第166話 在りし日がここに
【2066年7月13日 ◯◯◯にて】
「いいか?毎度言っているが…母さんと
「ねぇ父さん………僕に完成したエロ本の試し読みさせるのやめようよ。これ、母さんと日向から隠すの大変なんだから…」
「これは仕方ないんだ…編集部に渡す前に読ませられる男と言えば家にはお前しか居ないんだから必要なファクターと言ってもいい」
「えー……この前とかさっちゃんに見つかりそうになったんだよ?あれでさっちゃんは行動派なんだって、僕の部屋に隠すのは無理があるよ」
「…………………………あの子にだけは何があっても見つかるなよ?そんな事があれば朝霧ちゃんのお母さん……
「じゃあ止めなよ…そもそも小学生の息子に完成したエロ本読ませるの狂ってない?というかなんでエロ本でそんなにお金稼げてるのか疑問なんだけど…」
「ふっ……お前にはまだ分からないか。世の男達の
「最低だよ父さん……絶対に親子の会話じゃないよこれ……」
日本のとある街、とある家…なんてことは無い少し大きめの一軒家に彼らは住んでいた。
早くに結婚した夫婦と、2人の間に設けられた息子と娘はなんてことの無い平和で幸せな日々を送っていた
母の実家は巨大な運送会社を営んでおり、その方面だけでもかなり裕福と言えたが父の方は普通の家庭で育った男だ。
それでも2人は偶然に出会い、時間を重ね、家庭を作り、子宝にも恵まれた
今では息子は11歳の小学5年生まで成長…娘は9歳の小学3年生だ
そんな幸せの絶頂に居るであろう、少し無精髭を伸ばしている長身に作務衣を着た父は小学生の息子に今………
自分が描いた成人向け漫画を読ませて感想を聞いていたッッ!!
息子の呆れ返る視線もなんのその、仕方なくページを捲る息子の手元に指を差しながら「見てくれこのシーン……ここは気合を入れたんだ。そしてこの体位の変わる場面だ、いいか?これはしっかり奥まで刺さる素晴らしい姿勢でそれを表情と女性側の声と反応で掻き立てるのが重要で……」と聞いてもいない気合を入れたんだエロシーンの製作品を半眼の息子に語り続けている!
そう、この父は成人向け漫画作家だった!
それはもう自身の性癖やらなにやらを前面に押し付けながら無駄に洗練された描画技能を用いて描かれた彼の作品は世の男達の下心をバチコリ掴んで離さなかった!
なんとも質の悪い事にSNSやら支援サイトで数万を超えるフォロワーを抱えており、そこからファンコミュニティによる
ちなみに何作かアニメ化までされているらしい
そして(不本意ながら)彼の作品のクオリティを支えている存在こそが彼の息子に他ならない!
なんだかんだと読まされながら「ここ分かり難いよ」「…これマニアック過ぎない?」「うわ…今回のシチュ拗らせてるね」としっかり反応を返しているのだ…これによって修正を重ねた彼の作品はより高次元の物に昇華していると言ってもいいだろう…!
そんな彼でも、妻や娘に読まれるのには流石に抵抗があるらしい
と言うか息子に読ませている事自体がトップシークレットである。
教育に悪いどころの話ではないのだ…見つかればお仕置きで何が待っているのか、彼は考えたくもなかった…。
救われたのは、彼の息子がこの手の非常識にはしっかりとした視点で返していることだろう…でなければ性癖が歪んで大変なことになっていたところだ
「ほらいつまで寝てんの男達っ!さっちゃん迎えに来たからさっさと降りてきなー!」
そんな中、リビングから息子の部屋に届く母の声が聞こえてくると父の肩がびくんっ、と跳ね上がる…そんな父の様子を見て息子は溜息を漏らしながらランドセルを担いで部屋から小走りに駆け出していった
「今行く!……じゃあ父さん、ちゃんと隠しといてよ?このままだと僕、普通にエロ本隠し持ってる恥ずかしい奴になっちゃうし」
「いやいや、なんだかんだでちゃんと読んでくれるじゃないか。ま、感想は帰ってからでいいか。気を付けて行っておいで……
「うん、行ってきます!父さん」
元気に駆け出した少年を玄関先で待っていたのは1人の少女だった
学校指定の制服に身を包み、頭には帽子、赤いランドセル、着崩し無く整えられた姿にうなじで綺麗にぱっつり切り揃えた黒い髪…その前髪は目元を少し覆うくらいに伸ばされ、彼女の目を半ば隠している
小走りで玄関を出た彼を見た少女は、ぱっ、と笑みを浮かべた
