第3話 朧月夜

 朧月夜との約束の時間がやってきた


 俺は、スタバの席で待っていた。大体、朧月夜は、三分前に来る。俺は、五分前に来る。


 以前の仕事仲間だったイギリス人の殺し屋は、約束の時間の前後30秒で来た。特殊部隊並の精度だ。あいつ元気かな?そもそも生きてるかな?


「よお!」


 そう、明るい挨拶をしながら、朧月夜が席に座った。


「おお、爺。老けたな」


 俺がそういうと


「お前も雰囲気が老けたな。まだ十八なのに八十歳みたいだ」


 朧月夜もそういった。変装かもしれないが、朧月夜は老人だ。俺はまだ十八だ。少年兵とは言えないか。


「爺。今日はおごるよ」


「流石、気が利くの~。年寄りをいたわると良い事があるぞ」


 店員さんが、俺の方にカプチーノを置いた。


 そして、爺さん朧月夜の方にエスプレッソコーヒーを置いた。やや苦みの強いコーヒーだ。


わしが苦いのが苦手なのを知ってるのかな?」


「ぼけ老人を叩き起こそうと思ってな」


 俺はそう言うと、カプチーノを口に入れた。結構うまい。


 朧月夜は、エスプレッソを一気飲みして、店の注目を集めた。朧月夜がコーヒーを飲み終えたのを見計らって、俺は話題を振った。


「爺、用ってなんだ?」


「ワシは用があるなんて言ってないぞ?」


「どうせあるんだろ。そうでなきゃ、俺を呼びつけるか」


「その通り何だが・・。そんなにらむな」


 睨みたくもなる。こっちはアトミックに追っかけられて大変なんだ。


「お前さんも随分モテてるな。アトミックじゃろ、国際的犯罪組織インフィニットじゃろ、それの兄弟組織インフェルノじゃろ、マフィアの集合体ウィング連合じゃろ、その他諸々のフリーの殺し屋じゃろ、その中に結構な美人もいるじゃろ」


「いるな」


「うらやましい限りじゃな~そんな美人に追っかけられるなんて」


「ボケてんのか爺さん。そういうのはほんの一握り。ほとんどが男だよ」


「黎明もモテるようになったな。じいちゃんうれしいよ。小学校のころに体育館裏で、告って振られた玉砕三連続。懐かしいな~」


 朧月夜は懐かしそうに言った。この爺さんは、俺の育ての親でもある。子供のころ孤児院から、養子として彼のところに行った。


 もちろん、この爺に社会貢献の思想などあるはずもなく、単純に、殺し屋としての腕を見込まれてだが。


「あの時は誰に監視させてたんだ?」


「もちろん、『みたまや』だよ。ワシの右腕として動いてくれている」


 廟は、俺と同じ頃に養子としてもらわれた少年の一人だ。俺よりも強い。


 そのため、朧月夜が仲介をしている殺し屋、延べ百人以上のサポート役として回されたり、事後処理を行ったり、危険な仕事をやらせたりしている。


「なるほど。確か当時一緒の小学だったな。あいつなら、やりかねない」


「まあそんな懐かしい思い出は後で語るとして、これが、うちの事務所に送られてきた」


 そう言って朧月夜は俺に一枚の写真を渡してきた。


 おれは、口に付けようとしていたカップを置いた。


「これは・・・」


 写真に写っていたのは、箱に入った、状態のいい死体だった。前後左右の席に人が座っていなくてよかった。良識ある市民なら、確実に通報する。


 顔は判別できる。彼は、驟雨しゅううか。一流の殺し屋だ。


 超一流ではなかったが、決して弱くはなかった。


 彼を殺せる殺し屋なんて、そんなにいないだろう。


「死体を送り付けてきたのか」


「ああ。死因は腹部への強力な打撃を受けたことだ。ただ、数か所に打撲痕が残っている」


肉弾戦か?」

 これは、かなりのレアケースだ。殴って人を殺せる人間は、決して多くない。


「そうだ」


 朧月夜はうなずいた。


「あいつを殴り殺せる化け物なんて、そんなにいないだろう」


「ああ。いない。そして彼が死んだと思われるベルリンに、そのレベルの殺し屋はいなかった」


「殺し屋の情報網にも、そんな人がいた形跡はない」


 俺は、自分の調べている情報を思い出しながら、そう言った。


「未登録の殺し屋か」


 俺はつぶやいた


「それもおそらく、超一流の、じゃな」


 朧月夜がうなずいた。


「そいつをどうしろと?」


「殺し屋として正しいことをしろ」


「分かった」


 この爺さんがこういう時は、断ってもいい任務だと言うことだ。それはすなわち、死にかねないということだ。


「なあ爺」


「何だ?」


「もしまた会えたら」


 一瞬の間があった。朧月夜の目が見開かれる。


「思い出を語ろう」


 俺はそう言って店を出た。無論、会計分の小銭を席に残して。


 次の日の朝、俺はドイツのベルリンに飛び立った。ここ数日立て込んだ仕事で、給料はかなり入っている。


 一般人の年収の三倍ぐらい入ってるんじゃないだろうか?


