第9話 音が割れる! 沈みゆく校舎!


 「はぁっ!!!」

 『ゲコゲコ!?』


 本間博士から迎撃を要請されたキズナ。

 彼は、アンドロマリウスに搭乗し、学校の校庭で大立ち回りを繰り広げていた。

 なお、校内にいる生徒は誰一人として避難していない。


 「毒持ってそうなカエルがこんなに……」

 『ゲロッ! ゲロッ!』


 彼が相手にしているのは、毒々しい色をした、多数の巨大なカエルだった。

 アンドロマリウスの腰ほどもある彼らは、校庭をぴょんぴょんと飛び跳ね、異世界人の軍隊と、それを迎撃する学生もろとも喰おうとしていた。


 「馬鹿野郎!」

 『ゲローッ!?』


 舌を伸ばそうとしたところを、蛇の巻き付く槍で両断する。

 流石に敵といえど、喰われるのを黙って見てはいられなかった。


 「チィッ! 数が多い上に……」

 『モグ~ッ!!!』


 カエルを蹴散らしたところで、新たに地中から現れたのは、巨大なモグラだった。

 全長は、アンドロマリウスをわずかに超えるほどの大きさを誇っており、その持ち前の掘削能力にて、校庭を我が物顔で掘り返していた。


 さらに、臆病な気質なのか、地面から顔を出しても、すぐに引っ込んでいた。

 そのせいで、キズナは思うようにダメージを与えられないでいた。


 「ふんっ!!!」

 「がああああ!?」


 そんな、巨大カエルと巨大モグラが跋扈ばっこし、色とりどりの魔法が飛び交う危険地帯。

 魔境と化した校庭で、異世界人と果敢に戦うのは、矢倍高校の生徒である。

 学年を問わず、戦える者のほとんどが戦っている。残りは、非戦闘員の護衛だ。


 侵略に来た異世界人の軍隊は、散々な目に合っていた。


 武器を持った多数の男女にたかられ、リンチされた者。

 素手で目を潰されたり、天高く投げられたり、全身の骨をへし折られたりする者。

 未知の力で吹き飛ばされ、拘束される者。


 死者がいないのは、はっきり言ってキズナの意向によるものが強かった。

 キズナが、捕まった異世界の蜥蜴人、レブリガー・ヘルカイトと仲がいいため、その関係で捕縛することが決まったのだ。


 「こ、こいつ強いぞ!?」

 「じゃあかしい!!! 死に晒せぇっ!!」

 「ぎゃああああ!!!」

 「チッ、ゴキブリみたいに湧いてきよる。まったく埒が明かんのぉ、ウェンディゴ?」


 魔法を行使しようとした瞬間、顔面を砕き割る勢いで鉄拳を叩き込んだのは、大男だった。

 時代錯誤もかくやというほど、一昔前の不良スタイル。

 学ランに学生帽、それに加えて鉄下駄というのは、彼がいにしえの不良であることを表している。


 格好以外はカタギに見えない彼は、誰もいない場所に声をかけた。


 「あ、ああ……ああああ!?」

 「ク、クク……暴れ足りないようだな、ケン……」


 まるで気配もなくいきなり現れ、その場にいた兵士を蹴散らしたのは、ケンよりも更に大きな男だった。

 肌や髪は白く、目も赤いというアルビノの特徴をしている彼。しかし、手足は異常なほど長い上、病的なまでにやせ細った彼は、恐ろしい雰囲気を放っていた。


 ケンが190cm前後だとすると、彼はどう低く見積もっても250cmはあるという、常識外の背丈である。

 また、声もとてつもないほど低いため、まさにカナダのネイティブアメリカンに伝わる『ウェンディゴ』のようだった。


 「あのモグラが邪魔やのう……知ってそうな奴に吐かせるか」

 「それがいい……力を貸すぞ」


 2人が目をつけたのは、異世界軍の中でも気弱そうな兵士だった。


 彼は、指揮系統が早々に集団リンチというき目にあい、混乱しつつも代わりが何とか持ちこたえているが、目の前で指揮官が無惨な姿になるのを間近で目撃してしまった哀れな新兵である。


