第170話 目に見える影
「それって……少し不味いんじゃないかな…?」
「うん…ちょっと不安にはなるよね。一応本人は『この時期なら問題ないはず』とは言ってるけど」
「ボクからは想像も付かないんだけど…何があったの?」
「何が……と言われるとなぁ……ちょっと答えに困るかも」
耀とルルエラが制服姿で肩を並べているのは学院内のカフェテリア
食堂とは別で存在するカフェテリアには軽食やコーヒー、紅茶程度の物を提供する生徒達に人気の施設であり教員も良く立ち寄る…どちらかと言うと下級生よりも大人や上級生が通っている場所だ
そこでサンドウィッチを両手で持って、もっもっ、と口に運ぶルルエラは耀の言葉に目をパチパチと瞬かせていた
事は2日前の話
耀が朝霧に連れて行かれた先で終末戦争をかくやの勢いで戦う彼方と雫の2人を見届けた。
正真正銘の地獄を作る規模の戦いは技が放たれる度に大地が震えて星が悲鳴を上げているかと錯覚する程…いかに2人の戦闘能力が桁外れているかを物語っていた
その戦いは誰も予想していない程にヒートアップを果たし、遂に彼方が戦いを止めたことで雫側の勝利を認めた形となったのだ
……問題はここからである
彼方は現行の最新式魔導鎧『リベリオン』と、かつて魔神ディンダレシアを倒した決戦鎧『ロンギヌス』と2つの超兵器を持ち込んだのだが……これを雫の手によって両方とも破壊されたのである
彼女の破壊の魔力は凄まじく、彼方の鎧にデフォルト装備されている再生機構すらも貫通して破損させてしまう物だった。
そして彼方は、生身ではそれ程強くない、という弱点を抱えている…
要するに、彼方は現在…身に纏える魔導鎧をほぼ全損しており個人の戦闘力としては非常に手痛い低下を招いている状態なのだ。
彼の強さは魔導鎧を操りきった際のもの…これが無ければ魔神族との戦闘など不可能とすら言える
朝霧曰く「ライ○ーベルトが壊れたようなものよ」だとか…彼女も大概オタクである
それはさておき……彼方も現在は「黒鉄の勇者はひとまず休業だなぁ」とぼやく状況であり、最優先で自らの最新式魔導鎧を造り出さなければならなくなった。
彼は愛機『リベリオン』にはアップデート方式を取っていたことも起因している…一つの鎧に対して素材や術式の置き換え、技術の更新を常に行い続けていたのだ
そのせいで最新式を造るまでの誤魔化しが効く替えの魔導鎧が無いのである
…これはひとえに『リベリオンの作成コストがあまりにも高過ぎる』事に原因があった。
要するに…こんな手の掛かる物を2つも3つも造ってられない、と言うことだ
人類側にとってはこれ以上無い程のパワーダウンになりかねないのだが……魔神族はさらに手痛いダメージで身動きが取れていない事と重なったとあり、彼方の新兵器開発の時間は確保出来ている…と言うのが本人の予想だ
と言っても、彼方本人の戦闘力に限った話であり彼が操る鋼鉄の兵団や兵器郡の数々は彼の思考一つで思いのままに操れる事もあって小競り合い程度の衝突では何も変わらない
あまり細かいことまではルルエラに伝えていいか分からない耀もこれには説明に困った…耀自身も目撃した戦闘のスケールがあまりにも大きすぎて何が起きていたのか分からないレベルなのだ
ルルエラが「はいっ」と手ずから差し出してくれたサンドウィッチに少し恥ずかしさを覚えながらもかぶり付き耀だが、こんなやり取りでも幸せそうに笑ってくれる彼女の姿に「…まぁいっか」と色々と悩みも流してしまった
ーー……なんだろう、最近はルルエラが絡むとわりと色んな事がどうでも良くなってしまう気が…
そう思わないでもない耀なのであった
「あ、そう言えばティファから手紙が来てたよ?もうそろそろ王都に移動してくるんだって」
「ってことは聖都の復旧と大掃除は目処が立ってきたんだね。僕達が戻ってから何日か経ったけど流石に早いなぁ」
「冒険者総動員だったもんねー…出稼ぎで来てる冒険者も居たし、よっぽどお金ばら蒔いてたのかも」
「…まぁ女神のお膝元が虫汁まみれじゃ格好付かないし、聖都上層部もある意味必死だったんじゃないかな」
「でもそのお陰でティファも防具の更新とか出来たみたいだよ。ユーラシュアの森までの旅費に回してたから今までは出来なかったんだって」
