第三話:亡霊艦隊
「サイド・スラスター始動。取り舵七○、俯角マイナス一五、両舷最大戦速――――」
ジュリエッタの玲瓏な声が艦橋に響いた。
羽状の姿勢制御スラスターが展開し、整然と並んだノズルがいっせいに青白い噴射炎を吐きだす。
あざやかな光の軌跡を描いて、全長八○○メートルの艦はすばやく方位を転換する。
するどい閃光が立て続けに起こったのは次の瞬間だ。
敵艦隊の放ったレーザー砲火が、アラドヴァルの周囲に展開された斥力フィールドに接触したのである。
斥力フィールドを突き抜けた数条のレーザーがアラドヴァルに命中したが、いずれも外装の耐レーザー
エネルギーの大半を奪われたレーザーには、もはや標的にダメージを与えるほどの威力はないのだ。
「クロエ、敵戦力の確認を。概算でかまわない」
「
「艦種不明?」
「データベースに
言って、クロエは不明艦をズームアップする。
強烈な宇宙放射線の影響で映像は乱れているが、外見はかろうじて識別できる。
クロエの言葉どおり、ジュリエッタもはじめて目にするタイプの艦だった。
全長は千メートル前後。重巡洋艦と戦艦の中間だ。
両舷のバルジがおおきく張り出した独特のシルエットは、
ほかの艦船が海軍標準の
目を引くのは特異な艦型と塗装だけではない。
上甲板のほぼ中央には、巨大な塔状の構造物がそびえている。
いにしえの水上艦艇を彷彿させる檣楼型
「あの艦、アラドヴァルに似ている……」
メイン・ディスプレイを凝視したショウジは、無意識に呟いていた。
艦橋の形が共通しているだけではない。
戦闘艦らしからぬ洗練されたフォルム、各部に配置された羽状の姿勢制御スラスターなど、ほかの海軍艦とはあきらかに異なるコンセプトに基づいて作られている。
人間が作り出したあらゆる機械には、設計者の
アラドヴァルと不明艦は、おなじ哲学を共有する血族なのだ。
「キャプテン、軽空母二隻が後退していきます。駆逐艦八隻と軽巡洋艦四隻、重巡洋艦四隻、あわせて十六隻が本艦にむけて移動を開始」
クロエの報告に、ジュリエッタは手元の三次元レーダーマップを一瞥する。
「巡洋艦と駆逐艦はこちらの目を欺くためのオトリ。軽空母をいったん戦場から離脱させたように見せかけて、艦載機の波状攻撃でトドメを刺すのが真のねらいでしょうね」
「ですがキャプテン、空母の単独運用は艦隊戦のセオリーでは……」
「私が敵の指揮官ならそうする。それだけじゃ根拠が弱すぎるかしら、クロエ?」
ジュリエッタの問いかけに、クロエは「充分です」と答える。
「あの数を相手に真正面から戦っても勝ち目はないわ。包囲されるまえに振りきる。反転一八○度、両舷強速」
「
ジュリエッタはショウジに視線を移す。
「ショウジ、あなたは
「いいのか、キャプテン⁈」
「敵もこちらも宇宙放射線の影響で射撃管制装置はまともに動かないもの。こういう状況では、人間がいちばん頼りになる」
ジュリエッタが言い終わるまえに、ショウジは
この席に座るのは、エルトギャウ沖で戦艦ガンストークと戦ったとき以来だ。
興奮を隠せないショウジに、クロエは子供を諭すような口調で語りかける。
「水を差すようで申し訳ありませんが、本艦は跳躍でエネルギーを消耗しています。くれぐれも敵艦を仕留めようなどと色気を出してはいけませんよ?」
「分かっているよ、クロエ。近づいてきた敵の足を止めるだけだ」
「結構。では、ただいまをもってアラドヴァルの全火器コントロール権限を砲術長に委託します。
「えと……
その言葉が合図だったのか、砲術長席がにわかに形を変えはじめた。
ショウジの頭と上半身をすっぽりと覆うようにドーム型の全天周ディスプレイが展開し、索敵システムと
トリガーつきのサイドスティックを握りしめながら、ショウジはひとりごちるみたいに呟く。
「このまえとはずいぶん違うんだな……」
「陽子縮退砲は前方の目標にしか使えません。使用可能な武装は
「そうならないように頑張るよ」
けたたましい
駆逐艦が四隻、猛スピードでアラドヴァルに接近しつつある。
先手を取ってこちらの針路を塞ごうというのだ。
追い込み漁を彷彿させる緊密なフォーメーションは、軽くちいさな船体に強力なエンジンを搭載した駆逐艦ならではの戦術だった。
「針路このまま。両舷前進いっぱい。対艦
ジュリエッタの命令を受けて、ショウジは照準ディスプレイに目を据える。
先頭を行く敵駆逐艦がガンマ線投射砲の有効射程内に入ったのだ。
「
ショウジはためらわず引き金を絞る。
アラドヴァルの艦尾砲塔から敵艦にむかって三本の光線が伸びる。
ガンマ線は肉眼では捉えられないが、射撃管制システムがその弾道をシミュレートし、ディスプレイ上に描画してくれているのだ。
ショウジが祈るより早く、敵駆逐艦の
ディスプレイ上に弾着観測の結果が表示される。三発のうち一発が命中。
右舷側の船体をごっそりと削り取られた敵艦は、不規則に回転しながらあらぬ方向へと流れていく。
エンジンを破壊されたのだろう。ああなっては、味方の救出を待つほかに打つ手はない。
ショウジの喉まで出かかった快哉の声は、しかし、唇を出ることはなかった。
回転しながら漂流していた駆逐艦が突然オレンジの火球に包まれ、跡形もなく消滅したのである。
アラドヴァルの攻撃が原因ではない。後方の駆逐艦がミサイルを発射したのだ。
味方殺しの現場を目の当たりにして、ショウジの背筋を冷たいものが走り抜けていく。
「キャプテン!」
「後ろの駆逐艦の針路に重なっていたんでしょう。撃沈するなんて、よほど針路変更の手間が惜しかったのね」
「だけど、味方同士で、あんな……」
「いまは目の前の戦いに集中しなさい、ショウジ。気を抜けば、私たちもいつああなるかしれないのだから」
ジュリエッタの言葉に、ショウジは無言で肯んずる。
クロエの声が響いたのは次の瞬間だった。
「本艦に接近する物体を多数確認。軽空母より発進した艦載機と推定される」
気づけば、ディスプレイ上には無数の赤い光点がまたたいている。
観測機器の不調のために正確な数は不明だが、すくなく見積もっても百機はくだらないだろう。
機体の全長よりも巨大な対艦ミサイルを抱いた艦載機の群れは、アラドヴァルめがけて殺到しつつある。
「クロエ、後方の駆逐艦と巡洋艦は振り切れる?」
「現在の速度を維持できれば問題ありません。しかし、その場合は艦載機とまともにぶつかります」
「かまわない。舵と速度は現状を維持。対空戦闘用意――――」
ショウジは「了解」と応じて、対空レーザー砲塔の操作パネルに指を伸ばす。
ミサイル接近を告げるけたたましい
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