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そして翌朝。
この頃には、もう自己弁護の論理はあらかた組み立てが終わっていた。もともとフランクの穴はわたしが入居した段階からあったのだから、わたしは自室の小さな窓を見ているのに過ぎないんだって、そんな強引な逃げ道を考え出していた。向かい合った二つの部屋があって、窓が開け放されたままだったなら、先方のプライバシーが見えてしまうのは不可抗力だっていう考え方。我ながらあまりにひどい論理だけれど、このときはそれでもけっこう自分を納得させることができていた。
朝は目覚めたのが遅かった上に、一限目から授業があったので何もしないまま部屋をあとにした。隣の住人はまだ寝ているみたいだった。
わたしは四限目までしっかりと授業を受けて、そのあとアルバイト先の私設博物館に自転車で向かった。ここはすごくおかしなところだ。建物は商店街のはずれにある古びた二階建ての木造建築なんだけど、それはもともと個人の住居だったものだ。「上野三郎」って表札も掛かっている。施設の名称も上野三郎博物館。三郎の息子、上野好一ってひとがオーナーであり館長でもある。上野ジュニアは精密機械部品のメッキをする工場を経営している。いわゆる匠の技というやつで、大手のメーカーさんも頭を下げて仕事を頼みに来る。だから工場はいつもフル稼働で経営は順調だ。それゆえ上野ジュニアは滅多に博物館にはやってこない。町の一等地に大きな居宅を構え、そこと工場を往き来する毎日だ。この博物館は彼の道楽のようなもので、資金だけは潤沢なもんだから、受付のアルバイトにも、それなりの賃金が払われる。でも、来訪者は日にひとりいるかどうか(いない日のほうが圧倒的に多い)。昼間の受付は高校生の息子さんがいる主婦で、そのひとと交代でわたしが夕方から受付に入る。夜の7時には閉館してしまうので、わたしが働くのはせいぜいが2、3時間といったところだ。座っているだけでは申し訳ないから、掃除をしたり、古い資料の整理をしたりと、いろいろと勝手に動きまわっている。ここに収められているのは上野三郎さんの人生そのものだ。この国の標準サンプルみたいな、ごくありきたりな人物のごくありきたりな日々の記録が収められている。まあ、確かにこれじゃあわざわざ見に来る人もいないわね。でも、じつはけっこう興味深い資料もあるのだけれど、それはまた別の話(『万能中国人ウェイルスン・ウー』シリーズ風に)。
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