「あー…倹約家っぽいもんね、ティファ。僕も何かあった時の為に貯金はしてるけど、ユーラシュアは行ってみたいし…手伝いで付いて行ってもいいか聞いてみようかな」
「あ、いいねっ!ボク達でも何か手伝える事あるかもしれないしっ!ほら、冬とかは学院も春までお休みだからそれまで冒険者稼業で一緒に稼いだりしようよっ」
「ありだね……最近は色々と情勢も不安定だし、付いて行きたいとは思ってたからね。故郷へお墓参りくらいはやっぱりして欲しいよ」
聖都で出会った冒険者の少女、ドワーフ族のティラファナ…愛称はティファ。
彼女とはルルエラもかなり馬が合いこうして文通する事は多くなっていた
耀にも時折手紙が来ることもあるが、どうやら一匹狼でやってきた彼女にとって耀とルルエラの2人はよっぽど懐に入れても痛くない相手になったのだろう。
本人にとっては年齢に反して金級の実力と恵まれた容姿に惹かれて声をかけてくる者ばかりだったのに、この2人は全く違った…と言うのが大きい
共に冒険者稼業もすれば人柄もある程度は見通せる…命懸けの冒険者稼業を共に行えば相手の本性くらいはだいたいすぐに露呈するものなのだ。
その点も2人は満点だった
ティファが生活の為とは別に、滅びた故郷に向かい手を合わせる為に冒険者稼業を続けている事も知っている耀とルルエラ…その力になれれば、と思うのはやはりこの世界において特殊な生い立ちになるからだろう
そこに力を貸したいと思うのも、なにか特別な縁を感じているからだろうか。
それとも…遠くなった故郷を追い求める気持ちが分かってしまう同情からなのか
さて、この後の予定も特に無い2人……今の時間ははっきり言ってしまうとデート中、というやつである。
しかも制服で学内デート、なかなかに大胆な真似をしているのだ。
彼方ですらも彼女達とは学内であまり頻繁に接することはないのだが…この2人はわりと堂々としていた
当り障り無い話から、最近起きた事なんかを話し合う…何て事の無い日常の一幕。
聖都での戦いを経験してからこんな穏やかな時間に一際黄金のような価値を感じるようになっていた耀はなんとも言えない幸福感で満たされているのだ
そんな日だまりのような気分の中に……ルルエラがちょっとキラキラした視線でこちらを見ているのを肌で感じ取る耀。
かなりキラキラしている……瞳の奥に宝石でも仕込んでいるのか疑うレベルだ、明らかに何かをめちゃくちゃ期待している
……まぁここですっとぼける程、耀は朴念仁ではない
彼女が言いたいことなら分かる…それはもう手に取るように分かる。
だって一度は魂の奥まで繋がった相手なのだ、分からない訳がない…だがやはり!ちょっと場所は選んで欲しいと思ってしまった!
ここはカフェ、他の生徒も普通に居るし店員も側を通る事もある!
とは言え……今までの羞恥によるブレーキとは違い「これは……い、いく…?いや…うん……ち、ちゃんと朝霧さんにも言ったし……」と嬉し恥ずかしな悩みが頭の中を席巻した!
そう!
耀は朝霧と先日顔を会わせた時にこの話をしていたのだ!
ズバリ、「耀からちゃんと彼女にアプローチしなければならない」問題である!
今までは日本での学生としての意識や恥ずかしさもあって踏み込めなかった耀だが、やはり聖都での命懸けの戦いや未来視によるルルエラを失った時の絶望感は想像に耐えがたい物があった
この世界を生きる一人の男として、しっかり彼女の事が欲しい…その好意に真正面から応えたい
さて、ならばいつ仕掛けるのか?
ちなみに今日はこの後の予定無し、明日と明後日は週末でお休み、2人揃って週明けまで予定は空いており、加えて期待の眼差しで此方を見るルルエラ……………………………………………………
ーーき、今日……なのかな……!?
ちょっと汗が伝った!
もう秋で涼しいのに!
制服だって長袖、夕方になればブレザーのようなジャケットも着るような季節なのに流れる一筋の汗は緊張なのか…!
このルルエラから向けられる「…しよう、イチャイチャ…!」という期待の眼差し、さっきからポンポンと自分の膝の上に乗せられた彼女の小さな手、ちょっと押される力を感じるくらい体を寄せてくる感覚……!
やはり彼女の攻撃力の高さは衰えを知らない…!
求められてるのは間違いなく少なくとも口づけ…しかもここはカフェの只中、他の生徒も普通に居る…!
