11月7日 <ナンバー2>

 帝国影の摂政せっしょう

 混迷こんめい極まりないきわ帝国において、アドルフ・アルベルトというのはどうしても無視できない存在だ。

 陸軍の将校としてそのキャリアを積んでいたアルベルトは、帝国の混乱を生き残り、そしてフィルゼスヴェリアと出会ったことで、アルベルトは”殿下に最も愛され最も信頼された軍人”という確固たる地位を手に入れた。 

 彼は殿下に対する庇護欲ひごよくと未来の皇帝を守る責務せきむ、帝国の未来を照らす人物として惹かれひかれ、忠誠と敬愛に満ちていた。殿下もまた軍人として実に優秀で、自らの芯を貫き通そうとする心と、絶対に裏切らないという直感から、殿下は子供のように懐き、そして惹かれていた。


 彼は軍人として有能である。

 殿下からの信認その強力なリーダーシップと、政府内屈指の改革派として知られたアルベルトは、権力闘争に巻き込まれることなく、35歳という若さで国軍の最高位である”帝国元帥”の階級と、陸軍トップの”陸軍総司令長官”となった。自らの直属ちょくぞく部隊に『アルベルト軍集団(46万人規模)』の精鋭を持ち、『皇宮近衛隊このえたい』『帝都守備隊』を設立した。

 時には殿下の目となり耳となり手となり足となり、綺麗きれいごとから汚れ仕事まで。殿下の望みとあらば、どのような無茶苦茶な要求でも受け入れていた。

 陸軍改革の旗振り役として、大きな影響力を持った彼は、帝国を支配する5人組(アルベルト元帥、ロズディエール元帥、アルドリッジ統合参謀総長、スティルアート侍医長、アルバート首相)のリーダー格として、強大な影響と権力を与え続けていたことから”影の摂政(幼君の代わりに公務を行う者)”と呼ばれたのだ。


 だが、彼の心は殿下に対する忠誠心と共に、もう一つの側面が露見した。陸軍内部にいる共和主義者による反乱の後、彼は自らの権限で『指令第4号』を発令した。

 それは、共和主義者の疑いがある人物への令状なしの逮捕と、即決裁判を認めるもの。これによって国内の治安は、恐るべき速度で回復していたが、発令した『指令第4号』はアルベルトのもう一つの側面である残酷性ざんこくせい……残虐ざんぎゃく慈悲じひも同情もない側面が見え隠れしだす。『指令第4号』は、1週間で13万人を逮捕し、うち8万人が……

 

 ……彼は、帝室と帝国への忠誠と共に、それを否定する裏切りもの……彼の場合は共和主義者と売国奴を心の底から嫌悪していた。

 裏切りとは、愛国心・友情・信頼すべてを破壊はかいする行為。

 帝国そのものを否定する、裏切り者の存在がかつての敗北と、その後の混乱の原因を作り出した。

 憎悪と嫌悪の炎が彼をここまで育て上げたといえる。だが、彼の心に積もった憎悪ぞうおの炎は、フィルゼスヴェリアという強力なストッパーのおかげで表には出ず、あくまで彼自身の思考でしかないだろう。

 だが、そのストッパーが消え去ろうとしている今、彼の思考がどのように作用するのか分からない。

 敬愛していた殿下が、あろうことか裏切り者である共和主義者に殺されかけた今、彼は激しい動揺と強大な憎悪、報復心を持たせることになるかもしれない。


『”私は臆病おくびょうである。しかしその信条を曲げるほどの臆病ではない。私は偉大な審判を行うものとして裏切り者を破壊する使命があるのだから”』

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