 怯えつつも懸命に任務を達成しようとする新兵は、不幸にも化け物2人に目を付けられてしまったのだった。


 「丁度ええ。アイツから聞くか」

 「ククク……流石ケン、容赦が無いな」


 2人は、兵士が数人で固まっているところを襲撃し、瞬く間に捕らえてしまった。


 「な、何だ貴様らは!?」

 「なぁお前、あのモグラの弱点知っとるやろ? 教えてくれんかのぉ……」

 「い、言わないぞ! 拷問には屈しない!」

 「ほぉ、そりゃあ立派なこっちゃ。お前は正しいぞ。でも、言わんとなぁ……こうじゃ!!!」


 ケンは、情報を吐かなかった新兵に対し、ニヤリと笑った。

 そして、拳を振り上げ、叩きつけた――


 「ぎゃああああ!? お、俺の腕がぁ~!!! な、何で!?」

 「え!?」


 ――新兵の隣にいる兵士の腕に。

 骨が飛び出るほどの開放骨折を負った兵士は、痛みと疑問にもだえた。

 何故、自分がこんな目に合っているのか。質問されているのは、隣だろう、と。


 一方、新兵は突然行われた、自分以外への暴力へ混乱した。

 自分を拷問するなら分かる。だが、関係のない者をいたぶるというのは、新兵の常識では考えられなかった。


 「お前は気弱そうじゃからのぉ、ちっと傷つけただけで泡吹く思うたんじゃ。じゃから、代わりに隣の奴を潰すことにした」

 「は!?」

 「吐かんと、ほれ」

 「ぎゃっ!!」

 「脚が死んだな。次はドタマかち割んぞ~」

 「や、やめろ! 言うからやめろ!」


 同僚が手足の開放骨折という大怪我を負ったのを見た新兵は、情報を言うことに決めた。

 これ以上は本当に同僚が死んでしまうと考えたからだ。


 事実、ケンは例え自分の手で兵士がいくら死のうと、良心の呵責を感じることは無い。

 ケンは危険人物であり、矢倍高校を堂々と練り歩く狂人の1人だったのだ。


 これには、流石のウェンディゴも、捕まった兵士達への同情を禁じ得ない。

 だが、殺す気で攻めてきたのは異世界の兵士達。哀れみこそすれ、止める気は毛頭なかった。


 「ビッグモングラーの弱点は、大きな音だ」

 「ほぉ、デカい音。そいつは結構。じゃあその、ビッグモングラーとやらを操っとる奴はどこじゃ?」

 「わ、分からない。どこにいるか分からない」

 「575か、ふん。まあええわ。お前は眠っとけ!」

 「ぐあっ!!」


 用済みとなった新兵の顎を強打し、昏倒させたケン。

 彼らはそのまま、ビッグモングラーを操っている者を探そうとしたが……


 『ビッグモングラーよ! そのまま地下を掘り、立てこもる者を皆殺しにするのだ!!!』

 「探す手間が省けたな……クク……」

 「兵が全滅して、ヤケクソんなったみたいやのう。カエルは残っとるっちゅうのに」


 カエルはまだ残っているものの、兵士は全員が捕縛されていた。

 ビッグモングラーを操る自分がやられれば、勝ってもどうにもならない。そう焦ったところで自棄やけになり、1人でも多く道連れにしようとしているのは明白だった。


 『うわああああ、揺れるっ!』

 『ああ、窓ガラスが!』

 『お、落ちる~!!!』


 校舎の直下で局地的な地震が巻き起こる。

 ビッグモングラーは着々と地中を掘り進め、学校の地盤を破壊しつつある。


 先程までは、定期的に穴から顔を出したりしていたものの、今回は全く出てこなかった。

 アンドロマリウスがカエルの対処に追われている今、自分達で何とかしなければ、校舎にいる者達の命が危ない。


 しかし、傾き、沈む校舎を支える者達がいた。


 「いやはや。校舎を持ち上げる魔法は、久しぶりだねぇ」


 長い杖を持った、桃銀の少女グリット。

 ローブのように改造されたブレザーをなびかせ、杖を振るう。

 彼女が魔法で校舎を固定し、これ以上沈まないようにしたのだ。


 「グリット、ここは我々も」

 「おお? これは助かるね、楽になったよ」


 さらに現れた、数人の集団。

 彼らは、杖を持たず、手で印を結び、グリットを補助する。


 そう。彼らこそは、グリットの秘術により、内なる力に目覚めた者達である。