 俺は、ファーストクラスに乗っていた。早朝に出発して夜七時から八時ぐらいには着くつもりだ。


 俺は、洋風のおいしいキャビアうんぬんかんぬんや、何とかガーリックなどのおいしく高級感あふれる朝食を食べながら、窓の外を眺めた。


 美しい青空が広がっていた。


 食後、暇を持て余して僕は、本を取り出した。『ファウスト』


 俺は、それのページを開いた。


 この本はかなり難解で、じっくり丁寧に読んでいると、すぐにベルリンに着いた。


 俺は、人通りの多い道を通って、事前に選んでおいた適当なホテルにチェックインする。


 予約すると情報が残り、襲撃される危険性が高まるから、基本的に当日だ。荷物を置くと、すぐに街に繰り出した。


 彼が殺された現場は、朧月夜からの連絡で知った。おそらく犯人はそこにいる。


 なぜかというと、これは{テキトーな殺し屋を殺してその調査に来た殺し屋を駆逐しよー}みたいな罠な気がする。


 俺は、その日の夜、さっそく現場に行ってみた。


 そこは、人がほとんどいない裏地路だった。住んでる人は少ないが、背の高い建物が多いため、まさに罠にちょうど良い立地。


 突然、複数人の殺気を感じた。そらみろ。俺は反射的に伏せる。その頭の上を、銃弾が通り過ぎた。俺は、後ろに向けてつまようじを放った。



 一人目は撃破した。


 一人、二人、三人、四人


 ライフルを構えた男と、ナイフで切りかかってきた男につまようじを打ち込んだ。

 十人、二十人


 俺は、数を数えることをあきらめた。


 窓に向かって三本ほどのつまようじを投げる。窓の中から悲鳴が上がった。同時に、一丁のライフルが落ちてきた。


 俺はそれを拾うと、玉切れになるまで連射した。これで五人ぐらい撃破した。そしてナイフを構えて向かってきた敵に、ライフルを投げつける。


 相手がたたらを踏んだすきに、反対側から迫ってきた敵につまようじを三本投げた。


 そして振り返ると既に目の前にいた敵の喉笛にナイフを刺した。


 そのままの流れで、後ろから迫ってきた弾丸をかわす。


「ふう」


 流石に、そろそろ疲れてきた。この人数を相手にしたのは初めてだ。ただ、敵の質はそんなに高くない。


 束になってかかってきても、俺なら勝てるだろう。驟雨だったら、やられていたかもしれないが。


 ただ、もしこいつらに、指揮を執る人間がいたとすると厄介だ。このレベルのやつらを全員管理できるとしたら、かなりの手慣れだ。あまり相手にしたくない。


 俺は、最後の一人を倒しながら、そんなことを考えていた。


 これで終わりだ。今回も、敵の罠が甘かったおかげで、生きて帰れそうだな。


 そう思って、深く息をした。


 その瞬間、突然刀が一閃した。俺は脊髄反射でよける。そのままジャンプして距離をとった。


 こいつはまずい。この強さの敵を相手にしたことはない。最短で仕留めないと負ける。そう判断した僕は、最大出力のつまようじを投げた。


 流石に、これなら当たるだろう。しかし、亜音速で突っ込んだつまようじは、あっけなく刀で弾かれた。俺は目を見張った。


 この速度のつまようじをはじける人間なんて、この世に数えるほどしかいない。なんていう反射速度。


「上手ですね。でも、手持ちの札がこの程度では私には勝てませんよ」


 刀を緩やかに構えながら、は言った。


 顔は見えない。


「おまえは誰だ?」


「私は『ミミズク』という殺し屋です。ご存じないと思いますが、殺し屋組織『龍の爪』の隊員です」


「そんな組織があったのか。中国マフィアみたいな名前だな。初めて知った」


「そりゃそうですよ。今までスパイ・殺し屋を百人ほど屠ってきましたけど、事後処理はしっかりやってますもん」


 有能なんです。と、彼女はつぶやいた。本当に有能だ。これだけの殺し屋を持ちながら、存在を知られていないなんて。


「出会ったやつらは、全員死んだってことか」


 俺がそう言うと


「理解が早くて助かります。それでは」


 彼女の姿が消えた。俺は反射的に伏せる。ドンと音がして、俺の頭上を刃が通り過ぎた。


 俺はつまようじを投げた。つまようじは、あっけなく虚空を抜けた。敵にかすりもしない。


「おっと。危なかった」


「強いですね。これをよけるなんて。あなたほど強い殺し屋は、世界でも数名しかいませんよ。誇っていいと思います」