「か、かー君おはよ……っ……き、今日もいい天気だねっ」
「おはよ、さっちゃんっ………って、なんでそんなに他人行儀な挨拶なの…?」
「ぅえっ!?そ、それは………か、
「え、なに?」
「なっ、なんでもないっ!えっとその…か、かー君はお魚とか興味ありますかっ!?」
「さ、魚?それはまぁ好きだけど……お腹すいたの?」
「そうではなくっ……えっとえっと…す、水族館とか…好きだったり、しない…?その…母様が丁度2枚チケットある、って……」
「水族館っ!?凄い!…って、それ僕でいいの?チケット使っちゃうの…家族で行ったりとかした方がいいんじゃ…?」
「い、いやこれは…っ…その……母様がかー君との…で、でででででで…ぇと……の為って………!」
「……デデデ?」
「ペンギンの大王様じゃなくてねっ!?そのぉ………かー君と行きたいから…い、一緒に行かない……かな……っ?」
「うん、もちろんっ!」
これは在りし日の1ページ
続くと信じていた平和の一幕
明日も、その先も、何年も先も繰り返されると思っていた当たり前にして輝いていた時間
黒鉄の勇者が現れる……1年前のとある日常である
ーーー
「先生、少し良いですか?」
「……改まってどしたの、さっちゃん?」
「あら、こういうのはかー君の好みでは無かったのね……なら辞めておくわ。少しデートしましょ?」
「心臓に悪すぎる…………………いや別に嫌いじゃないんだけどね……?」
学院の廊下でカナタに話し掛けたのはとある女子生徒……と言うか普通に朝霧だった
なんだか一生徒として教師に話しかけるような雰囲気で来たが、彼女を良く知るカナタからすれば違和感バリバリだった。
そも、朝霧とは元より同級生なのだから当たり前である
…ちなみにカナタは『先生と生徒ごっこ』は割と好きだった
これに一番ぞっこんでハマっているのはペトラである
濡れた鴉羽のような黒髪を揺らす朝霧はアルスガルドの学院から見れば非常に目立つ…黒髪、というのはなかなかに珍しいのだ。
遠目からでも彼女の存在はよく見える
しっかりと長身、ラウラに届く背丈は女子生徒の中でも1つ上に出ていると言えるだろう
さて、そんな2人が居る学院は現在放課後
秋まっさかりと言える季節に突入したラヴァン王国は街の店が一番賑わうシーズンで、学院が終われば生徒達はまず町中へと流れていくのがこの季節の恒例だ
校舎はこれによって日は高くともかなり静まり返っている…露天や店で季節限定商品やらが軒を連ねる中で学院に残ろうと思う物好きはそうそう居ないということだ
腰に手を当てて速攻で生徒ごっこを辞めた朝霧は単刀直入、紛らわしい言い方は一切せずに「デートしまょ?」と言ってくる辺りとても彼女らしい……いやカナタが知る彼女よりも遥かに強かだが…
「さっちゃんは秋のお店は行かないの?この時期のラヴァンは日本の秋どころじゃない収穫騒ぎで色々あるけど」
「割と行ってるわよ?たまにルルエラの全秋限定メニュー
「すげぇ………ルルエラの食への追求心はどこから来てるんだ……」
「今日は確か……耀と一緒に聖都で冒険者仲間になった女の子と王都近郊に出てる筈よ?聞いたところに寄ると…かなり王道のツンデレね」
「実在したのかツンデレ……って、さっちゃんは行かなくて良かったの?」
「今日はかー君とデートよ。聞きたい話も沢山あるし……学院は秋の買い食い大流行で人も居ないからちょうどいいわ」
ただ目的もなくふらふらと校舎内を肩を並べて歩く2人
……思えば、こうして肩を並べて歩くなんて小学生以来だ
そう思うカナタは……この世界に来てからどこか感じたことの無い感覚に浸る。
寂しさか………こうして彼女と並んで同じ方向に進む事に感じる何かは…
(……懐かしさと……そうだ、少し満たされた気がしてる……。アルスガルドに来てから一番……故郷の気配を強く感じてる気がする……辿り着けてない故郷が、すぐ隣から感じてるような……いや、これはさっちゃんに失礼か……)
少しだけ満たされる、望郷の念だ
昔は良く2人揃って登校していた…家が隣だったのだから当然だ
少し遅れがちな彼方を朝霧がおどおどと彼の家まで呼びに行き、慌てて制服に着替えた彼方が来るまでに彼の両親に家のリビングまで上げられた朝霧が待っていて2人並んで学校へ行く…
学校、2人並んで、朝霧と………成長し高校生となった朝霧と共に歩く今の状況は少しだけあの日の日常と似ているように感じたのだ。