あとこの後どうするのか?という話もそろそろ出てきそうな雰囲気だ…この流れで「どうするのか」なんてちょっと今は恥ずかしくて熱が出そうだ!
葛藤……!ここを出てからしっかりと気概を見せるか、はたまた生徒達の視線が向けられそうなこの場で覚悟を決めるのか…!
そんな嬉し恥ずかし赤面ものな悩みに「すぅぅっっ…」と深呼吸しながら考えを巡らせる耀は、しかし朝霧に伝えた通り命懸けの世界で人を求める覚悟を決めなければならないとしっかり決めていた
ーー別に大衆の前とかでもないし、注目を浴びてる中でもない…この場の生徒くらいに見られても良い…かな…?
耀もそのくらいには…彼女に絆されているのだ
こてん、と寄った彼女の顔に少し上から顔を合わせるように視線を向け…ルルエラと視線が交錯する。
吸い込まれるような彼女の瞳がゆっくりと目蓋を閉じ隠され、そわそわと期待を混ぜたように此方に顔を近づけてくる…それを迎えるように…
「やぁ、少しお話を良いかな?」
「……………何か用ですか?今、少し忙しいんですけど」
寸での所で掛けられた声に、耀の動きが止まり僅かに低い声で答えた
ルルエラ「わぁっ!?」と慌てて居ずまいを正して元の位置に座り直す…見れば机の対面に一人の男子生徒が立っていた。
学院の制服に眼鏡を掛けた長身、理系が似合いそうな痩せ形の優男…椅子に座ること無く2人の対面に立ち芝居がかったお辞儀で頭を下げて見せている
…流石にこの状況で声を掛けられれば耀とて慌て恥ずかしがるよりも不機嫌が強くなる
恐らくは上級生…その彼が「座っても良いかな」と聴きながらも返事は待たずに対面に座る
「私はジョズィー・エルペラ、3年生だ。ヨウ・サウスール君とルルエラ・ミュートリアさんだね、優秀な人の名はすぐに覚えてしまうんだ」
「優秀かどうかは分かりませんが…どういった御用で僕達の所に?上級生の方とは関わりは無かったと思いますよ」
「良いところを邪魔したのは悪かったよ。でも、つい声をかけてしまってね…空気が読めないのは私の悪い癖かな。つい…タイミングを優先してしまう」
耀の機嫌の斜めさに軽く笑いながらも流す男子生徒…ジョズィー・エルペラという彼はにこやかな笑みを絶すこと無く肩を竦めた
悪いとは微塵も思って居なさそうだ…見たところかなり女性受けは良いらしい。
少しはなれた席の女子生徒からの視線が多く、時折黄色い声が聞こえてくる
注文しておいたのか、店員が持ってきた湯気の昇る紅茶に「あぁ、ありがとう」と言いながらティーカップに慣れたような綺麗な仕草で口を付ける…貴族らしい貴族、とでも言えそうなものだ
ルルエラから無言の視線が「…知り合い?」と訪ねてくるのに耀は小さく首を横に振る
そして耀はジョズィーの視線が此方に向きつつも……より多くは隣のルルエラに向けられていることにはすぐさま気が付いた
その上で…あえて訊ねる
「それで、どのような要件ですか?僕達も少し予定があって…もうここを出るところでして」
「あぁ、それは失礼したね。では、単刀直入に……ルルエラさん、君にお話があって来たんだ」
「ぅえっ……ボクですか?」
その視線に「やっぱり…」と目を細める耀…どこか胡散臭さを感じているのだ
なんだろうか…今まで信用できる人物達ばかりと接してきたからか、この世界の信用すべき人として接するには違和感がつよい。
…これは彼女とのキスを邪魔されたから感じる憤りなのだろうか?
