夫を亡くした男爵夫人、実家のたかり根性の貧乏伯爵家に復讐する
江戸川ばた散歩
大陸横断列車の二等個室にて
大陸横断列車の二等個室はその頃常に予約で埋まっていた。
だから私がどうしても、と駅の窓口に言った時、横の受付で手続きをしていたそのひとはこう言ってくれた。
「私は一人ですから、相席でもよろしゅうございますのよ」
穏やかな声の、黒い服にヴェールのついた帽子を着けた女性だった。
「遠くまでお急ぎなのでしょう?」
「は、はい」
私は彼女の好意を素直に受け取ることにした。
東へと向かう横断列車は、国をまたいで何日もかけて遠くへ遠くへと行く。
私は東の果ての国に駐在している夫が急病だということで急いでいた。
既に停車している車両へと私達は足を進める。
騒がしい人混み。
声を張り上げて問いかける。
「本当に、よろしかったのですか? 奥様」
「そう呼んでいただけると嬉しいわ、でも今は違うのよ」
彼女も声を張り上げる。皆それぞれの忙しさに、それには気を止めない。
「それに貴女も奥様でしょう? 旦那様のために急ぐのなら」
「あ、はい! 私はメイリン・エドワーズと言います」
「あら、私と少し似た名なのね。私はアイリーン・ブルックス」
「え、もしかして、ブルックス男爵の……」
「あら、ご存じ?」
ヴェールの下の口元が軽く上がった。
ご存じも何も無い。最近新聞にでかでかと出ていた、莫大な資産の女相続人だ。
「そんな方が、わざわざ二等で……」
「身軽でいいでしょう?」
そういう問題だろうか。
「それに」
彼女は付け足した。
「戻らない旅には、お似合いだと思うわ」
*
二等個室は、昼間は向かい合わせの椅子になっている。間に折り畳み式のテーブルもある。
回ってくるボーイが熱湯の入ったポットを届けてくれる。部屋の中には備え付けのお茶道具一式がある。
「良い茶葉とお菓子を持っているのよ」
荷物整理したら食事時間前に一緒に、と彼女は言った。
急ぎの私は、本当に自分で運べる程度の荷物しか持っていない。一週間くらいの旅としては少ないくらいだ。途中、車内販売で買い足す必要があるかもしれない。
だがブルックス夫人もさして多くなさげだった。大きな鞄ではあったが、一人で持てないくらいではない。
おかげで、お互いあっという間に整理が済んだ。
「やれやれ、だわ」
そう言う彼女は、ヴェールも取り、列車が動き出したのを見て晴れやかな表情になっていた。
「お茶を淹れましょうね」
「あ、あの、本当にお構いなく……」
「私がそうしたいの。それに、せっかくだから、ちょっと私の長い話を聞いてもらいたいのよ」
「長い話」
「新聞でも読んだのでしょう? 私の家のことは。何故私がここに居るのかも、ちょっと興味があるのではなくって? エドワーズ大使の奥方としては」
「……」
こうして、私は彼女の話を聞くこととなった。
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