第0章 <執政>

11月7日 <殿下の苦悩>

 フィルゼスヴェリア・オーベルバード・S。

 帝国連邦の帝位継承者であり、執政官しっせいかんであり、国軍最高司令官である。その幼い見た目に反して、温厚で人当たりがよく、また物事を達観たっかんした性格を持つが、陸軍と裏切りが嫌いだった。

 わずか14歳という若さながら、この国の実質トップとして君臨する殿下は、臣下や国民から『帝国唯一ゆいつの希望』と呼ばれていた。

 それには訳がある。

 殿下には聡明そうめいで気品さに加え、誰にも負けない強運……悪運があった。いくどとなく訪れた危機きき……中には死を覚悟したものもあった。本気で自決を考えたことも、何かが壊れていきそうなときもあった。

 しかし、優秀な部下と、冷静沈着れいせいちんちゃくな判断はすべての危機を勝利に導いてきた。

 殿下は語る。


「……この国は、一度崩壊しました。私たちが再び足を踏み入れた時、この国は『光』が消え『闇』が支配する……私たちが誇りをもっていた祖国は去っていました。

 -(中略)-

 私たちはこの国を変えなければなりません。

 時代錯誤の、愚かなおろかな考えを葬り去り、ありとあらゆる分野で、ありとあらゆるものを改革していく必要があります……」


 自らが執政官についた時に語った言葉。

 それは、帝国というボロボロの屋敷を、土台から立て直すという決意の表れであった。成し遂げなしとげれば、帝国はかつての『光』を取り戻すことができただろう。


 し か し、 成 し 遂 げ ら る こ と は な か っ た。


 帝国は悲惨である。

 ボロボロの屋敷は、土台はおろか土地そのものが死んでいるような状況。

 屋敷が、屋敷として原形をとどめていられるのも時間の問題だった、

 かつて、殿下と共に戦い、クソまみれになった帝国を取り戻した同志たちは、いまや自分たちの利益にしか追究しない愚か者に成り下がる。


 権力をめぐる闘争とうそう、派閥間の終わらない抗争こうそう

 巨大で、なおかつ時限爆弾のような現状は、もはや帝国が末期であることを暗示していた。

 表で、手を取り合っている奴も、自らの権力の保持や獲得のために暗躍する。容赦はせず、妥協はしない。

 帝国の危機は、もはや危険な状態である。


 我々は、に備えて行動しなければならないだろう……。

 1)既得権益きとくけんえきにしがみつく官僚。

 2)汚職おしょく腐敗ふはいに満ちた大企業。

 3)社会主義、進歩主義、共和主義、世界革命闘争などが混じる左派政党連合。

 4)保守主義、自由民主主義に結集し始めた右派政党。

 5)かつての栄光を取り戻したい国家主義者、軍国主義者。

 6)国家すら否定する無政府主義者。

 7)帝国からの独立と帝国解体を願う分離ぶんり運動。

 8)フィルゼスヴェリア自身に異議を唱える異端主義。

 9)帝国政府に平気で従おうとしない地方政府。

 10)かつて帝国を裏切った陸軍陸中派の残党。

 11)陸軍の最大派閥である陸軍帝大派。

 12)不穏ふおんな動向を見せる秘密警察カルゲポ。

 13)闇の世界で暗躍あんやくを続ける非合法組織

 14)本国の崩壊による独立を望む植民地各国

 15)人類の多次元進化を掲げる超人主義

 16)派閥主義に敵対し理想を掲げる学生

 17)文明の根絶を目標とする急進的原始主義者

 18)??????

 19)??????

 20)そしてどことも協力せず、ただフィルゼスヴェリアに忠実な者達。

 

 もし、時限爆弾が爆発するようなことがあれば、帝国は再び悲惨と悪夢に支配されることになる。

 止められない闘争は、もはや危険な領域であることに違いないだろう。

 ……歴史が繰り返されようとしている、400年前の歴史が繰り返されようとしているのだ。

 数年前、殿下の父親代わりであった帝国皇帝フェルディナンド帝は、うずまく闘争の中で、銃撃に合い殺害された。

 謀略と陰謀。

 生と死。

 闘うか、殺されるか。

 天国であり地獄である。

 逃走はあまりにも長く、修復不能なまでとなり、この国が分裂という危機が立ちふさがる。

 殿下は、この危機を回避しなければならない。

 


 ……3993年11月7日

 共和主義者の放った二発の銃弾は、一直線にフィルゼスヴェリア執政殿下の小さな体に食い込んだ。

 側近らの目の前での犯行は、あたり一面を阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図と化した。

 白く長い髪の毛は血で赤黒く染まり、透き通るような美しさを見せた肌は青白く変色する。


「まだ息があるぞ! 急いで運びだせ!」


 誰が叫んだか、患部をハンカチタオルで押さえつけ、側近らの手によって車まで運ばれた殿下だったが、頭は力なくうなだれ、苦しそうな吐息がかすかに聞こえる程度。

 明らかに弱ってきていた。

 側近らの懸命な呼びかけに反応は示さない。眉も瞳も動こうとはせず、口を開いて声をはすることはできなかった。

 治療により弾丸は取り除かれた。しかし、容態は深刻である。

 もうすでに昏睡となり、酸素マスクをつけ、治療用カプセルに入れられた殿下に、奇跡のような回復など考えられなかった。

 心電図の音は等間隔で病室に鳴る。しかし、家族や側近らはいつこの音が消え去るか分からない恐怖に震え、怯えていた。

 

 この事件は、まだ世間に知られていない。

 事件現場にいた帝国元帥アドルフ・アルベルトと侍医ウィングストン・スティルアート。連絡を受けた帝国首相ヨーゼフ・アルバートと統合軍参謀総長さんぼうそうちょうユリア・アルドリッジ。

 派閥と権力の闘争とうそうが渦巻くこの国で、彼らは決断を下す。殿下の回復を信じ、それまでの間帝国を守り抜くことになるだろう。

 

 だが、本当にそれは続くのか?

 

 共通の主を失う危機にある今、が帝国にどのような影響をもたらすのだろうか。

 未来は、栄光を掴むのか、はたまた破滅へ進むのか。


 帝国の崩壊は近いのかもしれない……。

 

 

 

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