そんなことを考えてしまう最中に…ジョズィーは言った
「ルルエラさん。君を…私の伴侶としたい。是非卒業と共に私の故郷に共に来てくれないかい?」
「……えぇぇぇっっふむぐっ!?」
…飛び出したまさかの愛の告白とも取れる男の言葉に、ルルエラの度肝が引っこ抜かれたような驚きの声が漏れ出たのを、耀は素早く最低限の動きで彼女の口を指で抑えた
まるで「しー…」と仕草を取るように指で彼女の唇を縦に優しく止めればルルエラも目を瞬かせながらコクコクと頷く
…一番冷静さを失いそうになった筈なのは耀なのだが、外から見ればやけに冷静そのものだった
ルルエラはそんな彼の様子が気になって仕方がない
「……このような場所でするお話では無いのでは?」
「いやはや、やはり私は空気を読むのが苦手のようだね……つい近くで顔を会わせると思った以上に魅力的で、我慢が出来なかったんだ」
「…確かに彼女は魅力的ですね「えっ、ホントにヨウっ!?」……ちょっと静かにしててね、ルルエラ。少し気になる点があります、まず1つ…先輩の卒業と同時だとルルエラは途中退学になる。それは如何なものかと思いますよ」
「これはつい先走ってしまったかもね。でも、この学院の貴族子弟の婚姻での話となれば珍しくも無いさ。どうかな、ルルエラさん…私と共に来てはくれないかい?」
耀の言葉にこれも笑みで返すとジョズィーはルルエラに視線を向けた
…よく2人が仲睦まじくしていた所に割って入ってそんなことを言えた、と耀をもってしても思ってしまう。
これは確かに空気が読めてないにも程があるだろう
怒りと呆れで頭が痛くなってくる耀も流石に言って追い返そうと考えるが…それでも彼女の言葉を待った。
この手の輩は耀から口を挟めば「本人の意思が~」と言うに決まっているのだ…だから彼女を信用する
さて、そんな突然の愛の告白とも言える言葉にルルエラは……
「えっと、ごめんなさいっ!ボクはヨウが大好きなので無理ですっ!」
……かなりえげつない断り方をしていた
いやまぁ見てれば分かるだろ…的な感じではあるのだが、何もそこまでドストレートに言うか?という勢いで耀の名前を出して両断している
だが…信じていたとは言え、耀はこれを聞いて酷く安心した。
自分にここまで独占欲のような物があるとは思ってもいなかった程に嬉しくて安心したのだ…ここまで一個人に強い感情を抱いたのは初めての耀は、そんな執着のような心を持ってる自分に少し笑ってしまう
ぺこっ、と頭を下げるルルエラにジョズィーも少し意外そうな顔をしていた…まさか自分がバッサリとここまで綺麗に振られるとは思ってなかったのだろう
目を丸くしながら「うーん……多分、そちらの彼より経済的にも豊かな暮らしが約束できるよ?それに…」と言い始めた彼に…そこまで言ってくれた彼女のために耀も思い切れる
「失礼ですが…彼女の返答は出ましたので、これきりでお願いします。僕も流石に目の前でまざまざとアプローチされると…あまり気分が良くありません」
「…なら君も来てくれて構わないよ、ヨウ・サウスール君。あぁそうだ、彼女と共に私の家に仕えないかい?勿論、2人の仲を応援させてもらうとも。報酬は十分に…」
「しつこいのは紳士のする事ではないんじゃありませんか?振った相手を使用人にしようとするなんて品性を疑いますね…それに彼女は僕のパートナーです、僕もルルエラもその手の話に興味はありませんので」
「つい気に入った相手は手元に置いて起きたくなってしまうんだよ。しかし成る程……それなら卒業後でもいいさ。自慢ではないが私の家は高位貴族家でね、色々と融通を図ってやれるんだ。2人の暮らしは間違いなく豊かになるよ」
「そこに魅力は感じていません。そもそも金銭面や生活面で困っている相手がヒュークフォーク王立魔法学院に入学出来るとお思いですか?…僕達が外部コネクションを使って編入してきてる事は分かっているはずですよ」
「やれやれ……これは強敵だね。本当に良いのかい?」
「勿論です、二言はありません」
短く、簡潔に断る耀…それをキラキラと輝く目で見つめるルルエラ…!
だって奥手な彼の口から「彼女は僕のパートナー」なんて真横で聞かされたらドキがムネムネしてしまうに決まっているのだ!
最初はジョズィーからの自分へのアプローチに対して「あれっ?なんかヨウの反応薄いかもっ!?」と心配になってたルルエラも一気にご機嫌に逆戻りした!
机の下で彼の手が自分の手を優しく握ってくれているのが何よりも彼の心情を表してくれている!
そわそわして今にも抱き付いてしまいそうだ!
だが…耀の様子が妙だった
(……あれ…?なんで……もしかして警戒してる?そ、そんなにボクの事を好きだって思ってくれてるのかなっ!?もうもうっ、ボクがヨウ以外に靡く訳ないのにっ!!)