手の届かない故郷の空気、雰囲気を…昔の記憶が嵌って朝霧から伝わってくる
決して彼女を通して故郷を見ている、なんて訳では無いしそのつもりも無い彼方ではあったがそれでも求め続けるその場所がほんの少し匂ってくるような感覚は…満たされぬ望郷の思いにどこか水を注ぎ足されたような気がしたのだ
「ねぇ、かー君。前から聞きたかったの…この世界に来てからどうやって過ごしてきたのか、どういう道を歩いてきたのか…それも知りたくて仕方が無いけれど、過ぎたことは変えられない。私が知りたいのは…これから何をしたいのかよ」
「………そっか。俺のやりたい事は多分言ったと思うよ、ただ…地球に帰りたいだけだ。家族にまた会いたい、家に帰りたい…本当にそれだけなんだ。でも、さっちゃんが聞きたいのはそんな事じゃないよね?」
「そうね……悪い言い方になるかもしれないけれど、かー君がこれから何をしでかそうとしているのか…それが一番気になるわ。昔は明るくて少しオタクな子供だったし今も同じ。だけどかー君、あなたには………陰が増えたわ。踏み入れさせない領域がある…それを感じさせないようにしているのを感じるのよ」
「はっはっ!しでかすなんて確かに人聞き悪いかもね!いやぁ……真正面からそんな事言われたのは初めてかもなぁ。そりゃそうか……昔の姿はこの世界でさっちゃんしか知らないし。…少し移動しようか」
朝霧にそんなつもりは無かった
ただ、彼方の少し変わった部分が気になっただけで…そして自分が好いた彼が何をするのか気になっただけ
それがまさか……勇者パーティも、彼を慕う少女達にすらも明かしていない彼の秘密のヴェールだとは思いもしていなかった
彼方がやって来たのはただの庭園のベンチだ
秋の到来した学院の庭園は貴族子女達のお話の場に使われたり静かな場所を好む生徒の作業場所なんかにも使われる場所だ。
手入れされ剪定で整えられた草垣に一部には花が育てられ、四季によって色を変える木々を植えられたこの場所は日本のように見事な秋の紅葉を見せている
吹き抜ける風にも少しばかり涼しさと冷たさが入り混じり始めたちょうど良い温度で、今の時期はこの庭園で過ごせる絶好のシーズンと言えた
「別に大した事ではないんだけどさ、本当に地球へ帰るだけ。その為にこの世界に来た時から全力を尽くしてる」
「私もこの世界に来て少し経ったけれど……今は良い世界に見えるわ。召喚された国は正直大ハズレだったけれど、抜け出して大正解。……というかかー君があの国を襲った時は生きた心地しなかったわよ?」
「あー……あれはなぁ……。そうだね、少し昔の話になるけど……三年前に勇者召喚をしていたラヴァン王国と俺は喧嘩別れをしたんだ。勇者を超差別的に扱ってきた王国の重役貴族2人が居てな、最後にキレてそいつらごと王国のメンツを皆殺しにしようとした訳」
「……平然と言う割に随分とブチギレたわね。思ってたよりキレまくりじゃない」
「いやぁホント酷かったんだって。そんな奴らが勇者担当の二人ってんだから、当時は勇者パーティも誰一人信用してなかった。はっきり言って…勇者召喚魔法陣ごとその場に居た国王とパーティの面々も抹殺するつもりだった。ま、ラウラに防がれたんだけど」
「ラウラさんファインプレーにも程があるわ。いやかー君、この世界での事はラウラさん抜きでは語れないんじゃない?聞いてる限りキーパーソンどころじゃないわよ?」
「……確かに……ま、まぁそれは置いといて続けると、その時に全世界に向けてメッセージを出したんだ。『勇者に関わる全ての干渉を禁止する。破れば俺への宣戦布告と受け取る』ってね」
ーーいいや、違うな。勇者召還をしなければお前達はもっと長生き出来たんだ。だが、お前達は俺の警告を無視して勇者を呼び出した…自分の死期を早めたのはお前達本人だとも
朝霧の脳裏にあの日のレルジェ教国の勇者召喚魔法陣が刻まれた地底湖での言葉が蘇る
(…つまり、教国は本当に「見られたら困るものを知られてた」って事なのね。それであんなに慌ててた……思い返すとムカついてくるわ。あの澄まし顔の枢機卿達、今ならぶっとばせるかしら……?)
……ちょっと物騒な考えが頭をよぎる朝霧
元より召喚されて間もない頃から教国には不信感を持っていたのだ……最近日本ではそういうアニメや漫画が流行っていたから!
