交渉

上座に座っている関東管領上杉顕定様からの使者として来た長尾顕忠が若干挙動不審になりながら口を開こうとしては閉じ、また口を開こうとしては閉じを繰り返している。

完全に下手な事を言えば密かに関東管領が太田道灌と手を結び、所領拡大の為に豊嶋家を滅ぼそうとした事に関与していたと言われる恐れがあり、この状況にどう対応していいのか分からなくなっている感じだ。

まさか父である泰経から当主が俺に変わっている時点で簡単に交渉を進められると高を括っていたのに、蓋を開けたら豊嶋家の正当性を説明され、かといって否定する証拠も材料もない状態で道灌の肩を持つに持てないと言った感じだ。


「長尾顕忠殿、太田道真殿、先程よりの話ぶり、此度の一件、全ては扇谷上杉家の家宰であるで太田道灌及び上杉朝昌を始め、三浦高救、大森実頼が景春の謀反に乗じ所領拡大を狙ったという事で関東管領である上杉顕定様も扇谷上杉家の当主である上杉定正様もあずかり知らぬという事でしょうか?」

「わが主、扇谷上杉定正様はあずかり知らぬことである故に此度の一件に扇谷上杉家は関わりはござらん」


顕忠がどう答えていいか分からずおたおたしていると、扇谷上杉家からの使者として来た道真がキッパリと言い切ったので、それに釣られるように顕忠も「関東管領である顕定様もあずかり知らぬこと!」と言い切った。

隠居したとはいえ流石、元扇谷上杉家の家宰であり道灌の父である道真だ。

何処で何を言えば最も効果的かを理解している。

照と俺の為を思ってと言う事もあるだろうが、道灌を切り捨てて主家を守る為の判断の速さは見事と言うほかない。

尤も道灌が負けて捕らわれた時点で切り捨てるつもりだったのかもしれないけど…。


「では此度の事は、豊嶋家と太田家、三浦家、大森家、そして定正様の弟である上杉朝昌との問題と言う事になり関東管領様及び扇谷上杉家はその仲裁という事ですな」

「な、な…、さ、左様でござる」


「ではこれよりは、太田家と三浦家と此度の事についてそれぞれ話し合いをさせて頂きまする。 顕忠殿には関東管領様の名代として立会人となっていただきたいが如何でしょうか?」


両上杉家が道灌の行動に関与していないと言質は取られた以上、顕忠はただ頷くのみでこれ以上口出しが出来ない状況になった。

両家が関与していないと言った以上、事は当事者同士の問題となり口を出せば関与している事になりかねないから、最早成り行きを見守り、交渉の結果を主君である上杉顕定に伝える事のみしか出来なくなったのだ。

それも関東管領家よりの立会人となった事で、この交渉結果はどういう結果になろうと関東管領である上杉顕定が追認せざるを得なくなる。

顕定は完全に人選を間違えたな。

これが顕忠ではなく、父で家宰の長尾忠景だったらこうも上手くいかなかっただろうけど、完全に顕忠では力不足だ。


「では此度使者として来られた太田道真殿と三浦時高殿の代理として来た三崎信重殿と此度の件を如何に納めるか話を進めたいと思います。お2人より何かございますか?」

「ますは宗泰殿が示す条件をお聞きしたい、我ら太田家、三浦家が己の都合を好き勝手言っていては纏まるものも纏まるまい」


道真がそう言いながら信重に目配せをすると、信重は無言で頷き俺が条件を口にするのを待ってる。

「では豊嶋家が出す条件と致しましては、豊嶋家が接収した太田道灌とそれに加わった国人衆の所領は豊嶋家の物とし、道灌は切腹、川越に居る弟の資忠は岩槻にて隠居とし、太田家の家督を道真殿の末の子である資常殿に譲り道真殿が後見をし資忠の代わりに川越城に入る。三浦家は三浦高救の切腹、高救の子である義同殿は出家をし、家督を時高殿の子である太郎殿を元服させ当主とし時高殿を後見とする。この条件で如何でしょう?」


「道灌と高救は切腹か…、それでは豊嶋殿が太田家の所領を得るために道灌を生け捕り交渉の材料としたといわれるがそれでも良いと?」

「そのような他意があって捕えた訳ではありませぬが、此度多くの血が流れております。切腹が妥当かと思いますが?」


「では資忠が隠居するのは何故じゃ? あの者は合戦に加わっておらぬはず、咎めを受ける理由がない」

「確かに此度の合戦には加わておりませんが、以前より道灌と結託し豊嶋家に圧力を加えておりました、その者が当主となれば逆恨みをされ何をされるか分かりませぬゆえ、隠居して頂くのです」


「資忠が隠居はまだ良いが我が愚息の道灌の切腹は吞めぬ、道灌は扇谷上杉家の家宰であり武蔵国守護代でもある、討ち死にしたならまだしも、守護代に切腹を申し付けるのなら守護殿の許可が必要であろう」

