第7話 兵士の処遇


 「先輩! 大丈夫だったか!」

 「お、おう。まあ、うん。お陰様で……ありがとう」


 近寄ってきたキズナは、いの一番にこちらの心配をしてきた。

 凄いいい笑顔が眩しい。


 とくに怪我も無い俺を見て安心したのか、何度も頷いているキズナ。

 そんな彼は、俺とは別の2人に目を向けた。


 「それで、こっちの爺さんは? もう1人の先輩は分かるけど」

 「わしは本間餓智蔵。科学者をやっとる」

 「確かに! ヤバい研究してそうだな!」


 歯に衣着せぬ物言い。美徳と取るか、欠点とするかは分かれるところだ。

 だが、それは本当のことなので、やはり鋭い勘を持っているようだ。


 キズナは、今度はアルルカンの方を向いた。


 「アタシはアルルカン・オーギュスト。よく先輩だって分かったわね」


 ブレザーでの見事なカーテシー。一見すると淑女っぽいが、中身は多分ゲスだ。外面が完璧なのが腹立つ。

 というか、やっぱ目立ってんじゃねぇのか。

 そりゃ、丸一年もかけた壮大なガバ、気づかない奴がいないなんてことはないだろうよ。


 「だって、この高校の生徒の名前と顔は、全部暗記してるからな!」

 「!?」


 キズナは、まばゆい笑顔でそう言った。

 キズナはキズナでとんでもない奴だった。

 典型的な熱血馬鹿と思っていた、というか偏見があったが、そうではなかったらしい。


 地頭はいいタイプだろうか。いや、そうでなくとも、必死に頑張った可能性もあるな……どちらにせよ、凄いとしか言いようが無い。

 まさに主人公の器だ。恐らく、この世界の主人公はキズナで間違いないだろう。


 「何と言うか……凄いなぁ」

 「語彙ごいが貧弱すぎるわよ」


 アルルカンからありがたいお言葉ツッコミを貰ったところで、俺は改めてキズナを観察した。


 髪は茶色に近いが、かなり赤みがかっている。染めている、という風ではない。

 身長は、俺とアルルカンが見上げるくらい高い。恐らく、180センチはある。ちなみに、本間博士も同じくらい高いし、年齢の割にはガタイもいい。


 顔立ちはとても整っており、爽やかで快活そうなイケメンといった感じである。自信に満ちあふれた笑顔が素敵だ。

 全体的な感想は、頼りになる兄貴分といった感じである。年下だけど。


 そんな風に、キズナをボーッと見ていると、博士が何かを思い出したように、タブレットをキズナに向けた。


 「そうじゃ。お前さんにも報酬を渡さんとな。ほれ、お前さんにはこれだけの報酬金が出るぞ」

 「報酬金? オレは、別に金が欲しくてやった訳じゃねぇぞ?」


 何て人ができているのだ。

 正義感とかから行動に出てくれたのだろう。

 そしてこの返答。報酬目当てではない、実に主人公的である。


 まあ、それは別として、報酬は受け取っといた方がいいと思う。

 何かデカいことやらかした主人公に多額の報酬渡す人の気持ちを、初めて理解できた気がする。


 「まあ、そう言うな。お前のロボットの整備にも、何かと入り用だろうからな」

 「うーん? じゃあ、貰えるモンは貰っとくか……そうだ! 爺さん! 今この金、全部現金にできるか!?」

 「む? おお、できるぞ。早速持ってこさせようか?」

 「よろしく頼むぜ!」


 深く考えずに報酬を受け取ったらしいキズナだったが、彼は何かを思いついたように、電子マネーではなく現金を要求した。

 それに対して本間博士は、タブレットを操作し、分厚いジュラルミンケースを持った黒服を呼び出した。


 「こちらになります」

 「うおー、万札が大量に! ドラマとか映画でしか見たことねぇ!」


 ちらりとケースの中身を覗いたら、ちゃんと日本円になっていた。

 流石にドルで持ってくるなんてことは無いか。


 「何に使うんだ?」

 「そりゃ勿論、買い物さ!」


 1つに1億円入ってるとして、それが10個。つまり10億円くらい。

 高く積み上げられたそれを、キズナは軽々と持ち上げ、校舎の方へと走って行った。

 今更、怪力くらいじゃ驚かないぞ~。でも、前見えてるのかなアレ。


 「何買うんだろうな」

 「さぁ? 高級車とかじゃない?」


 うーん。カッコイイという理由で、それもあるかもしれないが、キズナのような人物が果たして尋常の物品を買うなんてことはあるのだろうか……それは流石に買い被りすぎか。


 「取りあえず、お前達には後で渡そう。それと、降伏した異世界人共の処遇を決めるのじゃが、お前達も来るか? これからの戦いには、必要になってくるだろうからな」


 処遇って。もしかして、死刑になるのや、命乞いを間近で見たりするのか?

