決着

「戯言も大概にせよ!! 幕府より関東管領を任せられている上杉家の一門に対して無礼であろう!!」

会談の場となった寺の本堂に上杉定正の怒鳴り声が響く。


「戯言ではなく、この条件でも譲歩しております。 定正殿は何か勘違いをされておりませぬか?」

「何を? その方、一国人の分際でワシを侮辱するか!」


「侮辱などしておりませぬ、某は豊嶋武蔵守宗泰として、三浦時高殿は、急な病で来れなんだ三浦相模守高虎殿の代理として来ております。 幕府は帝の臣であり、幕府から関東管領を任される山内上杉家の当主ならまだしも扇谷上杉家はその分家、言うなれば帝からすれば陪臣にございます。 それに引き換え某は帝より武蔵守を、そして相模守を賜った高虎殿は帝の直臣にござる。 侮辱されているのは定正殿ではござらぬか?」

「だ、黙れ!! 其方、帝より武蔵守を賜ったと言ったな! 朝廷からの勅使は駿河におる。 ならば勅旨を賜っておるまい! にもかかわらず武蔵守を名乗るとは、何様のつもりだ!!」


陪臣扱いされ、顔を真っ赤にしながら怒鳴り散らす定正だが、足利政知が放った一言で言葉を失った。


勅使が不当に足止めされている事が朝廷に伝わっており、朝廷から幕府に対し豊嶋宗泰を武蔵守に、三浦高虎を相模守に任じ、勅使を待たず国司の官位を名乗る事を認めたと聞かされ、定正は黙り込んだ。

まあ実際の所、俺が更に金を積んだ結果なんだけど…。


「此度の一件は、扇谷上杉家及び大森家、そしてそれに従った国人衆の全てが帝、幕府に対し反旗を翻した逆臣と言えまする。 言うまでもございませぬが、その中心である扇谷上杉家と大森家を罰するのは当然の事。本来ならば上杉定正殿、大森実頼の首を京の三条河原に晒さねばならぬところ、堀越公方である足利政知様、そして足利将軍家が慈悲を以って和議を結ぶ為にお骨折り下された以上、定正殿の条件など到底飲むことは出来ませぬ」

「そ、そのような事を認めれば古河の足利成氏が付け上がり、政知様の鎌倉入りを、延いては鎌倉府の再興を更に遅らせる事になるであろう! ワシは公方様の為にそのような条件は呑めぬと言っておるのだ!」


定正が苦し紛れに堀越公方である政知の名前を出すが、それを三浦時高が遮る。

「定正殿、既に政知様が下向されて30年近くになるがその間、成氏を駆逐し鎌倉府を再興させる素振りすら見せぬのに、公方様の為とは笑わせる。 宗泰殿と我が嫡男高虎は此度の仕置きを終え次第、政知様を鎌倉にお迎えする支度をしておる。 帝と幕府の意に背く定正殿に伊豆、相模、武蔵の所領を任せられぬという事じゃ」


流石歴戦の武将、三浦時高が凄むと定正は大人しくなった。

「時高殿も定正殿も、一旦落ち着かれよ。 そう角を突き合わせていては纏まる話も纏まるまい」


そう言い冷静な発言をし、一旦場を落ち着かせた伊勢盛時(後の早雲)が再度両者の条件を照らし合わせ、調停案を提案する。


それによると、扇谷上杉家、大森家の所領は相模川を挟んで厚木、伊勢原、秦野、小田原、そして伊豆、そして大森実頼は隠居との事だった。


伊勢新九郎盛時こと後の北条早雲。 この人は堀越公方である足利政知が死んだら伊豆を手に入れ、その後関東へ進出し、後北条家の祖となる男だ。

既に伊豆を手にする為の野望を抱いているのか、単に定正が呑める調停案を出しただけなのか…。

だが、俺としては伊豆を豊嶋家の手中に収めておきたい。


「盛時殿、その案はこちらが呑めませぬ。 現に定正殿の命で伊豆の海賊衆が往来する船を妨害し、それを口実に古河の成氏が介入しております。 伊豆の領有を認めれば再度成氏の介入を招く恐れがあり、また私欲の為に海賊衆を使って船の往来を妨害する恐れがあり申す。 小田原も同じで、此度のように道を塞ぎ人の往来を止める事もあり得るかと存じまする」

