催眠アプリを手に入れた男はダブルピースの写真を撮る

黒豆ベアー

第1話『催眠アプリを手に入れた男はダブルピースの写真を撮る』

「お前に催眠アプリをやろう」

老人がそう言った。

「催眠アプリ?」

その老人は車椅子に乗り、後ろには背の高い美人が車椅子を押している。

「催眠アプリだ。ほれ、QRコードを読み取らんか」

老人はスマホの画面をこちらに向けて叫ぶ。

「なんだよ、催眠アプリって。理解できないですよ」

ボケ老人の寝言だろうと思ってそう言う。そもそも今からコンビニにアイスを買いに行くところなのだ。邪魔されたくない。

「ふん」

老人は何故か笑う。

「キスしろ」

老人がそう命じると、後ろの美人が老人の前に屈んで接吻をした。

「どうだ、信じる気になったか?」

呆気に取られる俺に向かって、老人は自慢げに笑った。


 結局、俺は老人からアプリを貰った。そのアプリとは、写真で撮った人間に催眠術を掛けることができると言うものだ。催眠術の効果は被撮影者が撮影者に強い好意を抱くというもので、女を撮影すればその女を自分の物にできる。ただし、撮影できるのは一回きりらしい。つまり、無駄打ちはできない。最高の女の盗撮写真を一枚撮る必要があるのだった。

 俺は朝早くに電車に乗る。ドラッグストアのバイトに行くためだが、朝の女がいつもの何倍も艶麗に見える。端的に言うとエロい。短いスカートスーツの女、ピチッとしたパンツスーツの女、制服を着た胸のデカいJK。今の俺はこの列車内の誰でも好きな奴を、モノにすることができる。そう考えただけで、興奮で心臓の鼓動が倍に高鳴る。

考えてみれば、モテない人生だった。幼い頃から不細工で、身長が低く、運動が出来なくて、肥満体型で、おじさん臭くて。関心を持たれず、眼中になく、俺に好意を持ってくれる女はもちろん、話しかけてくれる女もいなかった。寂しく、惨めな人生だった。しかし、今は違う。俺は好きな女とヤレるのだ。しくじらない、直ぐにはアプリは使わない。何故なら一回きりだから。人生最大の幸運にして、最高の切り札は絶好の機会に使うのだ。


 バイトを終えた昼休み。俺は珍しく休憩室のテレビを眺める。そこには芸能人が映っていた。芸能人、催眠アプリを使うには申し分ない相手だ。今、昼の情報番組に出ている女優なんて出るとこが出てて最高だろう。周囲の羨望の眼差し、優越感による絶頂は如何程か。しかし、使えない。催眠アプリは生の人間相手にしか機能しないのだ。つまり、画面をとっても効果はない。もし、芸能人に使うならば生で会う必要がある。もちろん、アイドルのライブ等に参加すれば可能だろう。しかし、そこまでの意欲は湧かない。どこか、芸能人相手には冷めた自分もある。やはり使うならそれなりに近い人間がいいのかもしれない。


 俺は今、高校時代のアルバムを引っ張り出していた。もちろん、先述の通り、アルバムの誰かを撮影しても効果はない。アルバムは品定めのためだ。この催眠アプリを使えば、高校時代に俺を眼中にも入れなかった女を手に入れられる。これは、目眩のするような興奮だ。名前は正確に思い出せないが、制服やワイシャツ越しの体のラインははっきりとイメージできる。そういえば、俺を見下してる風だった男の元カノともヤレるのか。そう考えると、興奮のボルテージはさらに高まる。ヤレる、俺はヤレるのだ。

 

 風呂に入って、部屋に戻る。アレから色々妄想した。しかし、冷静に考えるとこの催眠アプリは一回きり。つまり、使った女との結婚がほぼ確定するという意味でもあるのではないか。つまり、この催眠アプリは結婚確定チケットなのだ。そう考えれば、肉体の官能度のみで判断するべきではない。性格は、俺を好きになる時点で問題はないが、収入や生活スキル等は考慮する必要がある。俺は、25歳バイトであるため、できれば相手は自分をヒモに出来るぐらいの余裕がある女がいい。そうなると、容姿、収入、将来性等を総合的に考慮した上で催眠アプリを使うべきだろう。


