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「そんな、トップがひたすら外遊なんて、大丈夫なんですか?」

「だから、彼等を連れて行くわ」


 アイリーンは現在同じ車両に居る彼等のことを示唆する。


「No.2が居ない均衡状態で、会社の方は切磋琢磨すればいい。私はただもう、お義母様とのんびり世界中の様々なものを見ていきたいの」


 そしてその都度、有能な人材が居れば会社に送り込むのもいい、世界情勢をその目で肌で確かめるもいい、と。


「国に居ると、いつまでも私もお義母様も、辛いことばかり思い出してしまうの。だから、できればお義母様は良いところに静養させたい、と思っていたんだけど、そのためにはまず悪い虫を退治しておかなくてはならなかったし。だからまあ、一石二鳥というところかしら……」


 一石二鳥? それどころではないだろう、と私達は彼女の笑みにややぞっとするものを覚えた。



 列車はその晩帰路についた。

 私達は一等と二等の間にあるキッチンで食事をボックスに分けてもらい、久しぶりの夫婦水入らずの時間を過ごすことができた。

 それでもまだ全てが解決している訳ではないので、食堂車に行くこと、酒が入ることは控え、個室でお茶と軽食となった。

 とは言え、軽食にしては、サンドイッチに何故こんなぶ厚いカツレツが挟まれているのか謎だった。

 更に千切りのキャツまで挟まっているとは。


「でも美味いよな」

「あつあつのポーク? のカットレットにしては、衣が薄いし、肉は厚いし、そもそも肉に豚を使ってるのが珍しいし、何か油も違う気がするけど、これとウースターソースの組み合わせが凄くいいわ」


 うーん、と夫は首を傾げる。


「何かこれと似たものを赴任先で食べたことがあるんだけど」

「そうなの?」

「まあどういう料理かは今一つ違うんだけど、向こうはたっぷりの油を使うんだ。何ごとにもな。だからその製法を取り入れた…… こともあるのかな?」

「よく判りませんが、美味しいですね」

「ああ全くだ。きっとここの食堂車の料理人は腕がいいに違いない。もし何かしらデザートがあるなら、それも届けてもらおうか」

「あ、私道中で買ったものがあります」


 幌馬車移動の際に、それでもほんの少しの隙と休憩はある。

 例えば厠。

 さすがにそればかりは一斉に時間を取っているしかなかった。

 その際、私はその場所近くにあった露天で揚げ菓子があったので、それを購入しておいたのだ。


「固めで結構保ちそうだと思いましたから」

「材料は小麦粉かな」

「食べた感じではそうですね。ケーキの材料よりはもっと噛み応えがありましたが」


 ねじった形のそれを二人してお茶とともにぽりぽりとかじる。

 やがてどちらともなくぷっ、と笑いがこぼれた。


「何か、お前が国にやってきたばかりの頃を思い出すな」

「そうですか?」

「屋台や小店で買える様な菓子が好きで、よくぽりぽりやっていたじゃないか」

「ああ…… 何となくこの歯応えが好きで。だからそうですね、貴方に連れて行っていただいたお茶会では、貴女は本当にクッキーばかり、と言われましたわ。でも本当は、もっと固めのものが好きなんですけど」

「……海を越えた国では塩味のセンベイというものがあるらしいな」

「塩味ですか? それも菓子なのですか?」

「これは向こうに行ったことがある同僚の話だから、俺も直接見た訳ではないが。甘いのに辛い。辛いのに甘い、何かやみつきになる味だ、と言っていた」

「それは面白そうですね」

「おい、そう言って昔の様に色々訳の判らないものは作らないでくれよ、あくまで食える範囲で」

「食べ物は粗末には致しませんわ。貴方が無理そうなものなら自分で……」


 ああそうか。 

 アイリーンが世界を回ってくる、と言った理由が何となく判る気がする。

 私は自分の意思でなしに、あちこち回ったくちだが、ずっと一つの国に居た彼女は、そういう様々なものを自分で体験してみたいのかもしれない、と。


「アイリーンにも少しお分けしようと思うの」


 そう言って私は隣の個室に向かったが――彼女はいなかった。

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