だがこれが功を奏して教国への不信と警戒は下調べを進める内に本物へと変わっていった
思えば耀と自分がいち早く離脱したのはこれが理由だったなぁ……と思いつつ……
「瑠璃と蓮司も無事だと良いけれど……まだ力不足かしら、教国に乗り込むには」
「止めた方が良いな。あそこには特異魔法の使い手が多いし枢機卿の1人は正面から相手するなら、まだ荷が重いよ。それに……その2人は救出済みだし」
「えっ………抜け出せたの?あの蓮司がまさか……教国から素直に脱出するとは思えなかったわ。ほら、彼って勇者様ムーブに拍車がかかって痛々しい厨二病みたいだったし、チヤホヤされて有頂天で格好良い剣の振り方とか一人で練習してて、すれ違う人には必ず「勇者のレンジです」とか言っちゃってたから見ててキツかったのよ」
「なんつー切れ味の鋭い評価なんだ、さっちゃん……まぁ確かに俺が行った時も、いの一番に食って掛かってきてたなぁ。手間取ったらしいけどザッカーが連れ出したんだ、魔法技術者のおまけ付きで」
「……相変わらず凄いわねあのおじさん。普段あんなにやる気なさそうなのに……あ、なら2人は王都に来てるのかしら?」
「いや、今は来ないでもらってる。時期が悪い…この件は耀とルルエラにも伝えるつもりなんだけど…教国軍がラヴァン王国に進軍してる、目的は明らかだ」
「っ、確かレルジェ教国とラヴァン王国は敵対国家だったわね。種族間の権利問題で昔から対立してたって聞いてるわ…戦争になる、ってことね。……かー君はどうするつもり?」
「俺は不干渉……アルスガルドの出来事はアルスガルドでやってればいい。ラヴァンが勝とうとレルジェが勝とうと、俺には関係ないよ。ただ……こっちに喧嘩売られなければね」
「冷たい……という訳でもないわね。確かに私達日本人が違う世界の政治に干渉するのも変な話だもの。でも、ラヴァン王国に戦争を仕掛ける目的って……今さら多種族の権利でラヴァン王国に戦争ふっかけるなんて、教国側に何の利にもならない筈よ」
「いや、今回のは教国にとって戦争なんて理由が付いたから乗っかっただけの隠れ蓑の筈だ。本命はただ1つ……………ルルエラと召喚勇者の奪還、と言うか第一目標はルルエラの確保で間違いない」
彼方の言葉に静かに息を呑んだ朝霧は驚くのも束の間…「……そう、もう来るのね」と忌々しげに呟いた
分かっていたことではある…教国の外で当たり前に蔓延る情報として、勇者は普通の存在ではなく一刻の戦況バランスを1人で容易く覆せる。
目の前にいる彼がその生き証人にして証明そのものだ
それを四人も確保できた教国はさぞ有頂天だっただろう…当然抜け出されれば取り返さなくてはならない、必死に探し出すのも当たり前だ。
それにルルエラも重要だろう…聖女という教国を教国たらしめる存在の一大要因の頂点、筆頭聖女にして教国で最も腕の立つ聖魔法使い
顔色変えて探し出すのは当たり前だろう
いや、その為にも強くなろうと力を蓄えているのだ
だが…一女子高生だった朝霧が「戦争」という言葉の重さを感じ取るのは当然の事だ。
人同士の命のやり取り……覚悟はしている、だがそれは「奪命に何も感じない」という話ではないのだから
その葛藤を見せる朝霧に対して彼方は慰めや気休めの言葉は一切口にしなかった。
ただ静かに、隣で座っているだけ…その悩みを和らげるつもりは無かったからだ
和らげては、いけない感情なのだ
彼方は既に人を殺めている…それも数える事を止めるような数の人間を自らの力で抹殺していた。
最近ですら、ラヴァン王国元宰相、元大将をその手で消し去り彼らが集めた無法者で構成される軍団も根こそぎに消滅させた。
カラナックでは我欲の為だけに自らの身内を狙った金剛級冒険者を魔物の餌にした上で跡形も無く消し去った
そこに罪悪感は無い
……無くなってしまった
理由が存在するならば人を殺す事に何の躊躇いも持たない
しかしそれを「正しい」と言い切ることもしない
彼方からすれば…彼女にはそうならないで欲しいと思ってしまう
「……俺はこの件にあまり手を出さない。元々周りに人が増えてきて創る物だの改良しなきゃいけない物が増えてきてるのもあるし、国同士の戦争に割り込む気は元々ないんだ。アルスガルドのイザコザは本人達にやらせておけばいいと思ってる。耀とルルエラのフォローはパーティの皆に任せたしな……っていうのもあるけどな、それとは別に理由はもう一つある」
