後ろ向きの邂逅

tonop

(一)

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「たしかに彼女のこの行動は、外部との接触を持とうという意思の表れだと思われます。これは大きな前進です」

 真摯な目でいった先生は、ティーカップに口をつけた。

「では、このまま……」

「いえ、こちらからなにかアクションを起こさなくては先には進まないと思います。ただ、なじませるのは徐々にです。いきなりですと、逆効果を生む可能性も……」

「それは……」

「開きかけたとびらに、一層頑丈な鍵をかけられてしまう危険も……ということです」

 気持ちを落ち着けるようにゆっくり息を吐きだし、私は頷いた。

「ご主人さまと奥さまには……」

「おつらいでしょうが、状況がはっきり好転を見せるまでは……。喜びのあまり、復帰させるためには芳しくない対応をとられてしまうことも考えられますから。

 やはり、冷静さを持ち合わせることのできる者があたるべきかと……」

「わかりました」

 私の答えは、意図せず硬い声で出た。

 底が見えていた彼のカップに紅茶をそそぐと、午後の陽射しを見せる窓外へおもてを向けた。

 今年こそはお嬢さまとともに、満開をめでることができるのか……。

 混然となった期待と不安が、庭を囲んでいる芽吹き始めた桜に合わせていた視線を、しばし固定した。

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