…ルルエラも十分に変だった
頭の中で「やんやんっ」と身を捩り「そんなに自分の事が大切だなんてっ!」と身悶えするルルエラだが、端から見れば真面目な顔をしているのだから彼女のポーカーフェイスもなかなかである
流石は教国の筆頭聖女時代を「聖女っぽいムーブ」だけで乗り切った女だった
わざとらしい溜め息と共に立ち上がったジョズィーは見下ろすようにしてヨウに言った
「であれば仕方ないね…後悔しないでおくれよ、ヨウ・サウスール君。君は敵に回す必要の無い相手まで敵に回してしまったんだ。大人しく彼女を私に差し出していれば君も………っ!?」
ーー ゴ ト リ
鈍くて重々しい音が、ジョズィーの不穏な言葉を遮った
ルルエラも目を剥く…あの耀が、優しくて荒事は好まない彼がまさか
自分の愛剣を机に置いて見せたのだ
その目は酷く、ルルエラですら見たことがない程に冷たくて…まるで別人のようですらあった
言外に……「この剣を抜いてもいいが?」と警告をするかのように、叩き付けるでもなく静かにティーカップがソーサーに置かれるような動きで分厚い刃の剛短剣を鞘ごと机の上に置いた
あまりにも攻撃的と言える耀の動きはルルエラもジョズィーも一瞬言葉を失わせたが、肩を竦めて「やれやれ…」と呟くジョズィーはすぐに意気を取り戻す
「もしかして脅しているのかい?そんな短絡的では先が思いやられるね、ヨウ・サウスール君。いや………ヨウ・ミナミ君、かな」
「っ……な、なんでヨウの名前を……!?」
…その名を知っている筈はない
地球人として特徴的すぎる名前故に教国に召喚され当時を除いて名乗ったことなど殆ど無い名前だ
知ってるのは黒鉄の勇者パーティと彼を中心とする一行のみだった…ジョズィーは当然だが彼の身内には居ない男だ
だがそれを言われた耀には以前として動揺も驚愕も無かった
「元から妙がすぎるんですよ……僕はルルエラと行動することが多いけれどあなたの姿は見たことがない。そも、高位貴族ならば手順という物を踏む筈……少なくとも今のラヴァン王国ではなかなか見られない我が儘っぷりですね」
「あぁ、確かに私は我が儘かもしれないね…ヨウ・ミナミ君。欲しいものは諦めきれないんだ…今からでもどうかな?私は彼女が欲しいんだ、ヨウ・ミナミ君……この名前はあまり外で呼んで欲しくないかな?」
「そんなに名前を連呼しても気は揺れませんよ、ジョズィー・エルペラ先輩………あぁ違った、ジョーエル・ガベルの方が正しいかな」
「なっ……あ…………っ!!?」
「……この名前では呼んで欲しくなさそうですね、ガベル先輩」
…耀が発したその言葉に、あからさまにジョズィーが…いや、そう名乗った男が声を固まらせて凍り付いた
ルルエラも彼の言葉に背筋が震えた…その名前に、だ
もはやこの国ではタブーですらある…その家名があることに
ジョズィーは自分の両耳に下がる主張の無い変哲もないようなイヤリングを無意識に触るが、耀の感情すら感じない声が追い討ちをかけた
「まさか……その程度の魔道具で僕の特異魔法の鑑定を防げるとでも思いましたか?残念だけどそのイヤリングを鑑定するまで鑑定妨害されてる事にすら気が付けなかった」
「っ………貴様…ッ」
「口調が崩れてますよ。…噂に聞いてた通り、品性が欠けた一族のみたいですね」
「ッ…あ、あまり頭に乗るんじゃないよ。君達の実力程度は把握済みだとも…召喚当初から大した戦闘技能を持たない烏合の4人と、ね。理解できても遅いさ、私は君とは想像も付かないモノが後ろに付いて…」
「ジョーエル・ガベル18歳身長181cm体重77kg視力は右目0.8左目0.6。ラヴァン王国第一区三番通りガベル邸で産まれたゲッヘナ・ガベルの三男、12歳までを王国内で過ごし、その後は軍事国家バーレルナへ留学。この時からガベル家はレルジェ教国との繋がり深く、3年前に黒鉄の勇者の一件により露呈した悪事の数々から一族郎党の永久幽閉が王により執り行われるもレルジェ教国からの取り計らいでバーレルナから脱出し教国にて保護。1年後には名前を変えてバーレルナからの留学生としてヒュークフォーク王立魔法学院に編入し今に至るがその間もレルジェ教国との密接な関係とバックアップは絶えず行われていて教国からの指示によりルルエラの確保を行う為に今回接触。教国の召喚勇者の生死は問われていないが自身の汚い可虐趣味の為にあえて生け捕りにしようと僕まで纏めて囲い込もうとした。魔法素質は炎、使用可能な切り札とする上級魔法は『フレア・ストーム』『