「確かに…正直かー君が後ろに居る、っていうのはそれだけで安心するわ。戦争の干渉は無し、というのも分かるけれど……でも理由って?」
「……耀とさっちゃんだよ。2人なら何とかするんじゃないか、って…そう思ってるんだ。綺麗事だけど、もしもルルエラを狙って来るのであればその因縁は俺の物じゃない。早い話、耀達が自分の力で切り抜けるのを期待してるのかもなぁ…温室育ちの勇者なんてミリ程も役に立たないし」
「それ、教国でチヤホヤされながら最初の2、3ヶ月過ごした私達には深ーく刺さる言葉ね…。敢えて危険な橋を渡りたくはないけれど、私はかー君の隣に立ちたいのよ。後ろに居たい訳じゃない……そうね、この件は手出し無用よかー君。私達転移組が何とかするわ」
「……よ、予想よりかなり思い切ったね?正直、俺もっと「冷たい男だ」くらい言われると思ったんだけど…もしかしたら失敗すれば怪我どころか悪い方向に進むぞ?ルルエラも教国に回収、転移組も拘束されレルジェの私兵化、ラヴァンは戦争に負ける…そういう未来もある」
「させないわ。リスクの無い戦いなんて無いわよ、これは私達パーティの問題と言ってもいいもの。何でも「お願い助けて」なんて……恥ずかしくて死んだ方がマシね。まぁ……最悪の事態になったら頼るかもしれないけれど。死ぬか犯される前に助けてくれれば助かるわ」
「わお、男気……なんと言うか………ーー」
ーー……いい女になったなぁ、さっちゃん
彼方は内心呟いた
彼はかなり不安にさせる話をしたつもりだ
しかし朝霧に迷いは無い…これは面子を気にしての発言ではない、心情に基づいた「覚悟」だ
故に彼方はもう……脅しをかけるのは止めにした
だってこんなにも冷静で強い眼差しで言い切るのだから
それに……と彼は心の中で続ける
(勇者は戦いを超えて大きく成長する……耀も朝霧も、そしてルルエラも…必要なのは試練だ。この言い方が傲慢と呼ばれればそれまでだけど…教国の刺客を潰して自分の未来を作れない程度ならこの先の戦いで絶対に死ぬ。それくらいなら…捕らえられた教国の塀の中で窮屈に過ごしてる方が安全だろうな。だから手出しは基本しない……この3人なら自分の召喚国との因縁くらい片付けられると信じる)
きっとそれは彼方が信じたいだけの願いだ…一方的とも言えるだろうこの考え方に自分でも苦笑いをしてしまう。
なんと傲慢で上から目線で偉そうで、何様のつもりで言っているのだろうか…そう思いながらも彼方はそれを止めるつもりはない
涼しい顔で彼方の手助けを切り捨てる朝霧の横顔に少しドキッ、としてしまいながらも…やはりその姿と意志の強さに見惚れてしまった。
昔とはかなり違う印象に育った朝霧だが……しかしいざと言う時に前に進む意志の強さは変わっていない
昔も彼方が宿題をやるのを渋ったり塾に行くのを嫌がるのを、なんだかんだと手を引いてきたのは彼女だ…彼方が居なくなって変わったのではなく元から強い少女なのだ
自然と…ベンチに置かれる彼女の手に自分の手を重ねてしまった
自然な動きだった…「そうしたい」と身体が勝手に動いたようですらあった
ラウラ、シオン、ペトラ、マウラ…自分が慕い慕ってくれる少女達とは完全に違う傍に居る事の安心感、心地良い高揚、ふわふわとした暖かさ…心の緊張が彼女と居ると解れていく
まるで昔の自分が少し戻ってきた…そう感じてしまう
朝霧もその手を彼方の手から離すことは無かった
「ねぇ、かー君……私まだあなたからしてもらってないのだけど…もし憎からず思ってくれてるなら、期待してもいい…?」
朝霧の少し控えめで、ちょっとだけ恥ずかしそうだけれど、でも何かを待つような声が小さく囁かれた
視線を横に向ければ、赤らむ頬に耳へとかかる艷やかな黒い髪が秋風に揺れて彼女の眼と視線が重なる。
少し恥ずかしそうにこちらを覗き込む彼女の姿は彼方が知っている彼女のようで…でも、自分が知らない内にもっと魅力的になった知らない部分でもあった
どちらともなく肩が擦れ合う距離で顔を合わせると、こつん、と額がぶつかった。
朝霧が至近距離で彼の目を見つめ…ゆっくりと瞼を閉じたのを見て彼方は「あぁ……敵わないな…」と心の中で呟いて…
少し顔を横に傾けてそっ、と静かに……朝霧へ唇を重ねた
触れ合わせて、押し当てるだけのキスだ
彼女の唇は熱くて、柔らかかった
少し強く押し当てれば「…ん……っ」と喉を鳴らすように彼女は声を漏らすが…避けも怖がりもせずにそれを迎える。
