銀杏並木に恋は成る

広瀬弘樹

銀杏並木に恋は成る

 僕はありすに恋している。

 僕とありすは幼馴染で、二人とも銀杏並木の通りに住んでいる。

 何度となくこの銀杏並木を通り抜けて学校に通っているわけだけど、最近この周辺に不審者が出るらしく集団登校が呼びかけられている。

 なのでここぞとばかりにありすと登下校する約束をしたのだ。――元々二人して部活にも委員会にも入っていないので行きも帰りも同じ時間帯だったのだけれども。

 それでもいざ一緒に登下校するとなるとお互いの生活習慣の違いみたいなものが見えてくる。

 実はありすは宵っ張りの朝寝坊だったとか。

 普段は(過剰なまでに)女の子らしくきちんとしているありすの様子からすると意外だったけど、あのありすのお母さんの趣味から解放される時間は大事なんだろうな、とも思う。

 幼稚園の頃のありすは本物のお姫様のようなドレスばかり着せられていた。公園に行ってもドレスのせいでかけっこも出来ないありすに僕は姉のおさがりのおはじきやヨーヨーなんかを持って行ったものだ。

 そしてありすは僕よりヨーヨーが上手くなった。得意技はロケットだ。

 今は制服もあるし、ありすは自分のお小遣いで服を買うようにしているのでそこまでお姫様な装いはしていないけど、カチューシャや髪飾りに大きなリボンやレースがついていることはよくある。お母さんの趣味で押し付けられたのをご機嫌取りでつけているらしい。

 新しいスマホ代の為だって言いながら苦い顔で件のカチューシャや髪飾りをクラスの女子たちに貸し出していた。

 ありすは躾が行き届いていると同時にわりあい活発な女の子なのである。好きな服装はTシャツとデニム。好きなことはスポーツ観戦。

 うん。何がとは言わないが水と油。

 同じクラスの女子からはあんな親だったらグレると言われているあたり辛抱強くもある。

 まあ、幼い日の僕はお姫様がおてんば娘だったギャップに心臓を射抜かれていたのでありすはそういう星の元に生まれてきたのだと思って欲しい。

 欲を言えばもう一回くらいあのロリータ服を着て――ついでに日本刀かなにか持ってくれたら僕の中の中学二年生が狂喜乱舞する。いやもう僕は高校生で受験勉強もそろそろ始めなければいけない時期なのだけれども。

 などと妄想していたらもうこんな時間だ。

 いくらありすが朝寝坊でもいい加減起きている頃だろう。遅刻せず、ありすの準備ができた頃合いを見計らって家を出る。

 家から一歩外に出ると銀杏並木が黄色く染まっている。

 昨夜の風で落ちた葉っぱに霜が降りていつもの道なのにちょっと得した気分だ。

 くしゅん、と一つくしゃみをしてありすの家に向かう。靴に匂いが付かないように銀杏の実に気を付けて進もう。

 ものの五分でありすの家だ。

 ありすの家は他の家より立派で大きい。庭を含めて他の家の二軒分はあるゆったりとした造りだ。

 小さい頃からお城のようだと感じていたが、実際遊びに行くと庶民が震え上がるような高い紅茶が出てくるので手土産選びは気が抜けないし、防音室のグランドピアノには触ってはいけないとは僕の母の弁である。

 ありすやありすのお父さんは普通の人だけどありすのお母さんは昔凄いピアニストで今でもプロを目指す生徒さんが絶えないらしい。あの趣味も含めてちょっとした有名人だ。

 インターフォンを押して数秒。ありすのお父さんに今日も来たのかと嫌味っぽく言われながらもありすを待つ。

 玄関から出てきたありすがボブカットの黒髪を靡かせるのに見惚れているとふわりと赤いものが視界を覆い、首元が暖かくなった。

 何事かと目を白黒させているとありすが焦れたように口を開いた。

「寒いのにコートも着ないから、それ、あげる」

 どうやらこれはマフラーらしい。若干いびつな編み目を見るにありすの手作りだろう。

「ありがとう、ありす」

 出来るだけ下心を隠して礼を言う。

「あんたギャップ萌えっていうのが好きなんでしょ?」

 え、いきなり隠していた性癖を好きな子に暴露された……。さっきの幸運が吹き飛ぶくらいにショックだ。

「あたしがマフラーなんて作るの柄じゃないんだけど、そこがいいんだよね?」

「待ってくれ、ありす。今僕は致命傷を負っている」

 二重の意味で致命傷だ。

 好きな子に性癖を知られていて、なおかつそれを実行に移された。ハーレム物には興味はないがなんかそういう系統の何かが起こっている。

「これは確認なんだけど、夜更かしの原因ってまさか……?」

「それ作ってたんだけど?」

 ぐ、グワーッ!!まさかの展開!!これはありすのお父さんに目の敵にされて当然!!

 窓からの視線が痛い!!!般若を背負ったありすのお父さんがそこにいる!あっ、ありすのお母さんにシバかれた!

 ……はい、勿論ですお義母様。

「嬉しい。すごく嬉しいよ、ありす」

「ん、あのさ、できればでいいんだけど……」

 ありすはそのまま口ごもってしまう。耳まで朱に染まった表情はとても可愛らしいのだけどここは僕が甲斐性を見せるときだろう、と覚悟を決める。

「……あのさ、大学、同じところに行かない?」

「いいの?」

「うん。ありすがどこに行こうと付いていくよ」

 霜が朝日に溶けていく。赤いマフラーに黄色い銀杏の葉が落ちる。

 本日快晴。放射冷却で寒いけれど、僕たちの心は温かだった。




「でもなんで赤にしたの?僕が好きな色でもありすが好きな色でもないよね?」

「それを作ろうと思った日にカープが勝ったから」

 やっぱりありすはありすだと僕は笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

銀杏並木に恋は成る 広瀬弘樹 @hiro6636

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