 魔法、超能力などは問わず、超自然的なパワーを扱えるまでに至った彼らは、その力を存分に発揮し、自分達の学び舎を守っているのだ。


 「あれは……ええのう、安心じゃ」

 「では……奴を潰すとするか」

 「行くぞお前ら!!!」

 『ウォォォォ!!!』


 校舎が問題ないことを知った彼らは、揺れる大地を踏ん張り、指示を出している兵士までたどり着き、その場にいる全員でリンチにした。


 「おどりゃあ、クソボケ! モグラ止めんかい!」

 「ぐ、ぐぐ、無駄だ! 最早ビッグモングラーは野性にかえった!! もうこちらの命令は受けつけない!!!」

 「はぁ!? じゃあ死ね!!!」

 「ぐ、がああああ!!!」


 飢えた獣じみた生徒の群れに放り込まれ、死なない程度にボロ雑巾にされる。


 それを後目にケンは、地盤が無くなり傾いた校舎を見た。

 グリット達が支えているものの、ほんの少しづつ、沈んでいる。

 だが、窓からのぞく生徒の目は、まだ諦めてなどいなかった。


 ケンはニヤリと笑い、声を張り上げた。


 「お前らああああ!!! デカい音じゃああああ!!! 放送でデカい音を流せええええ!!!」

 『わかったああああ!!!』


 生徒の何人かが、揺れる校舎の奥へと走って行く。


 『ゲロロー!?』

 「よし!! カエルは終わった!!! モグラは……!?」


 ちょうどアンドロマリウスが、最後のカエルを串刺しにした。

 その直後であった。




 デェェェェェェン!!!!!!!!




 学校の放送により、ツァーリ・ボンバもかくやというほどの爆音が鳴り響き、その場にいた者の鼓膜を激しく揺さぶった。

 校舎の中にいる者の中には、耳から血を流す者も。


 その後に聞こえた歌詞からして、誰が何と言おうと、ソ連国歌だった、


 「誰が音割れソ連国歌流せ言うた〜!?」

 『ソビエトでは、国歌が音を割るのデース!』

 『モグ~!!?!?!?!?!??!』


 突如として鳴り響いた、音の割れたソ連国歌に、ビッグモングラーはたまらず地面から飛び出した。

 あまりにも勢いが強すぎて、宙を舞うほどだった。


 「もらったぁぁぁぁ!!!」

 『モ、モグ~……』


 そんな隙を見逃すキズナではない。

 槍のリーチを生かした、的確な一突きで、ビッグモングラーの頭部を貫いた。


 爆散する勢いで頭部の大部分を失ったビッグモングラーは、数度の痙攣の後、沈黙した。


 「勝ったぞおおおおぉぉぉぉッッッ!!!」

 『ウオオオオォォォォォ!!!』


 学校側の完全勝利だった。




 ――――――――――




 【ケン】

 ・顔の濃い、古き良き番長みたいな格好をした生徒。だが1年生。

 キズナとは、河原で殴り合って仲良くなった。

 見た目の通り仁義などを大切にし、戦えない者には基本的に手を出さない。ただし、卑劣な敵対者には熾烈な一面を持つ。


 【白鬼】

 ・身長は250センチ、痩せこけたアルビノの男子生徒。ウェンディゴの子として畏れられていた。

 極限まで絞られた筋肉の狒覚と違い、本当に骨と皮しか無い。顔も凶悪極まりなく、まさに鬼である。

 だが、その見た目に反して身体能力は驚異的で、いつの間にか相手の背後に立つ、隠密が得意。

 【エル・ブランコ】という妹がいるらしい。


 【ミサンダーストード】体型:カエル 身長:10メートル 分類:両生類

 ・誤解されがちだが、カエルである。

 ミサンダーストードを見た者は、『ミサンダーストードが毒を持っていると誤解する』という錯覚を起こす。

 これも、厳しい自然界で生き残る進化である。

 『あれ? こいつ毒持ってませんでした?』

 『そいつぁ、誤解だよ』


 【ビッグモングラー】体型:モグラ 身長:30メートル 分類:哺乳類

 ・デカいモグラ。

 土魔法も得意なので、地面の中を楽々掘り進めることができる。

 大きな音に弱く、地面に潜ったところで音を立てると、驚いて飛び出してくる。

 『可愛い顔してるでしょ? でも、畑を荒らしまくる害獣なんですよ』

 『だから畑には銅鑼や、音の出る魔法を使える者が欠かせないのか』

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