第6話 快適な無人島

 目が覚めたら真夏の無人島だった。

 さんさんと太陽の輝く砂浜に倒れていて、日焼けも過ぎると火傷になるのを思い出して慌てて木の影に移動する。

 しかし私は無人島なんて来た覚えはない。訳も分からず島を見ると、コテージのような建物が五つあり、その中は風呂場洗面所トイレ完備。寝具やら食べ物やらが豊富で定期的に人が来ているんだろうと思われた。なら、誰かが来るまで待つことにしよう。不法侵入で裁かれなければいいが。私は「1」 と番号の振られたコテージを根城にこの無人島で過ごすことにした。



 釣りの道具が置いてあったので暇つぶしに始めると結構ハマった。テレビも置いてあって夜はこれを見て過ごした。どこから電気が来ているのか知らないが、クーラーも普通につくので寝苦しい夜もない。

 数日過ごすうちに、ここはもしかしたら異世界ではないかと思った。夜空には月みたいなのが三つも浮いてるし、食料はいくら食べても冷蔵庫を開ければいつの間にか補充されている。

 が、それが分かったところで何かが変わるということもない。ここには私以外誰もいないのだ。もう何日誰とも話していないだろう。流石に寂しくなってきた。誰か、誰かいないだろうか。


 ある日今日はどこから釣りをしようか迷っていたら、砂浜に人が倒れていた。

 久しぶりの人。だがここは異世界。警戒しながら近づくと、その人は私と同じ十代後半くらいの少女みたいでホッとした。コテージに連れていく。



 その少女はノラと名乗った。自分も名乗らねばならない。サナですと。

「異世界っぽいけど、どうしてここにいるのか分からない。サナさんは分かります?」

「さあ。私にも分からない。この無人島が誰かの所有物できっとそのうち誰か管理人みたいな人が来るだろうと思ってここにいるんだけれど」

「そっか……。私もそうするしかないのかな。どうやってここに来たかも分からないし、脱出するにも船もないし。ええと、一緒に住みます?」

「……コテージは五つもあるんだし、そんな広くないから、他の一つを借りたらいいんじゃないかな。ほら、いくら寂しいっていってもプライバシーってあるじゃない?」

「サナさんの言う通りですね。じゃあ私は二番目のコテージを借ります」



 ざっとノラの様子を見ていたけれど、異世界の無人島にいるなんて知らされても特に驚いた様子はなかった。

 もしかしたら、あの子も私と同じ、異世界召喚された人間だろうか。




「おお勇者よ、どうか我が世界を救いたまえ」

 サナは学校の帰り道、そんな声を聞いたと思ったら異世界召喚された。気がついたら大勢の人がいる不思議な空間にいて……色々あって魔王を倒した。

 予定より早く帰って驚かせちゃえと思って覚えたテレポートでこっそり王宮に戻る。王様が来るのが分かってシャンデリアの上に隠れた。

「王よ。今代の勇者は力が余りにも強すぎかと。戻ってきた時はどう殺しましょうか」

「毒でもハニートラップでも何でも使え。異世界人というだけでも気持ち悪いというのにまったく」

「今までの勇者は全員相打ちだったというのに今代は規格外すぎます」

「それでも死ぬときは死んでもらわねばならん。魔王を倒した報酬など今まで魔王に蹂躙されていたこの国には払えん。魔王はこの世界の人間には倒せないのだから仕方なく呼んでいるというのに。元の世界に戻る方法が分かっていたらとっくに送り返していたわ。あんな怪物女」


 戻ったら殺される。元の世界に帰る方法は最初からない。

 それを聞いた自分は目の前が真っ赤に染まった。


 ……その王宮には最終的に誰一人と存在しなくなった。そして人が居なくなった空間を悠々と歩いて、宝物庫にたどり着いた。魔力が豊富な者が触れると奇跡を起こす水晶があるらしい。ここから離れて安全な場所に行きたいと思いながら触れたら、ここにいた。



 ノラも似たような境遇だった。前世日本人の記憶がある人間が異世界の貴族に転生してそれなりに楽しんでいたのだが、時の王家の謀略に巻き込まれて一族郎党死刑になるところを家宝の水晶を使って逃げてきた。