「あっそ」


 俺は声の聞こえた方向につまようじを投げた。彼女はそれをキャッチした。


「まさか!」


 俺は目を見張った。この速度のつまようじをよけるどころかキャッチするなんて。なんて動体視力だ。


「私ならこう投げますよ」


 彼女は大きく手を振りかぶった。その瞬間ドーンと音がして、俺の後ろの壁が大破した。


 さらに俺の腕が軽く切れる。だが、この程度なら大丈夫。血もすぐに止まるだろう。


「なるほど。お前の特技は怪力か。お前、化け物か?」


「よくわかりましたね」


 彼女はあっさり肯定した。


「だから外した。力だけではどうにもならないことがある」


 それは技術だ。俺のつまようじは、ちょっとだけ特殊だ。


「そんなことを言うなんて意地悪ですね。レディーには優しくするのが、紳士というものではないですか」


 彼女は軽く笑った。だが目は笑っていない。


「そうだな。だが顔だけではどうしようもないものがあるぞ」


 俺も笑った。だが目は笑わない。


「それは私がかわいいということですか?うれしいです!」


 彼女は目まで笑った。俺は今、自分の目線が氷点下を切ったことを感じた。彼女は刀を構えた。


「筋肉バカが」


 俺はそう吐き捨てた。その目のまえを彼女の刃が一閃した。俺は地面をけってそれをよけた。


「黎明さ~ん。潔く殺されたらどうですか?」


「死んだら終わりだろ。俺は生きたいね」


 サイコパスが。俺はそう毒ついた


「また夢のないことを~。そんなことありませんよ。魂は不滅です!」


 そんな会話をしながらも、俺はかなり焦っていた。今、現在進行形be ing形で死にかけている。正直言って、いつ体力の限界がきて殺されるかもわからない。


 俺の皮膚を何度も刃が切っている。かなり痛い。俺は、三本ほどのつまようじをダメもとで投げた。彼女は難なくそれを弾く。


「そろそろ本気を出しますか」


 彼女はそう言った。そして突っ込んできた。俺はナイフをズボンから取り出し、それを抜く動きのまま刀を受けた。


「これを防げるなんて。本当に強いですね」


 彼女はそのまま通り抜けた。そして素早く振り返った。


「ぐっ」


 次に飛んできた彼女の刀をよけきれず、背中にかなり深い傷を負った。


 少しだけ回避運動をとれたため、骨髄は大丈夫そうだ。ただ、激痛でしばらく動けそうにないが。


「これで終わりですね」


 彼女はそう言って刀を振り上げた。俺はその時、急に朧月夜の言っていたことを思い出した。


『命が最優先。命さえあれば何度でもチャレンジできる。潔く死ぬのだけはやめろ。それと、もしもう駄目だと思ったら、〇〇をしろ』


 俺はナイフやつまようじをすべて捨てると、両手をあげた。


「降参だ」


「あれ?さっきまで覚悟を決めた顔をしていたのに。急にどうしたの?」


 彼女は残念そうに刃を下した。殺されることはなさそうだ。


「俺も死にたくはない」


 短く言った。彼女急に笑顔になった。


「じゃあ仕方がない。組織の施設で楽しみましょう」


「何をだ?」


「拷問です。きっとたくさん情報を持ってるでしょうし」


 拷問は最悪だ。大半に殺し屋は激痛で情報を漏らす。それを耐えた殺し屋は、大量の薬物投与を受ける。


 それも耐えたら、最終的に激痛、薬物、精神的苦痛のオンパレードで心が壊れ、何もわからなくなり情報を流す。


 たとえ裏切って彼らの味方になっても、今度は同胞に殺される。殺し屋って、本当にブラックな仕事だ。


「そうだ。最後に聞いておきたいことがあるんだが、お前らの組織の目的はなんだ?」


 彼女は一瞬固まった。そして少し間をを開けてから


「殺し屋に知り合いや、大切な人を殺された人達が作った、殺し屋殺戮組織です」


 俺は軽くうなずいた。


「なるほど」


「あなたは、とある会社の社長を殺しました。その家族が、復讐のために、あなたを殺そうとしました」


「なるほど」


 俺はうなずいた。彼女はポケットから手錠を取り出した。それを俺に付けるために近づいてくる。


 俺は最後の力を振り絞って跳ね上がると、一本だけズボンの裏側に残しておいたつまようじを、彼女の首に突き立てた。


「がっ」


 彼女はそう呻いて倒れた。死亡確認をしようと、立ち上がって歩き出そうとしたところで。俺も、出血のせいか、急に意識が遠のいて、倒れた。


