空に走る

麻木香豆

第1話

 ダブルベッドの上に、そして僕の横にはもう君はいない。

 何も手につかない日々が続く。仕事が繁忙期になり、生活のためにもとスイッチが切り替えられるようになったが、一日が終わって家に帰ると君のいない部屋に虚しさを感じる。


 昨日の夕方、驚いたさ。君の名前で届いた手紙がポストに入っていた。もう死んじまったのになんでと思ったが、そういえば10年前にとある観光地で「10年後の手紙」というものを書いた。互い宛に。


「最愛のアオイへ

 10年後には法が改定されて同性婚も認められる社会になるさ。それに向けて一緒に働きかけていこう。仲間たちを集めて。

 そして僕らはきっと今以上に幸せになれる。いや、なってるから。子供ももうけるかはその時次第だが、素敵な家族を作りたい。10年越しのプロポーズ。


 アオイ、僕と結婚してください


 ツカサ」


 YES、と答えたいのに。君は旅立ってしまった。窓から見える空のかなたに。


 10年経っても同性婚は認められてない。地域によっては認められるらしいが僕らの住む街ではダメであった。仕事柄引っ越しはできなかったし、彼の骨に癌が見つかってしまった。とてもショックだった。


 僕の家族は応援してくれたが、君の家族だけはダメだった。


 でも君は実家に帰りはせず僕のそばで最期を迎えたいと頑なに言い、その通りになった。

 亡くなったあと半日、冷たくなった君の横にぴったりとくっついて眠った。全裸になり人肌で温めれば君の体温も上がり蘇る、僕はなんて馬鹿なことをしたと。今を思えば。


 事実婚に近い形だったが、結婚していない、僕たちは家族でないから君の荷物は全てあちらの家族のもとに行ってしまった。懇願して骨の一部を分けてもらった。


 悲しくて悲しくて涙が止まらなかった。同性同士だから……何度も仲間たちと訴えかけてきたことも跳ね除けられ、苦しんでいく。

 この10年で仲間たちは増えた。陽気で活発的なツカサのおかげだ。


 あとツカサは一つとあるものを残していた。骨の癌と診断され治療をする前に残した君の精子。冷凍して保管してある。維持費もたまったもんじゃないが。それをあちらの家族に伝えた。返事はなかった。一人息子のツカサ。孫を残してやれないと嘆いていたな。


 僕と出会ってしまったから。ごめん、ツカサ。そしてツカサのお父さんお母さん。


 もう僕はなんのために生きるのか。彼の遺志を受け継いで他の同性婚を認められたいという人たちのためにさらなる活動をしていくことなのだろうか。

 君は精力的に全国的に走り回っていた。僕はそれについていくだけだった。これからは僕が君の代わりに……。

 君が死んだこのベッドの上で僕は目を瞑る。


 そういえば、手紙を書いた当時は互いに実家暮らしをしていた。その後僕の実家の離れの部屋に君が同居をしてたからそのまま僕の実家の住所に君からの手紙が来た。

 だから僕の君宛の手紙は……ツカサの両親がいる実家のところに届いている!


 ああ、あの当時……なんて書いたのだろう。ツカサ好き好きとか、死ぬほど好きーっ! ってまだ僕は20代前半、君は10歳上で。ツカサラブすぎて大人な君が苦笑いするほどだったから相当痛い手紙を書いていたかもしれない。

 

 一瞬、ベッドの上でこのまま死のうと頭の中によぎったのだが、死ねない、余計に死なない。いや、あの手紙を他の人に読まれたら反対に死ぬ。


 そこに僕のスマホへ着信があった。死ななかった。そう簡単には死なせない。

 ダブルベッドの上で暴れてた僕は慌てて電話に出た。ツカサのお父さんからだ。


「昨日、君からの手紙が届いた。10年前のだ」

「ああっ、その……中身は」

「見ていいかどうかを君に確認したかった」

 よかった、開けられていない。ホッとした。

「……あのときは、息子が死んだときは心ない言葉をかけてしまい、そして君の意見を尊重せず勝手に引き裂くようなことをして申し訳なかった」

 

 前に会った時よりも穏やかな声でツカサのお父さんは話をしてくれた。

「あれからツカサの日記を見た。君との生活や同性婚を認めてもらうための活動記、思いや気持ちを見させていただいた。最初は受け入れられなかったが息子の気持ちを優先させたい」

 ……。僕は窓を開けた。雨音がしたから。でも空は晴れているけど。

 日照り雨か。君とこの手紙を書いた時、途中から雨が降った。晴れていたのに。外で書いてたから文字が一部滲んでいる。

 よく覚えてたろ?だって君との思い出は一つ一つ大切なんだから。


「で、手紙は開けていいかい?」

 その言葉にハッとした。

「あっ、それだけはやめてくださいっ……そのっ」


 電話先で笑い声がした。その笑い声は君と全く同じものだった。


 懐かしくなり、ふと涙が出た。


 

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