「守護殿でございますか…、確かに武蔵国守護代ともなれば、国人の一存で切腹をさせるのは道理に反すると…、なれば道真殿のご存念をお伺いできますでしょうか?」


「道灌は出家の後隠居で良かろう、資忠は隠居させず岩槻城で隠居した道灌の監視をさせ、扇谷上杉家の家宰は我が末の子である資常に継がせる。 これで如何であろう?」

「それは所領の件に関して某の条件を呑まれるが、これだけの事をした道灌を助命し、資忠に岩槻城を任せると?」


「そう思ってもらって構わぬ、景春の謀反の影響が各地に飛び火しており収まるどころか日に日に酷くなっておる。そのような時に資忠まで隠居させる訳にはゆかぬ。資忠にはまだ働いて貰わねばこまるでな…」

「道灌の助命…、到底受け入れがたい事ですが道真殿も譲れぬという事でございますか…。なれば道灌は出家させ俗世を捨てるとの誓紙を、資忠は道灌を常に監視し俗世と隔絶させる誓紙をお出し頂く事で如何でしょう?」


「それで道灌の助命と資忠の隠居が免れるなら異存はござらん。この条件で太田家と豊嶋家の和議を結ぶことでよろしいか、宗泰殿」

「此度の合戦で豊嶋家は大きく傷つき太田家とはこれ以上事を構えたくないと言うのも事実、この条件で和議を結ばせて頂きまする」


俺の方が勝者側なんだけどここは道真の顔を立てるつもりで頭を下げ、和議の条件を受け入れる。

というか元々道灌の命に興味は無かったんだよね。

勝っている側が交渉の際はまず吹っ掛けてそこから擦り合わせていく方が第三者から見たら道真が妥協させたと見え俺の交渉能力の低さ、道真の名声が高まる。

これで扇谷上杉家内で隠居した道真の発言力が増すはずだ。


「それでは三浦家への条件について時高殿の代理として来られた信重の存念を伺いたい」

「恐れながら、高救様の切腹は受け入れられませぬ。それ以外は時高様に確認が必要ですが、概ね問題ないかと」


「それでは豊嶋に何の利も無いが、それについてはどのようにお考えか?まさか何も無しに助命しろと?」

「恐れながら、高救様は扇谷上杉家の当主上杉定正様のご兄弟、養子として三浦家にお迎えしているとは言え上杉様の血を引くお方ゆえ、三浦家のみならず扇谷上杉家と豊嶋家の関係を崩さぬためにも助命をお願いしたく存じます」


「宗泰殿、重信殿の言う通り、扇谷上杉家の人間として三浦高救殿及び上杉朝昌殿のお命を奪うとなれば扇谷上杉家との関係は悪化、いや合戦となる事は必定、なれば三浦家当主の高救殿は出家の上で隠居し定正様にお預けし、朝昌殿の沙汰は定正様にお任せするのがよかろう。替わりに三浦家よりそれなりの見返りを求める方が丸く収まるのではないか?」

「扇谷上杉家の一門故にでございますか…、しかしご当主である定正様が裁かなければ如何なります?豊嶋家に恨みを持ってまた兵を差し向けるのでは?」


「恐らくそれはあるまい、我が愚息道灌にそそのかされたとは言え関わったのは事実、それを裁かず、ましてや再度豊嶋家に兵を向けたとなれば此度の事は扇谷上杉家が仕組んだことと世に謗られるであろう」


道真が口を挟み高救と朝昌を切腹させれば扇谷上杉家と争う事になると暗に釘を刺してくる。

当然その辺は分かっていた事ではあるが、道真に言われ気付き俺が折れると言う風を装い納得したふりをし、結果的に今回の使者が帰る時に上杉朝昌を解放し道真が連れ帰り、三浦家との交渉は今後元重を通し時高と行う事で決着した。

因みに三浦高救も連れて帰ると道真が言っていたが三浦家との交渉が終わっていないとの事を理由に断った。

今帰らせたら家督を時高の実子である太郎に譲るか分からないから、当主不在の三浦家で時高が太郎を元服させ当主に据えてからの方が良いからだ。

解放された後、三浦家に戻っても居場所が無ければ大人しく定正の所に行くだろうし、時高と太郎が三浦家の実権を持った方が豊嶋家としても都合が良いからね。

実際、太郎を当主にしたい時高からしたら今回の事は渡りに船、これで恩を売る事が出来たのでいざという時は力になってくれるはずだ。


それにしても、既に出家し兄の千葉実胤が居る石浜城へ預けられた千葉自胤と、城を奪われ一族郎党と共に所領を追われた吉良成高は既に解放した後だから名前が出ないのは分かるけど、大森実頼に関しては全く名前が出なかった。

大森家はどうするつもりなんだ?まさかこっちから当主を捕えているから返して欲しくば交渉に来いと言う使者を俺が送らないといけないの?

かと言って俺から口にするのもどうかと思うし…。


完全に大森実頼の処遇について話の出ないまま太田家、三浦家との話が纏まりその後、使者を持て成す為に、場所を移し酒宴を開く。


関東管領の使者として来た顕忠は酒宴を開く事に警戒心を露わにしていたが、道真が素直に応じた為、渋々と応じた感じだ。

さてさて、渋々応じた酒宴で顕忠がどの程度驚くかが楽しみだな…。


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