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 何処に行ったのだろう、と一等車両の中をうろうろとする。


「何だい、誰かに用事かい?」


と、この奪還道中ですっかり馴染みとなったオリガが個室の扉を開けて聞いてきた。


「アイリーンにお菓子を一緒に食べたいと思って……」

「アイリーンさんだったら、特等の方に向かってったよ」


 ひょい、と親指で彼女は車両間の扉を示した。


「ありがとう」

「いやいいけど。何か用かねえ」


 どうかしら、と私はオリガに答えてそのまま連絡を渡った。

 がたん、と戸を開けると、そこにはずらりと檻が並んでいた。

 三十人がところを個別に詰め込んだ檻を、特等とは言え、一つの車両に並べるのだ。

 一つあたりは決して大きくはない。

 立ち上がれるだけまし、というところだろう。

 いや、檻というよりは、箱に窓がついただけのものだ。

 窓には格子がつき、大人の男が首から上だけしか見えない程度の。

 その一つの前に、アイリーンは居た。

 身長が少し足りないのか、ワイン箱の上に乗って、じっと黙って、中をのぞき込んでいる。


「アイリーン……」

「ああ、メイリン」


 こっちにいらっしゃい、とばかりに彼女は手を振る。

 私は糸で引かれる様にふらふらと彼女のもとに近づいていく。

 その間も、急な人の気配に、私達があの場で対峙し、戦い、そして拘束した男達は、ぼそぼそと何やらつぶやいている。


「……やべえ、あん時の女だ」

「くそ、ちっこいのに、あんな……」

「女ってのはいいよな、スカート翻しゃ男の目は奪えるからな」


 馬鹿か、と私はそんなつぶやきを耳にしながら思った。

 スカートの下、ペチコートを翻せばそれに視線がつられるからそうする。

 それだけのことだ。

 そうでもしないと、腕力の強い男の隙をつくことはできないからそうするだけだ。

 それはかつて居た場所においては、頭を覆う布だった。

 かの地では「美しい場所を夫以外の男に見せてはいけない」のだ。

 私は異教徒だったから平気だが、その行動を取られた側は、一瞬隙ができる。

 そこを点くことの応用がペチコートだっただけのことだ。

 悔しければその程度でぶれない神経を保つ様にすればいい。

 そんな思いが、ついアイリーンの元に行く足を速めた。


「アイリーン……」

「私を探してくれたの?」

「ええ、向こうで買ったお菓子が美味しかったので……」


 包みを出すと、彼女は一つ口に入れ、ぽり、と噛む。


「甘すぎないけど何か癖になるわね」

「でしょう? ところでどうしてここに」

「そうね。紹介するわ。私の兄よ」


 思わず手から包みを落としそうになった。死守したが。

 そしてがんがん、とアイリーンは檻の戸を叩いた。


「起きているのでしょう兄さん! 寝ている振りなどおよしなさい!」


 天井の照明は半分しか中に届かない。格子からのぞく男の姿は、寝転んでいる様に見える。


「まあ寝ているならいいわ。でもまあ、それならこの列車が本国に到着するまで、私は毎日でも貴方に言い続けるわ。一体貴方は私が稼いだお金で行っていた上級の学校で何を学んできたの? こんな鉄の箱に押し込められ、そのうち到着すれば、警察に逮捕され収監され裁判を受け、そして刑に服すだけの人生のため? そのために私はわざわざ自分の行きたい学校も我慢して他人様の家で家庭教師をしてきたの? それだけじゃないわ、いつも貴方はそうだった。近所のひとの見ている前では私がおつりをごまかしたごめんなさい、と言いつつ、実際は自分が小銭をだまし取っていたのに、正直ぶることで、その何分かの一をもらっていたでしょ? しかもそれをあのひと達には言わなかったわね。新しい本が必要だから、ってあのひと達に金をせびった時、あのひと達は私の靴を見て『まだ履けるな』と言っていたわ。いい加減、かかとの方が破れていたのにね」


 よく通る声で、一気に早口でまくし立てる彼女に、私はぞっとするものを覚えた。

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