今度こそジョズィー……いや、ジョーエルは口を震わせて言葉を完全に失った
何もかも…国家上層部の暗部が調べあげても、ここまでの情報は出ない所までぎっしりと詰め込まれた誰も知らない筈の事を読み上げるように言い切ったのだ
鑑定魔法…なんてレベルの話ではない
ガベル家が代々的に王国を裏切り教国と繋がっている裏側の事実に自分がいかにして教国に取りいって生き延び、今どのような立場で何をしに来たのかまで全て瞬時に看破されたのだ。
全ては耀が言って聞かせたそのままの通りなのだ
まるで…過去まで全ての経歴が手元に用意されているかのような個人情報の事まで事細かに羅列させる耀の表情は…氷のように冷たく無に近かった。
いや……噴き出しそうな怒りを堪えているのが良く分かる
ルルエラですらこんな耀は初めて見たくらいだ
しかし…彼の手が心配そうにルルエラの手を、きゅっ、と握るのを感じればたとえ様子が違えどもいつもの優しい耀に変わらない事は彼女にだけはすぐ伝わる
驚きの情報ばかりが目の前に転がってきたが…それだけでルルエラは不安にはならなかった
「むしろ、僕の目の前に来てくれてありがとう、と言うべきかな。お陰で色々と情報が貰えたよ、お前が自信過剰な考え無しで助かったね。策士を気取ってるみたいだけど……自分で思ってるより頭は悪いんじゃないかな」
「言わせておけば…ッ!私がいくら温厚とて、限界はあるよヨウ・ミナミ…!やろうと思えば君程度はいつでも始末できている…!……そもそも、鑑定しか脳が無いのに良くもそんな強気に出れるものだね」
「その鑑定しか脳が無い僕よりも弱い自分を恥じた方がいいんじゃないかな?多分、ルルエラよりも弱いし…戦闘向きじゃないと思うよ」
「……こ、この場で殺してあげようか…ッ!私を舐めるのも大概……ーー」
ーーぱらっ…ぱらっ……
表情も無く淡々とジョーエルを煽るような言葉を続ける耀に貴族的な態度を通してきた彼の態度が崩れ、耀に掴みかかろうと一歩前に出た瞬間の事だ
ジョーエルが着ていたジャケットが…まるでシュレッダーに何度も往復させた紙のように摘まめる程度の破片と化して紙吹雪のようにちぎれとんだ
切れた、なんて物ではない。
突然にジャケットが崩れて消えたかのような細かな破片になって地面に舞い落ちたのだ
ジョーエルからすれば、突然着ているものが変わったようにすら見える…意味が分からないとばかりに慌てて体を見下ろすがいつの間にか机の上に置いてあった短剣に触れていた耀がそっ、と手を離してジョーエルを見ること無く言った
「僕は構わないけど、ルルエラには近づいて欲しくないから……それ以上こっちに来たら次は切る」
言ってる意味が分からなかったが…その仕草だけで分からされた
…手の動きなど微塵も見えなかった
それどころか椅子に座って片手にティーカップまで持ったような姿勢の耀は、それを一切崩したようにも見えない
ジョーエルでは目視不可能の速さによる剣閃は、鞘から抜いた音すら出さずに瞬きの速さすら遅く感じる速度で彼の制服のジャケットだけを微塵切りにして見せたのだ
しかもその下、制服のボタンシャツには糸1本の傷も付けずに…それが今になってジョーエルの背筋に氷柱を差し込むような悪寒を走らせる
(き、教国の報告と違う……!二、三か月前まで教国兵と少し打ち合う程度の、その辺の兵士に並ぶしかないカスのような実力しか無かったと聞いているのに……ッ。ま、全く見えなかった…私が……!?)
ジョーエルが事前に聞かされていた話と全く違う
もっと男の方は弱い筈なのだ
少し強化魔法が使えて、鑑定魔法という変わり種の魔法を特異魔法として授かってはいる…言わばハズレ魔法使い。
戦闘において役に立つ要素など殆ど持たない、とまで事前評価を下されていたこの少年がまさか身動ぎ一つ見せずにこんな芸当を見せてくるなど予想も出来なかった
今この瞬間…ジョーエルは耀の手によってバラバラの肉片に分解されていてもおかしく無かった、という事実にこの場でがなりたてたくなる
見下していた、あまつさえガベル家と繋がり強い自分を支援する教国からは「役に立たないハズレ勇者」などと情報を受け取っていたジョーエルからすれば耐えられない屈辱だった
だが…父はこの少年と同じ世界から来た男に殺された
穴が空く程に耀を睨み付けるが、動じた風もなく…逆に後退りほどの強い視線に押し返される
「……金輪際、僕達に関わるな」
ーーバチバチッ……!