 俺は少し遠慮したいのだが……アルルカンの目がこれでもかってくらい輝いている。やっぱやべぇ奴じゃん。


 「そうですね……俺はチラッとだけ見ます」

 「アタシは最後まで見届けるわ。わざわざ異世界にまで来る戦士も、最期にこんな美少女を見れると嬉しいと思うから。アタシって何て慈悲深いのかしら。アンタもそう思わない? ねぇ?」


 こいつ人の不幸のことになると急に早口になるんですよ。

 というか、マジで生き生きしてやがる。笑みが隠しきれてないもん。


 「う、うむ。それでは行こうか」

 「はぁ~い」


 ルンルン気分で、スキップでもしそうな勢いだ。

 ……え? 俺、あんな奴とロボットに乗るの?


 ……せめて、矛先は俺以外でいてほしい。




 ◇




 博士について行くと、校庭に設置された、大きな仮設テントがあった。

 この中で、兵士の尋問などが行われているらしい。学校の敷地内でやるのはやめてくれよ。


 「入るぞ」

 「本間博士! どうぞ、お入りください」

 「うむ」


 出入口に立っていた、ゴツい装備の警備員が開けてくれた。

 中には、拘束された兵士らしき人がいるのだが……


 「……トカゲ?」


 彼らの中には、いわゆる『獣人』らしき者もいた。

 獣耳や尻尾が生えているのはまでマシで、二足歩行のトカゲにしか見えない者もいる。


 「博士、どうやらこの部隊の隊長は戦死した模様です」

 「ほう、死因は?」

 「棒型の魔怪獣……奴らで言う『ガリガリさん』の暴走に巻き込まれたとか」


 敵味方巻き込んでどうすんだよ。俺が言えたことじゃないが、暴走の危険性を持った奴を連れてくるな。止める方法が無いなら尚更。


 「ですが、隊長よりも格が高い者がいるそうです」

 「何?」

 「そこにいるキツネの獣人です。何でも、異世界では名の知れた槍の名手だとか」


 武装した警備員が指す方向には、うなだれたキツネ獣人の女が座っていた。

 そういえば、現アンドロマリウスのロボットも槍を使っていたし、女の声にも聞こえた気がする。


 「ふむ……他の者とは鍛え方からして違うな」

 「分かるんですか?」

 「ああ。手にできたタコ、筋肉のつき方、座ってうつむいていても分かる体幹の良さ。そして何より、達人特有の圧じゃな。獣人ということを差し引いても、目を見張るものがある」


 本間博士の言葉に得意げになったのか、顔を上げてドヤ顔を晒すキツネ獣人。それでいいのか。


 「ふふん。異世界人にしては、よく分かっているじゃないか」

 「伊達に齢は重ねておらんからな。して、貴様の名は?」

 「知りたいのか? フフフ、聞かれてしまっては仕方ない!」


 キツネの獣人は、手を縛られながらも器用にポーズを決めた。


 「我が名はヴィクセント! 『急所突き』のヴィクセントとは、私のことだ!!!」


 椅子の上に立ちながら、高らかに名乗った。

 脚は拘束してなかったのか……いや、よく見たらされてる。よくある、囚人がつけてるような鉄球がついていた。


 それにしても、『急所突き』? 随分と物騒な異名だな。

 だが、声からして最初にアンドロマリウスに乗っていた人っぽいが、あまり強そうには見えない。

 俺の目が節穴である可能性も十分あるけど。


 しかし、ここでニヤケていたアルルカンのインターセプトだ。


 「あ~ら? でも貴女、アタシの不意打ちで吹っ飛んでったじゃない」

 「ぐわああああ!!!」


 アルルカンに傷口をえぐられて、とんでもないダメージを受けている。

 こ、こいつ……相手が動けないってのをいいことに。やっぱりゲスいじゃないか。


 「き、貴様だったのか……! あのサメを操っていたのは!?」

 「正確にはアタシとこいつよ」

 「……どうも」

 「2人だと!?」


 何というかこのキツネ獣人、ヴィクセントは、高潔な騎士っぽい人らしい。

 アルルカンみたいな外道とは、さぞかし相性が悪いだろう。


 「まさか、2対1で卑怯なんて言わないわよねぇ?」

 「ぐっ!」

 「不意打ちだって引っかかるほうが悪いんだし」

 「ぐぐっ!!」

 「そもそもあんな隙を晒すなんて信じられないわ」

 「ぐわああああ!!!」


 輝いてんなこいつ。

 勝てば官軍ってか。確かにこいつは、上の立場安全圏で好き勝手やってそうだが。


 そんな、本間博士すら引くほど満面の笑みで煽りまくるアルルカンに対して、声を上げる者がいた。


 「あー……彼女をいじめるのは、その辺にしてやってくれないか?」

 「はぁん?」


 声のした方向を見る。


 「お楽しみのところ、申し訳ない。しかし、捕まってる手前で言うのもなんだが、これが地球での捕虜の扱いなのか?」


 口を開いたのは、赤いトカゲ人間(恐らくリザードマンとかそんな種族だろう)だった。

 向こうから侵略してきたものの、言ってることは至極まともである。

 