 一人だけ逃げたこと。戻っても居場所がないこと。ノラもサナもここに一生いてもいいかなという気分だった。



 また数日すると別の少女が砂浜に倒れていた。

 ミサと名乗った美しい少女は二人と同じように過去を語ろうとしない少女だった。つまり訳有りだ。

 元の世界でその美貌ゆえにモテモテだったが、それを妬んだ人間が彼女を殺そうとした。慌てて逃げた先がここだった。彼女は三番目のコテージに入った。




 また数日すると別の少女が砂浜に倒れていた。

 彼女はルナと名乗り、やはり過去を語ろうとはしなかった。

 元の世界では若くして一国の女王であったが、政略結婚相手に国乗っ取りを目的に毒殺されそうになり、慌ててここに逃げてきたのだ。四番目のコテージに入った。



 また何日か後には別の少女が倒れていた。

 彼女はアンと名乗り、過去については黙秘を貫いた。

 実は異世界では聖女であり、その寿命と引き換えに様々な奇跡を行っていたが、今にも死にそうなアンを見た母親がアンをここに逃がした。コテージは全て埋まった。




 人数が増えた元無人島は中々の賑わいだった。たまに女の子だけのパジャマパーティーなども行われ、全員それなりに幸せそうに見えた。

 だが数日後、一人ずつ消えて行くことになる。



 きっかけはノラだった。

 王家の陰謀に巻き込まれて一族全員に死刑判決。魔法の力でからくも難を逃れた彼女としては、ずっとここにいてもいいと思っていた。

 そんなある日、島の中にある森を探検していると、自分を呼ぶ声がする。

 他の女の子達だろうか? と声のするほうに行くと、元の世界で自分の騎士だった男が血塗れで立っていた。

「エレオノーラ様……良かった。ご無事で」

「どうしてここに」

「貴方が処刑されたあと、俺は反乱分子をまとめて国を滅ぼしました。もう安全です。どうかお戻りください。貴方の場所は玉座こそふさわしい」

 ノラは迷わなかった。もう待っている者もいない世界だと思っていたが、ここまで壊れるくらい自分を慕っている人間がいるなら戻ってもいいと思えた。



 次にミサが消えた。

 いなくなったノラを探しに無人島の端のほうを歩いていると、沖合から小舟がこっちに向かってくる。

 見覚えのある姿だった。代々家に仕える従者の一族の幼馴染。

 元の世界でどんな男の人よりこの従者と結婚したいのだと公言したら、親には頭がおかしくなったのだと言われ、求婚してきた男達から大ブーイング。そのうちに一人に侍女を篭絡され、毒を盛られた。他の人間を選ぶくらいなら……と思う人間がいてもおかしくないほど、ミサは狂信的に異性に愛されていた。かすんでいく景色の中、祖母から送られた水晶を握りしめていた。そして気がついたらここにいた。この島は居心地がいいけれど、ずっと夢だと思っていた。これも夢だろうか。

「あなたなの? どうしてここに……」

「お嬢様、お迎えにあがりました。しかし私はその島に上陸できませぬ。……元の世界には戻れませんが、もしお嬢様のお気持ちが変わらないのであれば、ここまでいらしてください。二人で世界の果てに行きましょう」

 ミサはなりふり構わず海に飛び込み、幼馴染のいる小舟に乗った。そして二人で水平線の彼方へ消えていった。



 最後にアンがいなくなった。聖女の力は自己犠牲の力。元の世界では命を削る代わりに病気や怪我を治したり魔物を退治したりしてきた。

「このままでは死んでしまう。こんなことのためにお前を産んだのではない」

 母はよくそう言って泣いていた。泣くだけでは収まらなかったのか、ある日魔法の水晶を今にも死にそうなアンに渡して、アンはこの無人島に来た。

 いなくなった二人を探すアンの前に不意に母親が現れた。

「この世界は、お前に優しかったかい?」

「はい。毎日ゆっくり出来る贅沢が味わえました。……でもそれはそれで落ち着かないんです」

「……ここにいればお前は永遠に生きられる。でも戻ったら……」

「迎えに来てくれたんでしょう? お母さん。私を一番愛してくれた人。永遠はやっぱり寂しいよ。最後はお母さんと一緒に主の御許に行きたいな」

 アンは母親の手をとり、光となって消えた。



 ――その無人島には今も二人の少女がいるという。迎えの来なかった二人が。サナとルナの二人が。

 その世界は噂によると可哀想な魂が死ぬ前に立ち寄る幻想郷だという。

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