異世界夢幻十夜

菜花

第1話 夜の巨人

 俺には前世の記憶がある。地球の日本ということろで平凡なサラリーマンだった。定年退職したその日に交通事故で亡くなったのが最後の記憶だ。自由時間が増えたら読みたいと思っていた本や無料小説を読みまくるぞと思っていたんだがな。

 だが何の因果か記憶を持ったまま異世界に転生。そして今では……。

「バリーおにいたん、アニタ、おやさいいらないよ?」

「アニタちゃんったら、食わず嫌いはよくないのよ? 伯父さん伯母さんにちゃんと食べさせるように言われてるんだからね」

「ねえバリー、今日は三階で食べましょうよ。今日は満月だし、窓からの見晴らしが最高だと思うわ。アニタちゃんの食欲もわくかも」


 話した順から四歳の妹、二つ年下の従姉妹、隣に住む面倒見の良い幼馴染。そして俺は裕福な村に住む村長の一人息子で17歳のバリー。絵に描いたような勝ち組だ。まさか自分が小説みたいな体験するとは思わなかったが、これなら悪くない。


 ギシギシと階段の音を響かせて三階に登る。この村で三階立ての家はうちだけだ。そして三階のリビングにつくと、あまり大きな窓ではないが綺麗に磨かれたそれから外が良く見えた。星空と満月が綺麗だ。

 食事を盆からテーブルに並べて遅くなった夕飯を取る。俺の両親や従姉妹と幼馴染の両親は揃って用事のため王都に行っているので留守。女だけでは心配ということでうちに泊まることになった。いやー、ハーレムっぽいよな。


 俺の隣に幼馴染、正面に妹、妹の横に従姉妹という座り方で夕飯を食べ始める。まだフォークに慣れてない妹のフォローをする従姉妹の図が微笑ましい。

「おそとに出たらお月さまがつかめそうだね」

 食事中、真横の窓を見ながらアニタがそう言った。途端に空気が凍る。

「――駄目よ、アニタちゃん。それだけは駄目」

「そうよ。夜になったら絶対に外に出てはいけないの」

 幼馴染達が血相を変えて妹を説得する。何故なら……。


 ぬっっと窓に恐ろし気な巨人の姿が映った。俺は慌てるでもなく「三階の窓で顔が見られるなんて本当にでけえな」 と思っていた。毎晩見ていれば慣れたものなのだ。


 巨人。ここが異世界だと分かった理由だ。

 この世界には夜の巨人というものが存在する。

 犯した罪が重すぎて埋葬されても大地に受け入れられなかった存在が巨人になるとか、邪眼に睨まれた人間が巨人になるとか言われてるが由来は結局のところ分からない。ただ、呪われた人間が巨人になるらしいということだ。元の世界でいう吸血鬼や人狼みたいな存在だろうか? 彼らもまた夜にしか活動しないのだから。

 巨人はそこに存在するくせに影はないし音はほとんど出さない。じゃあ無害じゃないかと思うだろうが、以前好奇心で巨人の前に出た子供がぼりぼりと食われた。それ以来俺もあいつらに立ち向かおうなんて思わなくなった。

 招かれさえしなければ家の中に入ることもない。だからこの世界では誰も彼も夜になると家に閉じこもる。どうしても外に出かけなければならない時は聖者から護符を貰うしかない。遠出する両親達はその護符をもらって出かけていった。

 俺達四人は巨人のうろつく外を眺めながら黙々と食事をした。ああ、幼馴染が三階で食べようなんて言い出したのは好奇心旺盛なアニタが外に飛び出さないようにするためか。ベランダのある三階の窓は子供には開かないようになっているし。


 食事が済んで後片付けも終わると俺達は寝床についた。カーテンをしっかり閉めて。俺とアニタは同じ布団で、しっかりアニタを抱きしめながら眠りについた。万が一にも外に出ないように。

 個性溢れる異世界に転生してみたい、と思ったこともあったが、これはこれで不便だなと俺はぼんやり思った。


 




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