 「はぁ? アンタらから仕かけてきて、勝手にやられたんでしょ? 殺されないだけマシと思いなさいな」

 「耳が痛いな。だが、俺とて何も無しにやめろといっているのではない」

 「ふむ。それは貴様らを助命し、あまつさえ待遇の改善ができる何かを出せるということか?」


 ずい、と後ろから出てきた本間博士が言った。

 博士のことなので、捕虜といえど殺すということは、十分にありえるだろう。


 「ああ、俺にも出せるものがある。では、失礼……」


 赤いリザードマンが口を半開きにし、集中している。

 その横で警備員が警戒し、博士や俺達を守っていた。


 「んんっ……が、ガハァッ!」

 「えぇ……」

 「きったな!? え、きっしょ!?」


 何をするのかと思えば、嘔吐だ。

 俺は今、リザードマンのゲロというレアな光景を目にしている。う、嬉しくない……

 しかも何か、ミントのように爽やかな香りがして不気味だ。


 「ん? これは……?」


 その吐しゃ物に交じって、何かが出てきた。

 それを、防護服を着た作業員が、恐る恐る拾った。


 「それは……ゲホッ、ゲホッ! 失礼。それは記録用の魔石だ」

 「記録用の魔石?」


 魔石か。異世界ものの作品なら、モンスターの体内にあったり、鉱山で採掘したりするのが多いが。


 「それには、貴方型が欲しいだろう、『統一魔道帝国マジック・モンス』の機密情報だ」

 「何!? マジック・モンスの情報じゃと!?」


 マジック・モンスて。魔法マジック怪物モンスターが由来だろうか。それとも、単純に魔獣とか、そういう意味だろうか。

 というか、異世界でも英語使われてんの? ……いや、深くは考えないでおこう。

 

 「それが本物となれば、俺の部下と彼女の助命を願いたい」

 「いいだろう。じゃが、この戦いが終わるまでは魔法は使えんものと知れ」

 「寛大な配慮、感謝する」


 リザードマンは、深々と頭を下げた。


 「ま、待て! 何故そのような魔石を持っていた!? それにこれは、帝国への反逆ではないのか!?」


 丸くおさまりそうなところに待ったをかけたのは、ヴィクセントである。

 まあ、もっともな疑問としかいいようがないが。


 リザードマンは、ヴィクセントを真っ直ぐと見て答えた。


 「ヴィクセント。この際だからはっきり言おう。今の魔王様はご乱心だ、狂っている。貴族も世論も、侵略に強硬派が大半……魔法の使えない地球の人間を人とも思っちゃいない。このままでは、どちらの世界でも、無関係な者が大勢死ぬ。特に、地球人は魔獣のエサにされてしまうだろう。それを止めるには、こうするしかなかった。俺ではこれが限界だ。戦争を止めるには、あまりにも力不足だった……」


 トカゲのような顔なので、イマイチ感情が読みにくいが、悲しみを帯びている……気がする。

 いや、悲しんでるリザードマンなんて見たことないから分かんねーよ!


 「そして魔石だが、これは昔の伝手を使って手に入れた」

 「伝手だと? 明らかに貴族用の魔石など……あ!? まさか!?」


 ヴィクセントが何かに気づいたようだ。


 「その濃い炎の魔力が染みついた赤い鱗! 他のリザードマンには見られない特徴的な角らしきもの! あ、貴方はもしや、あのヘルカイト侯爵にあらせらららせれれるのでは……!?」


 めっちゃ噛んでるし。

 だが、ヴィクセントの言葉に、他の兵士達も一気にざわめきだした。


 「ヘルカイト侯爵!? あの伝説の!?」

 「ドラゴンの一族! まさか生き残り!?」


 聞く限り、やんごとなきお方らしいが。


 「まさか、伝わってるとはね……コホン、我は誇り高き炎の竜。ヘルカイト家当主、レブリガー・ヘルカイトである……まあ、寝てたらうっかり魔力をほとんど地脈に吸われてしまったけど」

 「な、なるほど。それでリザードマンの姿に」

 「それに、さっき少年にやられた時には、おっさんと呼ばれたよ。いやぁ、老けたなぁ」

 「お、おっさん!?」


 家柄が一気にインフレしたな。

 というかキズナ、このトカゲ顔のどこを見て『おっさん』などと判断したんだ。声か。

 確かに、咳払いの後は低くて渋い声だったな……いや、違うか。


 「アタシら、置いてけぼりね」

 「うん」

 「ハァ~……興覚めだわ。もう行きましょ」

 「まあ、いても仕方ないしな。博士、俺らもう外行きます」

 「む? ああ」


 煽る雰囲気ではなくなったのか、アルルカンが出ようとするので、便乗して俺もついて行く。

 テントから出ようというところで、博士から声がかかった。


 「2人共、ご苦労じゃった。しばらくは魔怪獣も出んじゃろうから、ゆっくり休め」


 労いの言葉だった。

 それに対し返事をしてから、俺達はテントを後にした。



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