酒宴

主殿の広間から酒宴の席へ場所を移ししばらくしたが関東管領の使者として来た長尾顕忠は上機嫌で料理を、そして酒を口に運び饒舌に話をしている。

主に父で関東管領家の家宰である長尾忠景に対しての愚痴なんだけど、それでも意外と有用な情報が得られる。

愚痴を言うぐらい忠景を嫌っていると言う訳ではないが、忠景が家宰となった直後から「嫡男として!」と常々言われてい鬱憤が溜まっていた感じだ。

これには道真も信重も苦笑いをしていたが、酒が進むにつれ俺が煽てていると「今回の一件は関東管領の使者として来た某が確かに立ち会った! 某が立ち会った以上、主人である関東管領上杉顕定様が認めたも同然、これで景春討伐に力を注げる!!!」とまで言い出した。


酒の力って怖え~~~!!

あんた家臣の嫡男で何の権限も無いのに、酒の力で気持ちが大きくなったのか、父親どころか主君を通り越して結果を認めちゃったよ!!

もっと飲ませた後でその旨を書状に記してもらおう。

この分なら飲ませて煽てていれば簡単に書いてくれそうだし、道真も発言を聞いてるから交渉の結果を伝えに行った際、この事を言うだろうから後で今回の交渉結果を覆すとなれば関東管領の名に傷が付く。

武蔵、相模の情勢を考えれば名に傷が付くという事は景春に味方する者が増える可能性があるから追認せざるえない。

家宰を継ぐべくして育てられてきた景春と違い、父親が家宰になりそれから家宰を継げるよう小言を言われている顕忠、ある意味今回の使者、完全に人選を誤っている。

恐らく道真が一緒に行くから大丈夫だと思っての人選だろうけど、その道真は可愛い孫娘の照が嫁いだ豊嶋家が交渉で不利にならないよう口を出していた節があるし。


酒宴の最中突如顕忠が豊嶋家が関東管領上杉顕定様に味方する為、いつ頃兵を挙げて景春討伐に向かうのかと聞かれた時は一瞬焦ったが、1500人の兵で5000人近い道灌軍と戦い多くの将兵が討ち死にしまた手傷を負っている為暫く兵は出せないと言ったら「それは尤もだ! それにしても1500人で5000人の兵を打ち破るとは天晴!! 今は傷を癒し兵を休ませるのが良かろう」とか言ってるし、ホント酒の力って怖え~~!!

このノリのまま顕忠に関東管領の代理として来た事、交渉の結果を認める事、兵の損害が酷く兵を出せない事を認める旨を書状に記してもらった。

顕忠チョロい!!

道真も信重も最早完全に呆れてるし…。


そして翌日、関東管領様への献上品として清酒を持たせ、それとは別に顕忠殿にと清酒を持たせた。

本来であれば金を渡すのが一番なんだが現在豊嶋家は財政難で金が無いので領内で作られた酒をと言い土産は酒にした。

金があると思われれば兵を出せぬなら金を出せとか言われかねないし、豊嶋家は現状酒ぐらいしか出せないと思わせていた方が何かと都合が良い。

そんな思惑があると疑いもせず上機嫌で顕忠は道真と共に上杉朝昌を連れて帰って行った。


そして江戸城に残った信重と再度三浦家について話を進める。

「それで時高殿はどの様な事を申されておりましたか?」

「殿よりは、此度の合戦において宗泰殿をお助けする事が出来ず申し訳なかったとの言伝を預かっております。 しかし宗泰殿が…、いえ豊嶋家が勝った事で三浦家としても出来得る限りの事はしたいと」


「左様ですか。 時高殿にはお立場上動こうにも動けない事情もおありであったと思われます。 お気になさらずとお伝えください。 それで高救の処遇でございますが、時高殿に異存はございませぬか?」

「殿はかねてより実子の太郎殿に家督を継がせたいと思っていらっしゃったようでございますので,

恐らく異存は無いかと、しかし高救殿が早くに戻って来られると家中の混乱は避けられぬと思います」


「確かに、高救を解放すれば出家し隠居するとの約定を破るのは必定、では高救の返還について、豊嶋家は三浦家に対し10000貫文と六浦湊の権利を要求するとお伝えくだされ」

「10000貫文と六浦湊の権利でございますか…、大きく出ましたな、流石に三浦家として六浦湊は譲れぬでしょうからこれは交渉が長引きますな…」


法外な要求を突き付けられた信重は怒るどころかニヤリと笑い楽しそうな笑みを浮かべている。

実際の所、既に三浦時高とは良好な関係を築いており、俺としては特に何か欲しいという事もないが両家の間に和議が結ばれれば高救を解放しなくてはならない為、ある意味茶番ともいえる交渉を行い、その間に時高の実子を元服させ家督相続をさせると言う筋書きだ。

実は品川湊にある道灌の屋敷に居た時既に時高に書状を送っていたんだよね。

三浦家として豊嶋家が今回の合戦で得た所領の領有を認める事と引き換えに高救を排除し太郎に家督相続させると…。

返事は間に合わなかったけど、時高の代理として信重が来たことで恐らく三浦家が乗って来たと判断したが、案の定その通りだった。


「それにしても扇谷上杉家の使者として来られた道真殿がまさかあのように宗泰殿の肩を持つとは、道真殿にも書状を送られていたので?」

「いや、送っていない。 恐らく可愛い孫とその夫である俺と道灌を天秤にかけたんだと思う。 太田家が今後どうするか、豊嶋家が太田家を凌ぐ、いや俺が道灌を凌ぐ人物かを此度の合戦で見定めた結果だと思う。 これで扇谷上杉家から太田家を切り離し、反対に豊嶋家との繋がりが深まれば良いんだけどな」


「道真殿は隠居している身とはいえ流石に主家を裏切るとは思えませんが…」

「確かに、此度の交渉では豊嶋家が有利になるよう動いてくれたが流石に道真殿から主家を裏切ることは考えられぬ、だが上杉定正は此度の結果を聞きどう思うか…。 場合によっては定正自から道真を遠ざける。そうなる事を願うばかりだ」


何度も交易の事で顔を合わせている信重だからこそ話せる内容と言った感じの会話をし、その後信重は船で三崎城に戻って行った。

この内容は時高の耳にも入るだろうが特に問題はない。

時高には以前より道真と懇意にしている事などを書いた書状を送っているし、道灌対策としてどうやったら太田家を切り崩せるかなど意見を聞いていたのだから。


それにしても酒宴って結構役に立つな…。

使者を持て成すと言う名目でうまい料理とうまい酒を用意し、来た使者を煽ててその気にさせる事が出来ればここまで面白い程有利に事が運ぶとは。

まあ相手が顕忠だったからと言えばそれまでだが、今後、相手を見て上手く使えば役に立つという事が分かっただけでもかなりの収穫だ。


顕忠から報告を聞いた関東管領上杉顕定と扇谷上杉定正の顔が見れるものなら見てみたいな。

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