幸手原の合戦 3

「申し上げます!! 公方様、後方より向かってくる軍勢あり、その数3000〜4000!!」

「後方からだと? 岩松成兼の軍か? 周囲に他の兵はいなかったはずであろう!! 栗原城を落として更に手柄を挙げようと来たのか?」


突如後方から軍勢が現れたと聞き、訝しむも敵か味方かの確認もせず報告してきた事に腹を立てた足利成氏は、報告した者を怒鳴り飛ばすとどこの軍勢か確かめるように命じるが、直後に別の者が報告に飛び込んできた。


「後方より向かってくる敵軍は太田の旗を掲げておりまする、その数3000〜4000!!」

「馬鹿な事を言うな!! 岩松成兼に3000の兵を率いさせ栗原城を抑えさせておる。 仮に岩松成兼を打ち破ったとしても無傷で済むわけがない! あそこで動きの止まっている者共に急ぎ伝令を送り後方から来る太田軍を討てと伝えよ! 相手は手負い、さっさと蹴散らさせろ!」

伝令が馬を駆って成氏の命を伝え走ると、前が進まない為に動きが止まっていた兵たちが将に率いられバラバラと引き返し始める。


早いうちに動き出した複数の部隊、合計で約1500程が成氏の本陣後方に到着し攻めかかろうとした頃、本陣を目指して向かってきた太田軍が突如止まり、直後、轟音が鳴り響き、成氏軍の兵達をなぎ倒す。

何が起きたのか理解が出来ず、轟音に驚いた馬を落ち着かせようとしている所に再度轟音が鳴り響き、直後、また多くの兵が血潮をまき散らし倒れこむ。


轟音が2度轟いた直後、騎馬が密集し突撃を開始し、その後ろから徒武者、足軽が騎馬隊を追いかけるようにして走り出す。


「何事だ!!」

轟音が轟き、繋いでいた馬が暴れだしている状況に成氏が大声をあげる。


「申し上げます。 後方より向かってきた太田軍の兵が片膝をついて奇妙な事をした後、轟音と黒煙が上がり直後多くの兵がその場で血を流し息絶えてございます。 手傷を負った者も多数見受けられまする」

「な、なにを訳の分からぬことを!!」


成氏が報告に来た兵を怒鳴っている最中再度轟音が轟き、再度繋がれた馬が暴れだす。

「申し上げます。 轟音と黒煙が上がり多くの兵がその場で討ち死に! 兵達は浮足だっており、そこに太田軍の騎馬が押し寄せております。 後方のお味方は浮き足立ち逃げだすものも多く、間もなく本陣にも敵兵が!!」


成氏からしたら全く訳が分からない報告ばかりで、遂には自ら本陣を囲む陣幕をめくりあげると屍が転がる後方の様子を目にし、本陣に向け馬を駆る騎馬隊が、そしてその後ろから足軽が迫っているのが目に入る。

成氏に続き、陣幕をまくり上げ後方の様子を目にした側近が慌てて成氏の腕を引きながら退却を促す。


「ええい、離せ!! 本陣の兵で迎え撃て!!」

「公方様、もはやこの状態では分が悪うございます。 ここは一旦お引きになり再度立て直して仕切り直しを!!」


「黙れ!! あの程度の小勢に怯えて逃げ出したとなれば末代までの恥!! 余直々に迎え討ってくれる!!」

刀を抜き、気勢を発する成氏を側近たちが無理やり馬に乗せると、本陣に残っている兵を指揮し栗橋城、関宿城方面へ向けて走り出す。


逃げ遅れた本陣の兵は太田軍の騎馬隊に蹂躙され、後から来た徒武者・足軽に討ち取られていく。

「ちっ、成氏を逃したか…。 皆の者!!! もはや目の前の兵共は烏合の衆! 一気に蹴散らし手柄を挙げよ!!!」

成氏を取り逃がした事に舌打ちするも、道灌は振り上げた刀を眼前の敵兵に向け檄を飛ばし、突撃を命じると騎馬隊、徒武者、足軽が一斉に敵軍目掛けて襲い掛かる。


ドドドッーン!!