一瞬だけ耀の体を迸った青紫色の魔力が爆ぜるスパーク…そして普段の彼が使わない強気なその一言は、ジョーエルを舌打ちと共に無言で追いやるのには十分すぎる威力があった
ーー
「………あっ、え、えっとその……ごめん。かなり態度悪かったよね…なんか我慢できなかったと言うか……」
じーーーーー………っ
ジョーエルが立ち去って完全にカフェから消えたのを見送った辺りから耀が気まずさのあまり謝った!
ルルエラが凄い見てくるのだ…それはもう乗り出してくる勢いで耀の顔を覗き込んで来ている。
ちょっと気まず過ぎて視線を明後日の方向に向けるくらいに!
…流石に今の態度は少しガラの悪い物だった、と自覚はあった耀はとてもいたたまれない気持ちだった…「あー…似合わないことしちゃったかな…」とか「へ、変だったよね……恥ずかしい…」と若干ヘコんですらいた
ーー…地球に居た時はいつだって一歩引いて物を見るようにしていた。
相手が熱くなろうと冷めていようと冷静に順番を立てて対処することを心掛けていた自分は他から見ればどこか大人びたおとなしい少年と捉えられていた
それが…ルルエラに手を出されかけて、一切出来なかった
相手の手札を全部明らかにした上でこちらにかかってこれないように脅しまで入れて、実際に得物を抜いて強迫紛いの行為まで行った…どう考えても自分らしくない
こんなにあからさまな事して……ルルエラに変って思われたよね……
そんな自己嫌悪が一気に覚めた自分にのし掛かってきた耀を一心不乱に見つめるルルエラの眼差し!
耀は、ちら…と彼女の顔を覗く
ーーキラキラキラキラァァッッ!!
輝いていた!
ルルエラの瞳が、先程の比ではなく目に星屑を宿したかと思うくらいキラッキラに煌めいていた!
流石の耀もちょっぴりギョッとした…!
なんでそんな目で見てるの!?と言わんばかりに!
次の瞬間、再生ボタンを押されたように凄い勢いで耀の腕にむぎゅぅ!とコアラの如く抱きついたルルエラは自分の感情を全身で表していた
「………凄い良かったっ!!」
「……へっ?」
「今のヨウっ!ビリっと来たよ!」
「そ、そうなの…?なんというか……嫌な男だったから、つい脅す形にしちゃったんだけど…じゃないと退かなそうだったし」
「うん、確かに前のヨウだったらやらなかった事と思う……けど、ボクのこと心配してくれたんだよね?」
「当たり前だよ。あれは教国の尖兵…彼方君に潰されたガベル家を有効活用してルルエラを狙ってきたんだ。ここで殺し合いになっても…おかしくなかった」
「…ヨウ、気付いてる?あのジョーエル・ガベルも結構学院の中では優秀で強いと思う…けど、脅し1つでそんな教国の刺客を追い返した、って。それって…ヨウが昔よりすごく強くなったって事だよ」
ーーあぁ、なるほど
ちょっとした違和感がほどけた気がした
ルルエラを狙う敵、普段なら自分はどうしてた?
それはもう…すぐに剣を抜いて臨戦態勢を取らないとダメだ、戦えるようにして早く迎撃の姿勢をとらないといけない
なら、なんでわざわざ剣を見せて強迫なんてらしくない事をしたんだろう…
舐めてかかった?……それとも慢心してた?
