龍に拝せよ 第一部 孤侠剣残影
嬉野秋彦
跋
天に天あり、地にも天あり――。
どこまでも続く蒼穹の下に、男がひとり、青さの中に身を沈めている。見えるのは腰から上だけで、ちょうど帯のあたりから下、腰も足も青に溶けていた。
それは、満々と水をたたえた巨大な湖だった。
鏡のように輝くその湖面が、空の青さをそのまま跳ね返し、地にも青い空を形作っているのである。
その湖に腰まで浸かり、男は、捧げ持っていた細長い箱を静かに水の中へ沈めた。美しい波紋が幾重にも広がっていく。
その波紋を追いかけるように、男はゆっくりと歩き出した。
湖はあまりに広大で、岸までどれほどあるかも判らない。ひたすらに遠浅な湖を歩いていた男は、ふと足を止めて背後を振り返ったが、あの木箱をどこに沈めたのか、もはやその場所を訪ねるすべはなかった。
天と地の青の間を、砂色の地平線が区切っている。湖を一歩離れれば、そこには乾ききった世界がどこまでも広がっていた。
男は湖から上がると、乾いた大地にひざまずき、ふかぶかと叩頭を繰り返してから、いずこともなく立ち去った。
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