江戸湊の権利

1475年の春、俺は大泉に作った館にて石神井に拠点を置く商人、川上屋彦左衛門と今後の商売について話合っていた。

館が完成した事は聞いていてはいたと言う彦左衛門が館を見た第一印象はどう見ても館と呼ぶには広く、深い堀を備えており、「城の間違えでは?」と言っていたが俺は館だと言い張った。

因みに攻める側が城に近づけば近づく程。城からの攻撃がしやすいよう堀に向かって緩やかな勾配を付け、普段は人が間違って近づかないようにする為、腰の高さほどの柵を張り巡らせている。

防御用の柵では無いので柵を完全に破壊した後で城に近づかないと逃げる際に柵が邪魔をして撤退に手間取ると言った仕組みだ。

しかも館は台地に築き、用水路から水を引いた水堀の為、地下を掘り進んでも水が湧き出す事もないのでしっかりと抜け道が2つ程用意され、その抜け道を使って脱出も奇襲も出来る。

まあ抜け道については風間元重と風魔衆が中心となって作ったので抜け道の存在自体を知っている人間は風魔衆以外は少数の人だけだったりするんだけど。 


「それにしてもこれ程広い館もすばらしいですが、何より石神井から大泉まで直線の道を整備されるとは、ますます商いがしやすくなって我ら商人にとっては嬉しい限りです」

「今までの道よりも石神井との往来をしやすくしないと大泉が栄えぬ。なんせ白子川は水の流れを変えないと水運が使えぬ以上、道は重要だからな。 それに道沿いに椿を3列にして植えているから実がなれば椿の油も売りだせるぞ」


「なんと、道の整備に加え椿油の事も考えておられたとは。 既に菜種油も多く卸して頂いておりますが、今後は椿油を卸して貰う量も期待できますな」

「そういう事だ、彦左衛門には儲けてもらい、江戸や品川、六浦は言うに及ばず堺にまで店を出し影響力をもった大店になって貰わんと行けないからな」


「ありがとうござます。 虎千代様と懇意にさせて頂いてから利益も多く、今では江戸、品川、六浦に店を出す事が出来ました。 江戸以外はまだまだ新参の商人扱いですが売り上げは順調ですので近いうちにご期待に沿えるかと」

「周囲に恨まれないようにだけは気を付けてくれ。 それで頼んでいたものは手に入ったか?」


雑談の後、本題に入ると彦左衛門は笑顔のまま頷き、手のひらに収まるぐらいの巾着袋を数個差し出して来た。

頼んでいた物、それは玉葱の種、白菜の種だ。

本当はキャベツやトマト、メロンやスイカなんかの種も欲しい所だけどまだ中国にすら伝わっていないんだよね…。


「それと、虎千代様、他にも頼まれておりました馬も50頭程仕入れてまいりましたが、その中に一頭面白い馬がおります」

「面白い馬? まさか角でも生えているのか?」


「いやいや、たしかにそれは面白うございますがあいにくと角はございません。まだ生まれて半年と経っていないにも関わらず体躯が大きく見事な青毛の馬でございます。 気性は荒いですがまだまだ成長途中ですので育てればどんな名馬になるか…」

「流石は彦左衛門、良いものを仕入れて来てくれるな。 言い値で買い取らして貰う。 そのような名馬なら俺の馬にしたいからな」


その後も夕方になるまで雑談をし、彦左衛門が帰った直後、入れ替わるようにして石神井城に居る父の泰経からすぐに戻ってくるようにとの伝令が来た。

凄い勢いで来たみたいだけど何があったのか…。

急ぎの呼び出しのようであった為、馬に乗り石神井城までの一本道を馬で駆け抜ける。

自転車でも30~40分ぐらいの距離ではあるが、直線の道を作った事で20分もかからないうちに石神井城に到着する。


城に入り父の元へ行くと、怒り心頭で顔を真っ赤にした父に書状を投げつけられた。

「読んでみろ!!」


そう言い、再度だまりこんだので俺が何かしでかしたのかと疑問に思いつつもとりあえず投げつけられた書状に目を通す。


書状の内容は俺が何かしでかしたというわけではなく、太田道灌から江戸湊の管理及び利権を太田家が管理する事になったので今後は口出し無用と言う内容だった。

それだけなら大々的に道灌を非難する事が出来るが、江戸湊の件については扇谷上杉家の当主である上杉定正から関東管領、山内顕定へ話を通し正式に顕定より江戸湊の管理お呼び利権を認められたと書かれていた。


「父上、これは流石に一方的過ぎでは? 恐らく意味は無いと思いますが関東管領である山内顕定様に異議を申し立ててみては如何でしょう。 豊嶋家として今回の事は事前に何も聞いておりません、抗議をし再考を促さねば豊嶋家が江戸湊の事は認めたとになります」

「意味は無いが抗議をし再考を促すか…、確かにこのまま黙っていては道灌の思うつぼだ、すぐ山内顕定様に書状を送ろう」


「後は一門衆と重臣達を集めて今後について話し合う必要があると思います。 叔父上など怒り狂って即座に兵を挙げそうですので今は我慢をさせるべきかと…」

「泰明だけではない! ワシも陣触れを出し今すぐにでも江戸に攻め込みたいぐらいじゃ!! だがそれも道灌の思うつぼと言うのであろう」


全く怒りが収まる様子の無い父に、恐らく関東管領家の家宰に長尾景春がなれなかった件、扇谷上杉家の当主が政真の嫡男ではなく定正になった件、それらが長尾忠景や太田道灌の策略で景春に味方する国人衆などの力を削ぎ自分達の利益としようとしているのではないかと話す。

当然証拠は何もないが豊嶋家になんの事前通告もなく一方的に物事を決めるなど明らかに異常としか言いようがない。


俺はとりあえず照の祖父である太田道真に書状を送ろう。

道真と道灌が結託してれば全く意味は成さないが、もし道真が全く今回の事を知らなかったら味方になってくれるかもしれない。

照にも遊びに来て欲しいと書状を書かせよう。


それと三浦時高、太郎親子にも書状を送ろう。

高時は扇谷上杉家に近い人間ではあるけど今回の件は明らかに非道であるのは明白だ、何かあった際の助けになるかもしれないし。



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