 一晩、考えていた。そして、今電車に揺られている。結局のところ、認識が甘かった。催眠アプリを使う相手は女ではない。奴隷、性奴隷なのだ。催眠アプリを使い、その人間の思考を犯す時点でその女はもう俺の奴隷、所有物だ。結婚などという、甘い関係ではない。それならば、普通の倫理観は唾棄すべきだ。つまり、グッと若い方がいい。高校生未満、中学生や小学生を狙うべきなのだ。そうすれば、これからの数年間、少しずつ成長していく肉体を楽しむことができる。そんな経験、大企業の社長だって易々とはなし得ない筈だ。優越感で涎が垂れそうになる。ふと、窓の外を眺めると小学校のグラウンドが目に映る。そう、あそこから美人な女子小学生を一人選んで好きに出来るのだ。


 仕事帰りに小学校近くの公園に寄り、ベンチに座る。そこでは、一、二年ぐらいの小学生の男女が無邪気に遊んでいた。そこで、俺は品定めのしながら冷静になっていく自分を感じた。それは小学生がそのまま美人に成長する保証はないということだ。もちろん、俺のことが大好きになるので、肥満にならないよう指導することは出来るだろう。しかし、成長による骨格の変化はどうしようも無い。最悪、整形もさせられるが、整形させるなら催眠アプリを使う相手は誰でも良くなってしまう。成長期の子供に催眠アプリを使うのは悪手じゃないかという思考が巡る。そこへ、急に声を掛けられた。

「おじさん。何してんの?」

顔を上げると、そこには一人の少女がいた。年は小学一年生ぐらいだろうか。歳のわりに、聡いように見える。

「ていうか、おじさんデブだね」

このクソガキに催眠アプリを使ってやろうかと、思わずスマホを取り出すが、一息ついて冷静さを取り戻した。たしかに、この少女は美人になるような雰囲気を感じる。しかし、良く見れば瞳が大きいだけで、意外と成長したら大したことないタイプにも感じたからだ。

「お兄さんはね、今色々考えているんだ」

「へー」

彼女は興味なさげに言う。

「おじさん、つまんないでしょ。ボクもそうだから」

「なんだよ、それ」

「アイツらと、遊んでやってるんだけどね」

彼女はちらりと公園の向こうでボールを蹴飛ばしてる小学生の集団に目をやった。

「つまらないんだ。話すこと幼稚だし、お父さんも言ってたよ。ダメなやつと一緒だと自分もダメになるって」

だからボクはもうダメな奴なんだと彼女は呟く。

「オマ、君は自分がダメな奴だと思うのか?」

「ダメな奴だよ。凄い友達は英語とかソロバンとか習って凄いからね。ボクはダメだから直ぐにサボって、アイツらの遊びに付き合っちゃうんだ」

「でも、ダメにはなりたくないのか」

「うん。アイツらと一緒は嫌だ。だから、何か変わらないかと大人のおじさんに話しかけたんだ」

おじさんもアイツらと同レベルみたいだけどね。と彼女はつまらなそうに独りごちた。

「おーい、コウタ。行くぞ!」

向こうで一際、大きな少年が叫ぶ。彼は小学五年生ぐらいに見えた。

「今行くよー」

目の前のコウタはそう返事すると、俺を一瞥して駆け出した。

「ていうか、男だったのかよ……」

危うく、アプリを使うところだったと安堵のため息をついた。


 公園からの帰り道。俺は催眠アプリをまだ誰に使うか決めあぐねていた。

「ていうか、決まるかよ」

こんな、一回きりの大チャンスを易々と使えるわけがない。そういえば、アプリをくれた老人はいつアプリを手に入れたのだろう。連れているおんなはどう見ても二十代以下、対して老人は八十を超えているのではなかろうか。老人があの女が赤ん坊の時から狙っていたとしても、六十歳ぐらいにアプリを使ったことになる。あの老人がいつアプリを手に入れたかは知らないが、もしかすると俺と同じぐらいに手に入れた可能性だってあるのだ。そして、ずっと使えないでいたとすると……。俺は果たして、決断出来るのだろうか。俺はこのアプリを使って何を実現したいのだろうか。


 帰って、部屋に篭り鍵をかける。俺は催眠アプリを使う女をここ数日ずっと探してきた。しかし、使いたい女の名前すら浮かんでは来なかった。

「クソ。後悔するだろな……」

俺はアプリを起動する。そして、机の上に置いた。そして、就活用に買ったスーツを身につける。この服が俺の持っている服の中で一番高価な衣装だった。

 俺はアプリを起動したスマホを、スマホスタンドに差し込む。撮影はセルフタイマー、10秒で始める。俺が女を欲しい理由は、いい女を所有することで自分の価値を高いと思いたかったから、ダメな自分を慰めるものが欲しかったから。いい歳してバイトで、実家暮らしで、童貞で、不細工で、デブで、どうしようもなく嫌な自分を。だから、取るべき撮影対象はただ一つ。

 俺はカメラの前で恰好つけた笑みでダブルピースを決めてやった。

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