桜咲く頃
@say-sensei
新学期
「先生、おはようございます!」
室内に響く子どもの声。今年の春はどうやら少し肌寒いらしく、満開の便りを待たずして新学期を迎えることになった。
今年の担任は4歳児クラス。約20名程の人数だが補助で入ってくれる先生を除けば担任は一人。保育士として働き5年経つが今回が初めての一人担任だ。園長は、
「あなたなら信頼してこのクラスを任せられるわ」
と、話していたが関わりの少ないクラスだったため聞かされた時は正直困惑した。今日はその初日。一人ひとり名前を呼んでいく。
「はい!」と元気のいい返事。全員の名前を呼ぶと子どもたちの視線は一気に自分の方に集まった。進級の喜びからか、不思議と目が輝いているように見えた。
「今日からみんなはそら組さんだね。また一つ大きくなりました。そら組さんの先生はけいや先生です。みんなよろしくね!」
一通り自己紹介を終え、色々な約束事を確認した後早速子どもたちと園庭に向かった。
閑静な住宅街ではあるが敷地が広く、のびのびと走り回ることができ、おまけに様々な樹木や畑まであるのがうちの保育園の自慢でもある。大人でさえ心をくすぐられるようなそんな仕掛けが室内外多数あることもあり、それを目当てに入園を決める保護者も少なくはない。
「けいた先生!けいた先生!」ここの保育園は先生の名前を下の名前で呼ぶのが特徴的であり、そのせいもあってか自然と子どもたちの距離が近づくのも早いように感じる。
「どうしたの?しん君。あとけいた、じゃなくてけいや、だよ」
「けいや先生、しんのこと追いかけて!」
「よーし、まてまてー!」
空高く響く子どもたちの笑い声。こうして新たな新学期を迎えたのであった。
進級してから2週間が経過した。その間小さいトラブルはあったものの子どもたちも新しい生活に慣れ落ち着き始めた。ただ一人を除いて...
「なんかけいや先生のクラスっておちついてるよね~」
「なんだかねーでもお互い色々たいへんよ」
隣の年長クラスのゆきこ先生だ。
「にじ組はなんだか落ち着かないもんね」
「ほんとっ、あの元気は一体どこから来るのか」
「けいや先生、ちょっといいですか?」
副園長の声だ。ちなみに副園長とはここに入った時から一緒の同期で同じ男性保育士、おまけに年齢まで一緒でよく仕事終わりにご飯に行ったりしていた。
「またお説教ですか?」
「いや、違くて。さっき電話があって.....」
....これは嬉しい知らせなのか。一瞬困惑した。
「はると」が退院して戻ってくる。病気をして入院していたのは知っていたのだが、症状が改善し登園できるようになったらしい。
「来週から登園する予定なのでよろしくお願いします」
やっと全員そろってのそら組がスタートする。心なしか、ワクワクするようなドキドキするような。不思議な感覚だった。
週末には保護者会がある。あまり面識のない保護者の前で話をすることはさすがに緊張する。そんな緊張をよそに事件は起きた。
「ねぇ、ちょっと待って!!」
「もう知らないもん!!」
いつも一緒に遊んでいた「ゆめ」と「えりな」が大げんかを始めたのだ。怒りと悲しみからか「ゆめ」は室内を飛び出し、廊下の隅で声を上げて泣いていた。直前まであんなに笑顔で遊んでいたのに、あの二人がここまでなることは考えられないのでよっぽどのことがあったのだろう。
「ふみえ先生、ゆめちゃんちょっとお願いしてもいいですか?」
「ゆめ」をふみえ先生にお願いし、ひとまず「えりな」の話を聞くことにした。
「えりなちゃん、大きな声出してたけどどうしたの?」
「あのね、ゆめちゃんにもう遊ばないって言われたの」
「どうして遊ばないって言われちゃったのかな?」
「うーん、わかんない…」
「そっか、とりあえず後でゆめちゃんのお話も聞いてみるからその時お話してみようか」
小さい時からの付き合いだという子とは知っていた。何をするにも二人は一緒だった。だからこそ、ここまでの大喧嘩は不思議でならなかった。ふみえ先生に「ゆめ」を託したが、泣き止むことなく「ゆめ」を呼び戻し話をしたが、その日「ゆめ」の口から真実が語られることはなかった...
夕方お迎えに来た二人の母親に今日のことを話した。お迎えのタイミングはそれぞれ異なったが、どちらの母親もはじめはびっくりした様子を見せ、「この時期にはよくあることなんですかね?」と二人のケンカを不思議がっていた。
「もし、お家で何かお話していたら教えてください。」
お互いの母親に家での様子を見てもらうようお願いをした。
「保護者会を直前になんかもやもやするなぁ...」
そんな気持ちを胸に迎えた翌日。保護者会は滞りなく進み、無事に終了した。
「ゆめ」「えりな」の両保護者は特別昨日のことに触れることもなく、表情も明るかった。終了後、二人の母親に話を聞くと
「ケンカしたとは言ってましたけど、なんかあんまり気にしてなさそうでした」
と、まるで何事もなかったかのように話をしていた。一体何が原因だったのか...
迎えた月曜日。「ゆめ」の朝は早い。出勤する前にはすでに登園していた。表情も機嫌もよさそうだ。しばらくすると「えりな」が登園した。むしろ「えりな」の方が少し不安そうな顔をしているように見えた。一緒に遊びたいが、遊んでくれるか気にしているのだろう。そんな心配をよそに「ゆめ」は声を発した。
「えりなちゃん!一緒にあそぼ!」
「...うん!」
「えりな」の顔は瞬く間に笑顔であふれ、手をつなぎながら今まで通り遊び始めた。二人の世界観は独特だ。正直大人が簡単に踏み入れられるような簡単に理解できるようなものではない。しかし、この時だけはなぜかはっきりとわかった。
この二人は紛れもない親友であると。
そして、とうとう「はると」が登園してくるのであった。
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