佐伯くんと奈留Aさんが学生ラウンジで、他の仲間たちと一緒にいるところを見たこともある。わたしは彼から少し離れたテーブルで西洋思想史の予習をやっていた。これは選択の一般教養科目なんだけど、なんと受けているのは5人しかいない。若くて(おそらく32か3ぐらい)、「アメリ」のオドレイ・トトゥによく似た(完全に意識してる。だって、前髪をおでこの半分で切り揃えるって……)女性が講師で、これが海軍士官養成学校の鬼軍曹のように厳しい。矢継ぎ早に質問を投げかけ、答えられないと、その日は出席しなかったことになる。この授業を選択してしまったのは、あきらかにわたしの人脈が金箔きんぱくなみに薄かったせいだ。情報の少なさがときには致命傷となることもある。


 そう、彼らの話だ。


 奈留Aさんの本命はすぐに分かった。だって、コリン・ファレルにちょっと似た男子が彼女のすぐ隣に座っていたから。横柄で自信過剰。でも、男性的魅力は存分にある。わたしにはどうにも理解できないけれど、女性の何割かは、確実に彼のような男に惹かれてしまう。要は人生に何を求めるか、ということなのだろう。わたしが求めないものを彼女たちは求めている。奈留Aさんもそう。


 わたしは勝手に彼が数学概論と哲学を落としたカワタくんだと決めつけた(おそらく間違っていないはず)。彼の隣の妙に雅やかな顔立ちをした男の子がミツサワくんで、その向かいに座っているのがマユコさん。我が佐伯くんは、マユコさんの隣。奈留Aさんから一番遠い席だ。かなり不自然なポジション取りでもある。彼女の向かいの席は空いているのだから、そこに座ればいいのに、意識しすぎてそれができないのね。彼らしいけど。


 カワタくんがくつろいだ表情で彼らに何かを語っている。彼はその最中に二度、奈留Aさんの腕に触った。それで二人はもうベッドインしてるって分かった。その触れ具合と彼女の受け流す感じから。だって、ハリウッド映画では、いつだってそういうことになってるし。


 それに二人はよく似合ってる。癖のない、さっぱりした顔の奈留Aさんと癖だらけでナンプラー並みに濃い顔をしたカワタくんの組み合わせは、ひとつの典型と言ってもいい。


 佐伯くんもそれを知っているはず。二度目のときには、彼のリアクションも見ることができた。彼はカワタくんの太い指が奈留Aさんの杏子あんず色のセーターに包まれた腕を掴んだ瞬間、反射的に笑顔をつくった。5秒間ぐらいそれを顔に貼り付け、それから彼は真顔に戻るとテーブルの上の自分の手のひらを見つめた。


 その夜も彼はマスターベーションをしながら、最後に奈留Aさんの名前を小さな声で呼んだ。この事実を彼女が知ったらどう思うだろう。自分が友人の頭の中で勝手に裸にされ、あれやこれや、いろんなことをさせられていると知ったら。彼女は寛容だからゆるすことは確かだ。問題は、彼女の中に佐伯くんに対する嫌悪感がどれくらい湧き起こるかってこと。非性的な生活を送るわたしには、ちょっと想像がつきかねる。ざっと頭の中のデータベースを検索してみたんだけど、これまでに見た映画や読んだ本の中にも、このことに女の子が言及しているシーンは見つからなかった。まあ、あんまり愉快に思わないことだけは確かだろう。マリリン・モンローは精液の海で溺れる悪夢を見ることはなかったのだろうか?

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