『もし、もう駄目だと思ったら、降参をしろ。相手を騙せ』


 朧月夜は、意外と良い教師なのかもしれない。なんだか、寒気がしてきた。血を流しすぎたか。


 最後の力を振り絞って、スマホを取り出すと、ある人物に連絡した。


「どうした?」


 朧月夜は、ワンコールで電話に出た。


「成功したよ。いくつか情報も手に入れた。だがちょっと怪我した。もぐりの医者を呼んでくれないか?」


「分かった。現在地はスマホの位置情報でいいな」


「ああ。頼んだ・・ぞ・・」


 俺は、気を失った。スマホから、『急いで、ベルリン付近のもぐりの医者に連絡しろ!』という怒声が聞こえた。


 ◇◇◇


「大丈夫か?」


 俺はあそういう声掛けで目を覚ました。


「うん。問題なさそうだ」


 医者の様な格好の男が、俺の顔色を見てそう言った。


「ここは?俺はちゃんともぐりの医者の所に・・?」


「ああ。ちゃんと朧月夜が連絡した。背中は二十針の手術で、良く生きていたよ。輸血もしたしな。点滴は、飯を食えない間の栄養を付けるものだ。とはいっても、何日も寝込んだわけじゃないがな」


 そう言って医者はがははと笑った。


 そこは、まさに病室といった感じの部屋だった。ドアが一つ。大きめの窓の外のは美しい森林が広がっている。


「ここはどこですか?」


 俺はそう聞いてみた。


「ああ。ここはドイツのとある森林奥深く。警察はおろか、登山客すらいない場所さ。血だらけの死体を踏み越えて君を探して運ぶのは、大変だったよ」


 彼はそう言った。


「ありがとうございます」


 俺はそう深く礼をした。


「いいってそんなの。それじゃあごゆっくり~」


 そう言って彼は病室を出た。太陽の傾きから考えて、今は昼過ぎらしい。


 俺は、病室に置いてあった本棚から適当な本を手に取った。


 そのページをめくる。そうこうしている間に日が暮れてきた。


「飯だぞ~」


 さっきの医者がやってきて言った。手には、米と味噌汁、サラダ。それに、白身魚にトマトソースをかけたものが乗ったトレーがあった。


「さあ食え」


 彼はベッドにトレーを置いた。俺は体をゆっくり起こした。痛みはだいぶましになっていたが、まだ痛かった。彼は、点滴を新しくすると、部屋を出ていった。


 料理は、おいしかった。誰が作っているのかは知らないが、なかなか腕のいい人なんだろう。


 食べ終わったころに、今度は看護婦のおばさんがきて、トレーを下げた。裏社会の人間には見えなかったが、まあ、裏社会の人間なのだろう。


 もう日が沈んでいた。俺は布団をかぶった。長く倒れていた割にはすぐに眠れた。疲れがたまっていたのだろう。


 次の日の朝、いやな夢を見て目が覚めた。内容は思い出せないが、いやな夢だ。俺は、額の汗をぬぐった。


 ◇◇◇


 数日後、俺は医者に『全快』との診断を貰った。後は、いつ退院してもいいそうだ。


 俺は、その日のうちに荷物をまとめると、窓口の人に声をかけてから病院を出た。窓口にいた男性はいったんパソコンから目を離すと


「お支払いは問題ないです。お気を付けて」


 といって、仕事を再開した。


 そしてホテルで荷物を回収するとすぐにチェックアウトし、飛行機にのって日本に帰った。このままこの国にとどまると、逮捕されるかもしれない。


 二十人以上殺したのだ。正当防衛に近いとはいえ、多分死刑だ。いや、この国は死刑制度を採用していたかな?


『俺は無事だ。判明した事実は「龍の爪」という殺し屋を専門に殺す組織があり、そこには俺と同レベルの優秀な殺し屋が、おそらく複数いる。その組織の目的は、殺し屋に殺された人たちのために殺し屋を殺すということだ』


 飛行機の中で、そうメールを打った。すぐに返信が来た。


『了解。その情報は、殺し屋の情報網に流した。今は、情報共有が必須だ。お前がそこまでやられる敵がいるとすると、その組織は早くつぶさないとまずい。あと驟雨を殺したのも、その組織で間違いないだろう。帰ったら、また例のスタバで会おう』


 かなり焦った感じが感じ取れる。俺もあせっている。今飛行機に乗ってる間にも、同胞が殺されている可能性もある。


 俺は焦る心を落ち着けるために、本を開いた。ファウスト。続きが読めてよかった。

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