「では宗泰殿はあくまで大森家の所領は没収、扇谷上杉家は相模川西側の厚木、伊勢原、秦野と申されるか?」


「いかにも。 先程も申し上げた通り本来ならば三条河原に首が晒されるところを助命するだけでなく、相模川西岸の厚木、伊勢原、秦野の領有を認めるだけでも、我らとしては精一杯の譲歩をしておりまする。 これ以上の譲歩は反対に幕府の意向に沿わぬと存じますが?」

「意向とは、鎌倉府の再興と申されるか?」


「いかにも。 鎌倉府を再興し、古河の足利成氏を討伐し、関東に平穏をもたらす事にございます。 京の都同様、関東も長きに渡る戦乱で民は塗炭の苦しみに喘いでおります。 されど定正殿では戦乱を終わらせ平穏をもたらす事は出来ぬかと、いや、更に戦乱を生み出すだけと存じまするが如何に?」

「しかし、それでは扇谷上杉家、大森家も納得できまい。 それに此度、豊嶋殿ではなく上杉殿に従った国人衆を攻め、その所領を没収しておると聞く。 余りにも厳しい処断ではないか?」


「厳しくなどございませぬ。 帝を蔑ろにし弓引く逆臣に従ったのですから、当然の報いかと存じまする」

こちらが全く引く気が無いのを感じた伊勢盛時が食い下がろうと、必死に思案を巡らせている感じだけど、大義名分がこちらにあり、扇谷上杉家を過剰に庇えば幕府が帝を蔑ろにしていると非難されかねない。

と言うか、俺が風魔衆を使ってそういう噂を流すつもりだ。


既に京都は応仁の乱の影響で荒廃し、それを幕府、というか日野富子は金を貯め込んでいるのにも関わらず復興に使おうとしていない状況で朝廷と幕府は良い関係とは言えない。

そんな中で幕府が朝廷を蔑ろにしているなど噂が流れれば、幕府の権威が地に落ちる可能性もある。

既に地に落ちつつあり、戦乱が日本中に広まっているが、これ以上権威を落としたくないというのが本音と言えるはずだ。


その後、黙ったままの上杉定正、大森実頼を他所に、俺と三浦時高、伊勢盛時の間で問答が長時間続いたが、結局の所は堀越公方である足利政知がこちらの条件で和議を結ぶべきと宣言し、決着が付いた。


足利政知からすれば、俺たちがすぐにでも鎌倉府を再興する為に動くと言うのだから、糞の役にも立たない扇谷上杉家を庇う理由など何も無い。

政知の鶴の一声で大森家の所領は上足柄郡の内、山北、東山北、松田とし、扇谷上杉家の所領は相模川西側の厚木、伊勢原、秦野となり、それ以外の相模、武蔵、伊豆、駿河駿東郡の北部の仕置きは豊嶋家と三浦家が行う事で決した。


伊勢盛時が大森家の所領だった駿東郡の北部は今川にと、図々しくも食い下がってきたが、今川は今回何もしていないので任せる理由が無いとの事で丁重にお断りした。

今川家の幼い当主である龍王丸の叔父でもあるから今川家が、と言う名目で自分の管理下に置いておきたかったのかもしれないけど要注意危険人物の言いなりになって駿東郡の北部を渡すとか、伊豆を差し上げますって言っているようなもんだし!!

うん、絶対に渡さん!!


後は、恐らく関東管領である上杉顕定が所領を追われた国人衆に所領を返せって文句言ってくるだろうけど、堀越公方と幕府から派遣された使者の公認で決まった事だから無視確定だ。

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