幸手原の合戦 2

「敵は我らに比べ小勢ぞ!! なぜ一気に蹴散らせぬのだ!! 攻めて攻めて蹴散らせ!!!」

突撃する兵の後方で合戦を見守る足利成氏は見るからに前線が膠着状態になり後続も前進が止まったことに対し、顔を赤くして側近に怒鳴り散らす。

伝令が成氏の命を伝えに馬を走らすも、命を伝えても前線が敵を打ち破らなければ後続は進めない為、伝令が行ったり来たりしている状態だ。


「よし、投石機で滑液包炎を投げ込め!! 良いか、投石機1基につき用意してきた10個を投げ入れろ! だが異音がしたり壊れそうと思ったら即座に使用をやめ、滑液包炎を他の投石機の所に持っていけ!!」

投石機と滑液包炎、投石機は組み立てるだけにして戦場に付いてから組み上げた簡易投石機の為、作りが粗いので故障が予想される。

その為、兵達には異音や変な軋みを感じたら使用を止めるよう言い聞かせてある。

万が一味方の中に滑液包炎が飛び込む事態となれば味方が混乱し一気に戦況が不利になる可能性があるからだ。


因みに今回使用する滑液包炎、これは越後から取り寄せた臭水(原油)の中でも引火しやすい臭水を使用し、表面に横向きの溝がある丸い壺に細かく刻んだ藁を詰め込みその中に臭水を並々と入れた後、壺の口を藁束で塞いだ物だ。

投石機にセットした後、壺自体にも臭水をかけ、壺の口を塞いだ藁束に火を付け火が壺まで包み込んだら発射する。

ガソリンを使用した火炎瓶と違い一気に燃え広がりはしないものの地味に燃え広がる。


その滑液包炎が10基の投石機より放たれ敵軍の真ん中あたりに落ちて壺が割れ周囲に火をまき散らす。

派手に燃え上がらない為、一見地味ではあるが滑液包炎が飛び込んだあたりの兵たちは自身の体に付いた火を消したり、燃える地面から離れようとし混乱し始める。


混乱が起きた場所の兵たちは前に行くことも、下がる事も出来ず押し合いを始めるが、火の手が派手に上がらない為、前後に居る兵たちは何か騒いでいる程度の認識だ。


「投石機に指示を出せ! 2個ほど滑液包炎を左右に飛ばし兵が左右から逃れぬようにしろ!!」

指示をだして暫くすると投石機が3個目の滑液包炎を飛ばした後、左右に2回滑液包炎が飛び、その後は再度正面に向けて飛んでいく。


全弾無事に飛ばし終え、身動きがとりにくくなった成氏軍の中ほどが混乱するも前線では戦闘が続き、戦況が膠着状態になろうかと言う頃、離れた場所に落雷があったかのような音が響いて来た。

ドドッーン!!


ドドドッーン!!!

1回目の音が聞こえた30秒後程後に2度目の音が聞こえる。

鉄砲の一斉射、大鉄砲の一斉射の音だ。

ドドッーン!!


ドドドッーン!!!

その後1〜2分後、再度一斉射の音が2度続き、しばらく時間を置いたのち再度一斉射の音が2度続く。

恐らく、というか確実に栗原城の抑えとして配置されている3000人の兵に向かって放たれた鉄砲、大鉄砲の音だ。


■栗原城


太田道灌は栗原城の大手門横にある櫓の上でその光景を見ていた。

大手門前に集結し打って出てくるのを待ち構えている成氏軍の側面から現れた1000人程の兵が一気に近づき、折敷いたと思った直後、江古田原沼袋で聞いた雷鳴のような、いや凄まじい轟音が辺りに響き渡り黒煙が風になびくと、成氏軍の兵がバタバタと倒れていく。

「あれが江古田原沼袋でワシの軍を敗走せしめた武器か…、何という威力だ」


櫓の上で見ていた道灌は鉄砲の一斉射の轟音、そして目に見えないが一瞬で敵を葬り去る威力を目の辺りにしそう呟くが直後、再度戦場に轟音が響きわたり(轟音に)かき消された。