……違う、構える事が必要だと感じなかったんだ
警戒はしてた…でもあの男を自分は無意識か本能的に、対処できると認識してた
耀はそれを意識的にしていた訳ではなかった…ルルエラを教国として、男としてどちらも狙うあの男を気に入らず嫌がらせをしてしまった部分もあるのかもしれないが……
言われて初めて気が付いた…余裕。
魔蟲に囲まれる中で命懸けの闘争と、魔将を継ぐと言った魔神族の男と傷付きながら撃ち合わせた攻防…大切な少女を失いかけた焦燥と自分の限界を超えた動いた感覚…
それに比べて、なんて生ぬるい相手だろうか
気配を消して背後から殺しに来ない、大群で囲まれてもいない、目で追えない速さもなく、こちらの防御の上から貫く攻撃も無い、空を飛び奇襲もしない……脅威たり得ない相手だと判断していた
この事を耀はまだ自覚しきっていない…相手のジョーエル・ガベルが上級生の中でも上澄みに近い実力者である事、その上でそのように無意識ながら認識してる事を。
…自分が教国から出た時からどれだけ実力を引き上げているのかを、自覚していない
「…まぁ兎に角、一先ずは無事に出来て良かった。でも教国にバレてる事も分かったし、この先どうするかな……」
「確か…王都の外にはあいつの仲間が居るんだよね?教国から貸し出された僧兵だと思う…流石に暗部は預けられてないはずだよ」
「そうだね。王都北東部7km先のガーヴ草原に僧兵25人、騎士15人の部隊が夜営して合図を待ってるみたいだった。所属は第44魔僧中団とボーバン中騎士長率いる小騎隊、命令は第一にルルエラの確保で第二が僕か朝霧さんの確保…その際生死は問わない。王都の入国審査は突破できないと踏んで合図があった場合は夜間に外壁を登って実力行使に出る策らしいよ。ただ……使い捨てっぽい気がする」
「………………………えっと、さっきも思ったんだけどね?なんだかヨウの鑑定の精度…凄いことになってるよ?」
「えっ?そ、そうかな…?あんまり意識したこと無かったかも……し、知られたくない事がある人も居るし無闇に知り合いとかは鑑定してないんだよ」
ルルエラが「うわぁ…あの人可哀想…」と思ってしまうくらいに耀の鑑定はえげつなかった…!
あまりにも精度が良すぎる…関連する殆どの事項が暴かれるなど尋常を遥かに超えた鑑定能力、と言うかこの世の鑑定魔法と完全に一線を超えた物とすら言えた
彼が嫌味で言った通り、耀の前にノコノコと姿を現してはいけなかったのだ
怪しまれて鑑定された時点で詰み…彼の力はほぼ全ての鑑定妨害を貫通して洗いざらい知られてしまう理不尽の権化と化していたのである
…ちなみにルルエラからすると、そんなちょい悪で冷たい耀もぞくぞくするくらい格好いいと思っていたりする。
たまに自分にも、そんな感じでクールに当たってくれたらドキドキしちゃうなぁ…!なーんて思うくらいにはその姿がハートにぶっ刺さっていたのだった
「あ、そうだ……ルルエラ、ちょっといい……?」
「うんっ、どうしたの?…………んっ……!?」
ーー ち ゅ っ
「ん………えっと…そ、そろそろお会計しよっか!」
「ぅえっ!?よ、ヨウ待って!もう一回……い、いやあと5回してからっ…!せ、せめて10回っ!」
「増えすぎっ!?ほ、ほら早くっ…」
「あぁっ!?よ、ヨウからしてくれたのに不意打ち過ぎて固まっちゃったっ…不覚だよっ……一生の不覚っ…!?」
「ま、またするから…っ…ね…っ?」
「うんっ!」
その場のみーんなが…暖かい目でそんな2人を見送ったのだった
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【後書き】
ーーえ?
まさか正体不明の怪しい相手が耀君の前で活躍出来ると思ったんですか?
ハハッ☆
無理に決まってるんですよねぇ!
「可哀想ですわねぇ……あんなに最初から全部バレる敵の刺客なんてそうそう居ないですわよ…?」
ーーその通り、残念ながら怪しい相手絶対殺すマンと化してしまった耀君に騙し討ちの類は一切効きません。
どんな悪巧みも一目で看破、なんなら未来視により不意打ちも全部察知してきます
「……あら?もしかしてヨウさん…かなり理不尽な相手に成長していませんの?腕前もかなり地力が引き上げられていますし…」
ーー特にルルエラが絡むとタガが外れるみたいだね。
普段はプライバシーは守りたい、って人への鑑定は控えてるみたいだけど怪しい素振り見せたら即鑑定でこの始末☆
「とは言え…流石にこれでは終わりませんわよね…。あの家は兎に角しつこいですし…ルルエラさんとヨウさんが心配ですわ」
ーーえ?…今の耀君は虚偽、下心、悪策は全看破からの煙幕閃光その他間接的視覚妨害全無効からの毒物トラップ魔道具全探知からの奇襲不意打ち騙し討ち完全予知という間者刺客暗殺者絶対赦さないマンだけど
「……案外大丈夫な気がしてきたのは気のせいでしょうか」
ーーさらに彼の魔法にかかれば相手の弱点(意味深)から性癖、身体の各所サイズや数字までスリッとマルっとお見通し!
あぁっ、もしも彼が欲望に忠実だったら今頃面白い事に…
「ヨウさんが良識ある方で助かりましたわね……」
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