触れるだけよりもしっかり強く、しかしその奥まで深く重ねる訳では無い…探り合うよりも進んでて、交わるよりも控えめなキスは朝霧にとって人生2度目にして彼に捧げた2回目のキスだ
前は聖都で勢いと彼の燻る心の火を消したいと思い思い切って彼の唇を奪った…その場の勇気と勢いが背中を押したファーストキス。
でも今回はちゃんと…慌てず、押されず、場の勢いに任されず、そして彼からの口吻
嬉しくない訳がなかった
落ち着きを払ったクールな様子でも、心臓は跳ね、体温は上がり、息は熱くなる……だがそれと同時に目の端から一雫の涙が零れ落ちた
「………さっちゃん?」
「……いいの、気にしないで。……だって、死んだと思っていた初恋の相手がちゃんと生きていて、秘めたままの筈の想いを受け取ってくれて……私にキスしてくれたのよ……?これは夢……病院のベッドで眠る私が見ている私が望む未来、と言われた方が…きっと自然ね」
「それは………うん、ごめん。俺のせい……多分さっちゃんだけじゃなくて、色んな人に迷惑をかけてる」
「謝らないで……これは事故、災害に巻き込まれたのよ。でもだから……こんなに嬉しいの、もう会えないと思っていたかー君がここに生きていて私と唇を合わせてる今が…とっても幸せ」
「……俺はまさか、さっちゃんもそう想ってくれてたなんて思ってなかったんだ。昔からずっと……言うのは恥ずかしいけど、俺の初恋はさっちゃんだからね」
「あら、嬉しい…ならもっと早くアタックしておけば良かった。まぁ一番乗りじゃなかったのは少し残念だけれど……ね、色男さん?」
「うっ………それはその…ちょっと気不味いなぁ…。でも……4人とも、俺を支えてくれた最高の人達なんだ。だからこればかりは…謝れないよ。むしろ聞かないといけないのは、4人も相手が居る最低男をさっちゃんが選んで良いのか、って所なんだけど」
「この世界でそれを『最低』と思っている人間がかー君以外に居ない、というのも問題じゃないかしら?確かに最初は少し思うところもあったわよ?でも、地球だって一夫多妻の歴史はあるしそこは捉え方次第ね」
「まぁ間違いなく異色ではあるよ。最初はやっぱり抵抗というか、罪悪感みたいなのはあったかな……でも皆大切だからって割り切った。本当に皆から救われたんだ……俺を選んでくれたなら、俺がそこから一人選ぶなんて偉そうな真似は出来ない」
「……かー君に4人も恋人がいる事に驚いたのは確かにあるわ。そうね……あの子達やラウラさんと話して接してみて、納得…と言うより腑に落ちたが正しいかしら…?彼女達ならかー君と居ても当然、そう思えたのよ。でも私だってかー君は諦めきれない…だからこの世界のハーレム常識に便乗することにしたわ」
「………いや俺が言うのもアレなんだけど、そうはならなくない?もっと俺、嫌われて
「そうかしら?お互い納得出来てて仲良くやれるなら問題なさそうよ?こう……家族みたいな感じね、聖都での戦いとか学院での生活でお互い相手の事が分かってきたから……私達、上手くやれるわよ?」
「すんげぇ心強いな……」
朝霧の分かりみが深過ぎて言ってる彼方も少しタジタジしてしまうくらいには、彼女の覚悟は強かった
日本ならば不誠実や極みとすら取られるであろう状態、それを否定しない男…彼方は自分を客観視しても良いところが1つと見えてこない。
何故こんなにも彼女から好意を寄せてもらえてるのか……それが不思議でならないのに、彼女から寄せられる心がどうしようもなく嬉しいのだ
幼き日から共に居た彼女からの熱い好意が…ランドセルを背負って肩を並べ登校していたこの少女が今はその肩を寄せ合って口吻まで交わして…彼方とて彼女を離したくない、自分と共に居て欲しい
彼女が今の自分の全てを受け入れてくれている、と言うのなら………
「なら、その…改めて言うけど…朝霧、俺の恋人になって欲しい。ずっと昔から好きだった……この世界で4人も大切な人が出来ても、君だけは絶対に諦めきれない」
「ふふっ…っ、あははっ!えぇ、えぇっ……勿論よっ!私の全て、受け取りなさい…彼方。代わりに……私も貴方の全てを貰うわ」
先程の一筋流した涙を感じさせない普段の彼女の岩打つ水流のような怜悧さで笑い、嬉しそうに相手の名を呼ぶ…お互いにこの時だけは昔からの愛称ではなく本当の名前で、「お前が欲しい」と言い合った
そんなお互いの様子が少しだけおかしくて、くすり、と2人は笑ってしまう