後方から50人程の兵が前に出て折敷(おりし)いたと思った直後、再度凄まじい轟音が鳴り響き黒煙がたちこめ、成氏軍の兵達が先程同様に倒れている。

さらに後ろに居る足軽が頭上で何かを回し成氏軍に向かって何かを投げており恐らく石だと思うが兵達が右往左往している。

いきなり左側面から現れ始めて聞くであろう轟音、そして血反吐を吐いて倒れる様を目にし兵達が混乱し一部は逃げ出そうとしている様が見て取れる。

「もはやワシが出る幕は無いとは思うが折角用意された舞台だ、なれば宗泰の策に乗り足利成氏を討ち取る武功を挙げて見せようぞ!」


道灌は自分自身に言い聞かせるようにそう言うと足早に櫓を降り、用意していた馬に乗ると集結した兵たちに向かって大声を張り上げる。

「皆の者!! この合戦、我らの勝利ぞ!! 先程の轟音は味方のもの、おそるるにたらん!!! 敵は今、城門前で大混乱となっている! これより我らは打って出て正面に居る敵を蹴散らし、味方と合流し足利成氏の首を取る!! 城門前に居る敵の首は討ち捨てにせよ!! 目指すは成氏の首、褒美は思うがままぞ!!!」


道灌の激に応じ兵たちが歓声を上げ、明け開かれた大手門から打って出る。

丁度そのタイミングを見計らったかのように、再度成氏軍の左側面より轟音が2度響き渡り、その一斉射により左側面より成氏軍が崩れ攻撃を受けた側から波状的に混乱が伝播しており最早城から打って出て来る道灌軍を迎え討つどころか完全に浮き足立っている。

そこへ道灌が率いる3000人の兵が突撃した事で左側面からの攻撃で混乱する成氏軍はさしたる抵抗も出来ず、道灌軍は蹂躙しながら突き抜けていく。

攻撃を受けていなかった右側面の兵が追いすがろうとするも先程まで左側面を攻撃し、道灌軍と合流しようとしていた豊島軍の鉄砲、大鉄砲の一斉射を受け、足が止まり追撃どころではなくなった。


「太田道灌殿とお見受けいたす、某、豊嶋宗泰様の家臣、風間元重と申します」

「おう、風間殿か! 江戸城では世話になった、馬から降りた瞬間其方に組み伏せられた時は討ち取られたと思ったものぞ、その風間殿が援軍とは心強い!」


「あの時は敵味方であったとはいえ失礼致しました」

「なんの、あれは落城したとも気付かず江戸城に逃げ込み油断したワシの失態よ、合戦時の事、気になさるな!」


「恐れ入ります。 それで宗泰様より受け賜わった命をお伝えしても…」

「聞こう!! ここまで見事な策を講じたのだ、なれば此度は従い成氏を討つのみ!」

道灌の言葉に元重は一瞬驚いたものの、俺から言われた通りの作戦を道灌に伝える。


「ふぁはははは!!! 豊嶋家で神童と呼ばれていただけあるわ! まさに神童、いや今はもう元服しているから童とは言えぬ、さしずめ軍神とでも言うべきか! ワシが試していた足軽と騎馬を分けて使う方法とはな。 納得がいった! 江古田原沼袋の時には既に実践しておったのだろう。 負ける訳だ!!」

豪快に笑った後、道灌は味方の兵を一旦まとめた後、騎馬武者、徒武者、足軽に分けそれぞれに指示を出す。


「皆の者よく聞け!! 以前ワシがなすすべもなく敗れた相手、豊嶋宗泰殿の策だ! これで成氏の首はもはや獲ったも同然、良いか!! 豊嶋殿の兵があの轟音のする物を成氏軍の後方で放つ、その後騎馬武者は一塊になり一気に突入せよ! その後徒武者、足軽と続いて突入するのだ!! 兜首以外は討ち捨てよ! 足軽雑兵の首など要らん! 兜首が獲り放題だからだ!! 皆励め!! 褒美は思うがままぞ!!!」

道灌の指示と激を聞き、兵たちが沸き立つ。


「風間殿、急ぎ成氏軍の後方に討ちかかろうぞ! 宗泰殿とはいえ倍以上の兵をいつまでも支えるのは難しかろう」


そう言うと道灌軍と豊島軍は足並みを揃え成氏軍の後方へ兵を進める。

城で道灌軍が打って出て来るのを待ち構えていた兵と簡単に蹴散らせたため兵達の士気は高い。

道灌もそれを肌で感じているから士気が高いうちに成氏軍に討ちかかりたいという思惑もある。


恐らく足利成氏を討ち取れるかもしれない、長きに渡る享徳の乱を終わらせたとして後世に名を残す事が出来るかもしれない。

頭にそのような事が浮かび、道灌が笑みを浮かべる。

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