突撃した太田軍とは別に足軽300人を護衛に付けた鉄砲、大鉄砲隊が成氏軍の斜め後方から一斉射を加える。


後方が騒がしくなり、轟音が轟き、急に倒れた味方に驚き、成氏軍の兵たちが後ろを振り向くと、あったはずの本陣が無くなり、居たはずの味方が姿を消し、成氏とその兵と思われる一団がすでに退却をし、その姿が小さくなっていくのが目に入る。

そして目の前に視線を戻すと、刀や槍、長巻を手にした騎馬の一団、そしてそれを追うように迫るくる徒武者、足軽がすぐそこまで迫っていた。


「て、てきじゃ〜!!!」

「ほ、本陣が引いているぞ!!」

数人の兵が目にした光景を口にするとその言葉が伝播し始める。


それに加え騎馬隊を密集させて突入した道灌軍に後方から攻められ、混乱した所に徒武者・足軽が刀や槍、長巻などを振り回しながら突入することで、伝番し始めた内容に尾ひれがつき、ついには「公方様討ち死に!!」「本陣に居た者はみな討ち死にした!!」「後方から万の軍勢が攻めてきた」と徐々に事実と異なる内容となって戦場を駆け巡る。


道灌軍の突入と戦場に広まった成氏討ち死にの報に成氏軍は混乱し、足軽などが我先にと逃げ出し始め、それが徐々に前線へ伝わるにつれ最早最前線で戦っていた兵たちまでも腰が引け始め、ついには背を見せ逃げ出し始めようとするが、前が詰まって思うように逃げられず慌てふためいており、最早戦う事を忘れどうやってこの場から逃げ出すかが兵達の頭の中を占める。


情報が錯綜し混乱し兵たちが壊走を始めた状況では如何に名将と言えど止める手立てがない。

兵達を率いてきた国人衆達ももはやこれまでと馬首を返し退却を始めだす。


「敵が逃げ出したぞ!!! 追撃だ!! 足軽隊は長柄から槍に得物を持ち替えろ!! 騎馬隊は馬に乗り敵の背を追って討ち取れ!!」

成氏軍が完全に崩れたと見て取った瞬間、大声を張り上げ追撃戦の指示を出す。


同じく豊島軍の左右に陣取る太田軍、成田軍も追撃を開始し背を見せ逃げる兵を着実に討ち取っていく。


合戦で敗れた側の死傷者が最も出るのは退却ではなく兵が敗走しだした際である。

負けた、この場に留まれば無残に討ち取られ骸を晒す自身の姿が頭をよぎり、ただ逃げる為だけに走り続ける。

そして戦闘で負傷した者、体力を消費しすぎた者、逃げ遅れた者が真っ先に餌食となる。

ある者は武器を捨て、ある者は走りながら鎧や胴丸を脱ぎ捨て、少しでも身軽になって追撃する兵に追いつかれないよう一心不乱に走る。

負傷者や体力を消費した者の次は、運悪く足がもつれ転んだ者、足の遅い者、最早これまでとその場に留まり迎え撃とうとする者が追撃する兵達によって討ち取られていく。


「追え!! 追え!! 成氏軍を利根川に追い落とせ!!!」

豊島軍、太田軍、成田軍も朝から戦闘続きで疲労がたまっているものの、追撃戦となり兵自身が高揚し、士気も高くなり少しでも手柄を挙げようと気力を振り絞り追撃する。


俺が利根川に至る手前で追撃中止を命じなければ先頭の兵は本当に利根川まで追撃していたと思う。

だが追撃により味方の兵が細く長く伸びきっている状態の為、万が一利根川で先に退却した部隊が兵を整え待ち受けていた際は反対にこちらが大打撃を受ける可能性が高い。

その為一旦追撃を中止し、物見を出してその間に兵を整えたうえでこれから再度追撃をするか、引き上げるかを決める。


ここで暫く動けないぐらいの打撃を与えておきたい所だけどそうなると勢力のバランスが崩れるか?

関東管領と古河公方が争ってるから俺が、というか豊嶋家が所領を拡大出来たともいえるんだが、勢力のバランスが崩れると今後の展開が…。


いや足利成氏が生きていれば早々勢力バランスは崩れないか。

成氏の勢力範囲は確か下野・常陸・下総・上総・安房だったから関東管領上杉顕定の勢力範囲より広いし。

うん、物見の報告次第だけど討ち取れるだけ討ち取ろう!


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