それは異世界と言う地獄を生き抜いた少年が血腥い理不尽な世界の中で見た幻か、それとも想いを寄せた少年が失踪した果てに異世界で彼に再会する夢を見ている少女の望みか…そんな儚さを現実は否定する
幾果ての世界の先、星の数では足りない程の確率の更に向こうで消えた少女と進んだ少女は再会を果たしてその想いを交わしたのだ
「…よく待てたな…もし途中で出てくるなんて空気の読めない真似をしようものなら、流石にこの手で消さざるを得なかった」
「え…………いやなんか前もこんな事あったわね、まさか誰か来てるの?」
カナタが低〜い声で溜息とともに漏らした言葉に朝霧はぎくり、と少し固まる…こんな感じのことをどこかの森の中でもやったような気がしたからだ
そんな彼の声に応じるように、綺麗にカットされた園芸の茂みの角からそこで待っていたかのように姿を現した
肩まで毛先が届く焦げ茶色の髪を小さく一纏めに縛ったウルフカット、白のノースリーブブラウスの上からワイルドな革製のジャケットを羽織り、太いベルトでしっかりと締めた膝まであるパンツルックな服装で、そのへんを歩いていても何の違和感も抱かれないだろう。
涼しさを増した秋の風を感じる格好は季節感にもぴったりだ
そんな格好をした少女が…気不味そうに2人に近づいて来たのである
「いやぁ……なんか悪いねー彼方。タイミングが悪くて……あ、続きがあるなら帰るよ?」
「来てんの知りながら続ける程盛ってないっての……雫。というか、学院に来るなんて珍しいな」
「メリアの先生姿を見なくっちゃいけないからね!あんなに小さかったのに立派になって………感動した……っ!そしたら2人が歩いてる姿見えたからつい声かけようと思ってね?」
「見られてたのは純粋に恥ずかしいのだけど…なんか、厄介なオタクみたいになってるわよ…?ストーカーとか言われてないわよね?」
「怪しいもんだ……聖女のストーカーとかこの世界なら極刑モンだな、うん。てっきりまだ聖都に残ってるものとばかり思ってたわ」
「まぁ聖都は堪能したしねー。あと戦いの時、私の事知っちゃった聖女の子達がちょっと熱烈というか面倒というか厄介で……ラヴァンに逃げてきた、うん」
「「うわぁ……厄介なオタクに絡まれてる方だった………」」
そう、霊堂雫であった
破壊の勇者と名を轟かせた伝説的勇者であり、カナタの手によってつい最近生き返った日本人の雫はまだ聖都で色々と満喫しているはずだったのだが…珍しいことに王都の学院に姿を現している
どうやら相棒である聖女メリアの授業姿を覗きに来ていたらしい。
因みに雫が学院に入れているのはちゃんとメリアが立入許可証を発行して「是非学院にも来てください」と誘っているからであり、決して彼女はストーカー行為をしていた訳ではないのだ
………というか、問題は聖都で雫の顔が割れた聖女と聖騎士の面々であった
彼女が蘇生後にメリアの前へと姿を現した時…多くの聖女や聖騎士が防衛戦を構築していた事から彼女がかの「破壊の勇者」であることはその場の者達に知られていた。
カナタの根回しにより聖女教会上層部から箝口令が即座に敷かれ、魔法誓約書にまで署名をさせた事で他へと拡散することは防いだ…ちなみに魔法誓約書は魔力の登録をした者が禁止事項とした行為を行おうとすると身体が勝手にその行為を止めてしまうものだ
信用や信頼の証として行うもので、非合法性のないアイテムである
なので彼女の存在が世間に拡散されることは無くなったのだが、彼女を知った聖女と聖騎士はそれはもう雫の熱烈な大ファンになってしまったのである。
ある時は歩いている時に聖女達に囲まれ「ご一緒にお茶でも!」と誘われ、ある時は聖騎士に囲まれ「私の忠誠をお受け取りください!」と膝を付かれる…ちなみに全員そろって女性である
これには流石の雫も参ってしまった
アルスガルドを自由に、色々な場所を観光して歩くのが生前(文字通り)からの夢だった雫はかつて彼女に笑いながら語ったように聖都の散策を楽しみにしていた。
メリアと共に歩く聖都はとても楽しかった…のだが、彼女を知った聖女や聖騎士が押し寄せてしまいそれどころではなくなってしまったのだ
しかも何がキツかったかって、押し寄せる彼女達をあっぷあっぷしながら押し退けているとメリアの機嫌がどんどん斜めに傾いていくのである!
これには雫も大いに焦った…!!
ーーなんで!?こ、この子達を追い返そうとしてるだけなのにメリアから不穏な気配がどんどん強くなってく!?うわ凄いね表情全然変わってないのにビリビリ伝わってくるよ…!
