…」

「当然乱取りで得た物はその方らの物だ。俺が望むのは扇谷上杉家の旗を掲げて安房、上総の沿岸で上杉定正の命だと言いながら乱取りをし、家々に火を放つこと。それと館山の汐入川より南は襲わぬことだけだ」


「館山の汐入川以南は襲わぬのには何か訳が? いや、お聞きするのは野暮と言うもの。喜んでお引き受けいたします」


4人が跪き頭を下げると、付き従っていた4人の家臣らしき者達も頭を下げた。

その後、細かな話を詰め、6日後に伊豆を発し、三浦の油壷で休息の後、安房、上総の沿岸を夜から明け方にかけて襲撃するとの事だった。


因みに館山の南側は豊嶋家に臣従した里見家の所領なんだよ。

密かに金銭援助、武器や兵糧、人の援助は行っている。

今回の沿岸部襲撃は里見家に安房を統一させる為の布石でもある。


まあ両上杉家と古河公方の間に亀裂を入れる為でもあるが…。

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