お地蔵さま お願いします

すでおに

お地蔵さま

 僕は小学生の頃、少年野球をやっていました。強豪チームではなく、リトルリーグでもない、どこにでもある地元の軟式野球チームでした。


 「周りがやってるから」


 それが理由でした。好きなフリはしていたかもしれませんが、野球がとりたてて好きだったわけではありません。サッカーチームもあったけど練習場が家から離れていたし、サッカー好きでもなく、仲のいい友達がいた同じ野球チームに入りました。


 おかげで野球は下手でした。好きじゃないから練習しない。チームの練習は週に一度の日曜日だけなのに、自主練なんかしなかった。友達と草野球はしても一人で素振りをした記憶はなく、練習でも三振とエラーばかり。

 いまでも区営球場で取り損ねたボールを追いかける野球少年を見かけると、幼い日の自分と重なって哀愁が湧いてくる。子供の着るユニホームは華奢にみえます。


 視力が悪かったのに眼鏡をかけていなかったせいもあったのかな、と今になって思うけど当時はそんなこと考えもしなかった。


 3年生の頃は試合に出ることはなくて、試合の時はもっぱらベンチ裏とかファールゾーンに座って観戦。プロ野球選手の子供時代のような、低学年からレギュラーで上級生に交じって試合に出場していた選手は僕の周りには一人もいなかった。一度ホームランを打った上級生に、プロ野球を真似て三塁を回ったところでタッチしにいったら監督に烈火のごとく怒られました。甘酸っぱい思い出です。


 ある日の試合の時、いつものように座り込んで観戦していたら、僕の後ろにいたおばさんの会話が耳に入って来た。知らない人だから、たぶん上級生のお母さん。


「うちのチームはピッチャーがダメなのよ」


 口を揃えてマウンドにいる選手を批評していた。


 試合でエラーしたら陰でこんな風に言われるんだろうな。出たことのない試合が怖くなった。


 4年生になると、4年生以下だけが出場できる新人戦に出られるようになる。選手が10人ちょっとしかいないチームで、一塁を守ることになった。背が高かったのと、まだ下手なのがあまりバレてなかったのもある。周りもまだそこまでうまいわけではなかった。


 試合に出られるのは楽しみでもあったけどプレッシャーも大きかった。活躍する自信など少しもなかった。



 家の近所にお地蔵さまがありました。といっても祠に祀られた正式なものではなく、近所の家のコンクリートの塀の上に置かれた、500ミリのペットボトルぐらいの身長の石でできたお地蔵さま。細身で、童顔ではなく凛とした顔立ちだった。


 小さい子供のいないこの家の住民とは接点がなく、家の中がいつでも薄暗かった。


 いつからかその家の前を通る時に、お地蔵さまに手を合わせるようになった。目をつむって手を合わせてちょこんとお辞儀する。人通りがある時は、目を盗むように手早く済ませたけど素通りはしなかった。


 いつものルーティーンに、3年生の終わり頃から心のつぶやきが加わった。


 目をつぶって手を合わせてお辞儀をして

「エラーしませんように」

「ヒット打てますように」

 ホームランまでは願わない。

 人通りがある時は心のつぶやきも早口になるけれど素通りはしない。


 初めての試合の前でした。ユニホームのズボンの後ろのポケットに入れていた百円玉をお地蔵さまの前にお供えしてお願いしました。

「試合でエラーしませんように」

 ヒットよりなによりそれが一番でした。


 その時です。僕の頭の中に声が響いたんです。初めて聞く声でしたが、なぜかわかりました。それはたしかにお地蔵さまの声でした。


『私にそんな力はない』


 微かにエコーのかかった声が身体の中に吸い込まれてきました。子供心にも意味は理解できましたが、塀に置かれたお地蔵さまだからか、それともお地蔵さまはそもそもそういう存在ではないのか、そこまでは判別できませんでした。


 結局試合ではなんでもないファーストフライを落球し、ヒットも打てず。次の試合からレフトに替わり、5年生になると学習塾が忙しくなって野球はやめてしまいました。


 きっと自分自身でどうにかしろという意味だったと、いまでは好意的に解釈しています。

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