何故なのか…と焦りに焦った雫は学院の休み明けを良いことにそのままメリアにくっついてラヴァン王国へとやって来ていたのである。
生前は13歳の少女だったメリアも今では立派な女性だ、教壇に立ち落ち着いた姿勢で教鞭を取る姿は雫も心踊るものだった…あの少女がこんなにも立派に人は教える聖職者へと育ったのを見れれば雫も胸が暖まる
…何故に他の聖女や聖騎士に集まられた時メリアが不穏な気配を醸し出して来たのかは分からないのだが!
ラヴァン王国に到着してからは取り敢えず彼女のご機嫌は良さそうだが…油断は出来ない雫は今も頭を悩ませているのだ
そう…まさか厄介オタクにストーキングされてる方だとは思わなかった彼方と朝霧はとても微妙な表情になったのであった
「ま、まぁそれはいいか…あんまり触れない方が良さそうだし…。で、メリアはどした?」
「あー、今は聖女教会の王都中央礼拝堂かな?ほら、聖都の戦いから聖女として全面的に復帰したみたいでさ、今は特別一級聖女として頑張ってるみたい。…というかこの国だとラウラを除いて一番力のある聖女らしいよ?」
「メリアさん…雫が生きてた頃に一緒に旅をしてた人よね。ってことは100歳越え…というか特別一級聖女ってはじめて聞いたわ」
「現代には4人しか居ない特級聖女の次席にあたる地位だ。メリア・ミグリスタの力は確かに本物だよ、流石は100代目勇者の目付役だな?」
「あは、は…そ、それ程でも~……ってそれはいいの!ねぇ彼方、またお願いしたくて来たんだからさ!」
「……また、って?」
「あー……最近気合い入ってんね」
「勿論!もう死ぬわけにはいかないからね!だから……手合わせ相手、よろしくっ!」
そんな追っかけられな雫の陽気な声が学院の庭園に木霊したのであった
(え……なんか軽いノリで決まったのだけど、この2人の手合わせって要するに要するに……ーー)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【後書き】
「ーー……怪獣大決戦、ですわね」
「か、怪獣と言うのは言い過ぎではありませんか?」
「あら、甘く見てはいけませんわよ…メリア様。私達の受け持つ勇者がどれだけ常識外れなのかはお分かりでしょう?」
「……まぁ雫も大概ブレーキが外れている節があるのは否めませんが。しかしあくまで手合わせではありませんか?」
「そう……練習や訓練ではなく、手合わせと言ったから嫌な予感がしますのよ。何が起こるのか考えたくありませんわね」
「あっ………し、シズクも流石に加減はすると思いますよっ?でないと組み手の相手が大変なことに……………あっ」
「そう、相手がカナタさんと言うのが不味いですわね……言わばシズクさんが唯一持てる力をぶつけられら人類は彼だけですから」
「…と言うかそちらも大事ですが、個人的にはシズクがジンドー様とサギリの恋路を妨げかけていて心配です。あれほど空気は読むようにと、120年前から言っているのに…」
「……言ってましたのね、120年前から」
「はい……シズクはすぐに入りにくい会話の中に平然と突っ込んでいく節がありましたから。それのせいでシズクに言い寄る女性が日に日に増えて対処が面倒に…」
「……メリア様?出てますわよ…まだ本編で見せてない部分が、ポロリと……」
「あ、あら……申し訳ありません……。私ってば、こういうのは120年前に卒業しよう、と決めていましたのに…聖都で言い寄る女性が爆増したおかげでつい…」
「まさか……聖都でシズク様のファンになった方々も対処してしまったいましたの?そもそも対処ってなんなのでしょう…?」
「ふふふっ、ふふっ……少しマイナーな聖魔法ですが、本人が嫌う記憶にヴェールを掛けて曖昧にする魔法…『グロウシスの柔幕』という魔法がありまして…」
「それは確か性被害や親しい人を失った方に嫌な記憶を封じ込める為に施す聖魔法……って、メリア様?それで何の記憶を曖昧にしていますの?」
「大丈夫です、少し色々なお願いをしただけですから…。私の特異魔法『
「なんてことですの……100年経って力を増した分だけ厄介なことになってますわ…。シズク様、絶対に間違えないでくださいまし……というか昔はどんな感じだったのでしょう?」
「ふふっ、それはまた後程……機会があれば語られると思いますよ?」
「なぁ、お前の聖女ちょっとやばくね?ニュー○ライザーみたいな魔法使ってんだけど…」
「あわわ……わ、私が見てないところでそんなことを…普段のメリアはあんな感じじゃないんだよ?」
「なんかこう…ラウラみたいなまっすぐ系じゃなくて歪みを感じるな、歪みを」
「えっと……いい子なんだよ?ただ思い込んだら一直線と言うか……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます