第2話 殺し屋の日常

 俺の自宅は一戸建ての平屋だ。玄関入ってすぐのところに客間があり、その向かいに風呂場はある。その奥にリビングと自分用の個室があるが、そっちは俺しか入れない。


 俺は玄関入ってすぐのところにコートをかけると、風呂場で戦場のにおいを落とした。


 そして指紋認証を使って、リビングに入った。


 リビングはキッチンが端に取り付けられていて、真ん中に大きな机がある。その机の奥に鉄の扉がある。


 あそこから先は俺の仕事に関する資料や道具が保管してある。人を入れないのは、警官予防だけではなく、単純に危険だからだ。


 俺は机に座ると、コンビニで買ってきた牛丼を手に取った。乱暴に牛丼を作ると、慌てて胃に掻き込んだ。コンビニの飯は、極上とは程遠くても、口に入る程度にはうまい。俺は好きだ。


 俺は、牛丼を食いながらパソコンを開いた。このノートパソコンは、少し前に買い換えた。銀色で軽い。俺のお気に入りだ。


 不吉なメールアプリさえなければ、最良のパソコンと言えただろう。案の定、次の依頼が来ていた。本当にどんどん依頼を持ち込んでくる奴だ。


『『焔』を殺せ。四人全員だ』


 非常にわかりやすい依頼文だ。焔とは、四人組で活動している殺し屋のことだ。殺し屋を専門で殺している。民間人は全く殺していない。


 大きな声では言えないが、以前ミュンヘンでこいつらに攻撃されたことがある。


 その時、殺し屋のたまり場だった酒場パブをめちゃくちゃにしちゃったという苦い思い出も残っている。


(現場に新人ルーキーがいなかったおかげで、幸い死者は出なかったし、めちゃくちゃにしたのはどちらかというと焔だ)だが、逃げた焔の代わりに俺が怒られた。


「めんどくさいな~」


 俺はため息とともにそういった。こいつらは結構強いんだ。四人の連係プレーで息継ぎする間もなく攻撃してくるから。


 俺は、パソコンで情報収集を始めた。こいつらは、情報戦に長けていて、今どこで活動しているかの情報があまり出回らない。


 そうしていると、もう夜十時になっていた。寝坊は健康に良くないので、さっさと寝た。体は、殺し屋の最も大きな資産だ。


 次の日の朝、早く起きて、近くのごみ捨て場にゴミ捨てに行った。近所のおばさんとあいさつを交わし、家に帰ると、また情報収集を続けた。


 しばらく、ほとんど収穫のない情報収集を続けていたが、数日後、手ごたえたあった。

『焔:1234rtegfdvserthjge4356tyhgfbdwe456ytjhgnb』


 という暗号文だ。訳すと


「俺たちはミラノで仕事をする」


 という文ができる。今ミラノにいる強い殺し屋は・・・三人ほどのターゲットになりそうな人のピックアップができた。


 そこから絞っていくと『紫電』という殺し屋の名前が浮かび上がった。


 彼は一流の殺し屋で、主に短期決戦が必要な任務にあたる。持久力はないが、並外れた素早さと体力を持ち、驚くほど厳重な警備も突破する。


 そして、今、ミラノにいる。理由は知らないが、たぶん仕事だろう。


「さて」


 俺は荷物をまとめると、ミラノに飛んだ。最近は海外旅行ばかりしている。長期休暇が欲しい。


 ミラノは、色々と文化的価値の高いものがある町だ。多くの歴史的建築が立ち並んでいる。


 だがそれらを見ている時間はない。仕事で観光をするわけにもいかない。第一、俺の入国理由はビジネスだ。俺は、ミラノから少し離れたとある町に向かった。


 焔は馬鹿じゃない。紫電が馬鹿正直にミラノにいるとは思っていないだろう。


 紫電も馬鹿じゃない。自分らが狙われていることぐらい知っている。


 つまり本当の狙い、紫電の所在地はミラノ付近の、とある村だと考えた。


 その村はすでに過疎化が進んでいて人もほとんどいないが、ミラノに行きやすい場所にあった。


 村のひび割れたアスファルトを歩んでも、人っ子一人いない。三階建て以上のビルはなく、ほとんどの家が崩れかかっていた。


 どこに泊まろう?ホテルなんて経営してないだろうし、そういう情報もなかったし。


 こうなったら適当な家にでも上がり込むか。人がいなくて、まだ崩壊していない場所。よさそうな家は何件かある。


 ただ、一番最悪なのは焔、紫電が同じことを考えて、同じ家に入った場合だ。そして焔四人+俺+紫電=超やばい戦闘。という計算式が成り立つかもしれないのだ。


 さらに、焔が火炎放射器を持っていたらこの村は文字通り灰になる。


 ちなみに焔は、アメリカ製のMX42という、ガソリンを燃料にする小型火炎放射器を持っている。


 ミラノから一日ほどで往復できる範囲にガソリンスタンドがないといいんだが、ここまで人口の多い都市で、そんなことはないだろう。


 第一、ガソリンスタンドが無くてもガソリンは使える。


 おそらく使う気と考えた方がいい。ただ、火炎放射器は三十五秒ほどしか炎を出せないらしいので、その間逃げ切れれば何とかなるだろう。


 確か、彼らは止めを刺す用のナイフを持っていた気がするが、それはどうでもいい。戦闘には使えないらしいからな。


 さあ。どこに泊まろう。思い切って野宿というのもありだが、俺はあまりこれが好きじゃない。俺は、ひとまず、誰もいない、天井が崩れかけた上に、つる草に覆われた家に入った。


 しかしそこで不幸なことが二つ起きた。まず一つ目は、そこで紫電と焔が鉢合わせしていたということだ。つまり焔四人+俺+紫電の計算式が現れた。不幸なこと二つ目は


「引っかかったな」


 という紫電の声を合図に、五人まとめて襲い掛かってきたということだ。


 どうも俺を殺す罠だったらしい。俺は、即座に判断した。まず朧月夜に、焔を黎明に殺させろという依頼が来る。当然、俺が出る。


 ここは偶然だろうが、紫電と焔が合流したところに、ちょうどよく俺がぶつかってしまったのだ。


 焔の火炎放射器は厄介だ。まず紫電が突っ込んできた。焔は、まず銃を撃ってきた。流石に、仲間である紫電ごと俺を焼き殺すわけにはいかないからな。


 俺は紫電の速さに対応しつつ、焔の銃撃を避けないといけない。それならまず銃撃を叩こう。


 俺はそう判断すると、ドアからいったん外に飛び出した。そしてつまようじを投げる。


 紫電がそれをよけたタイミングで、よけた隙間から部屋に飛び込むと、一人目の股をけり上げて、そのまま残り全員の銃のハンマーに向けて、最大出力のつまようじ打ち込んだ。


 ハンマーが破損してしまえば、銃はもう撃てない。


 そして、蹴り上げている相手の銃を奪うと、そのまま背中をそらせて、後ろにいる紫電に素早く全弾撃った。


 紫電は既に目の前にいた。小型のナイフを構えている。流石に、行動が早い。あと0,001秒遅れたら俺が死んでいただろう。


 紫電は、あっけなく崩れ落ちた。俺はそのまま一回転して、焔から距離をとる。


 焔は既に銃を投げ捨てて、火炎放射を取り出したところだった。そしてそれを一斉に俺に向けて発射した。


 俺はあと少しで落ちそうな天井をジャンプしてぶち抜くと、二階に上がった。もちろん、床が腐っていたからできた芸だ。


 炎から逃げるときに二階に上がるとか最悪だが、そうしなかったら焼け死んでいた。


 俺はそのまま真下に、一個しかない手榴弾を落とした。無論ピンを抜いて。


 ドーンと音がして、一階が吹き飛んだ。真下を見ると、市電のほかに一つ死体が見える。一人倒したらしい。


 さて問題。崩れかけの建物の一階を壊しました。二階から上はどうなるでしょう?


 解:崩壊する。


 ガラガラと音がし始めた。床が傾く。一人やれているから、あと三人残っていることになる。


 三人は、おそらくボロボロの壁を蹴破って外に逃げているだろう。俺が瓦礫で身動きが取れない間に襲われたら、終わりだ。


 ただ妙なのは、この罠を張った組織が思い当たらないという所か。


 俺が恨みを買っていて、これだけの人数の殺し屋を動かせるのはおそらく、『アトミック』だろう。


 世界各国で殺し屋を『罪からの救済』という名目で殺しまくっている。


 俺も何度か狙われた。いくつかの会社を資金源としていて、多国籍企業である〇〇社なんかも関係している。


 焔と紫電を差し向けてきたとなると、かなり本気で殺す気だな。


「さあて」

 俺はそう言って、燃えている壁に向けて、つまようじを投げた。


「ぐはっ」


 外から、呻き声が聞こえてきた。誰かに命中したな。俺は、声がしたあたりにジャンプした。蹴った足場が、崩れた。


 俺が着陸すると、目の前に焔が二人立っていた。もう一人は、喉につまようじが刺さったまま、こと切れていた。


 敵が二人になったのはいいが、敵がすでに火炎放射器を構えているのが厄介だ。

 焔二名は火炎放射器を発射した。


 俺は空中で体をひねって、よける。炎が、髪の毛をかすった。顔のすぐ横で、熱気を感じた。炎は危険だ。


 俺は、髪の毛の火を、素早く叩いて消火した。パーマは目立つし、経験のまったくない人が、独力でやるものではない。


 俺は、空中で特別製のつまようじを二本投げた。これは焔と戦うにあたって仕事場で作っておいたつまようじだ。


 鉄製で安定していて、耐火スプレーを吹きかけてある。通常のつまようじでは、いくら俺の特別製でも火炎放射器は突破できない。


 だが鉄製なら、


「ぐっ」


 焔はそう言うと、二人とも倒れた。あと一歩で俺も焼け死ぬところだった。俺は、五点着地の要領で地面に転がると、二回から飛び降りた衝撃を、殺した。


 炎が二軒目まで燃え移ったことに気づくと、慌てて逃げだした。今夜は野宿するしかなさそうだ。一応、消防署に連絡を入れておいた。


 幸い、村人に被害は出なかった。ついでに、裏社会とつながる四人の変死体という、難事件の調査のため、大勢の警官が村に入り、それを追いかけて野次馬も入り、村はとても潤ったそうだ。


 数日後、朧月夜と連絡を取ると


『すまんすまん。まさかこんなことになるとはな。あと、アトミックの件を家に持ってくるなよ。対応できない。あと、今度スタバでお茶でもしよ~』


 というメールが帰ってきた。朧月夜とは結構仲がいい。俺の仕事成功率が高いからだろうな。


『い~よ』


 というメールを送ると、俺はパソコンを閉じて、窓の外を見た。すでに上空一万メートル以上だ。もうすぐ日本に帰れそうだ。


 飛行機が事故を起こさなければの話だが。

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