剣と竜[つるぎとりゅう]

三夏ふみ

開演

王は苛立ちを隠せずにいた、いつもは厳粛な謁見の間まで、民衆のがなり声が届いていたからだ


「どうなっておるのだ」

「はっ!現在、外周門にて異教徒と交戦中、城の正面門の守りは…」


ドン!


「そんな事を聞いているのではないわ!外の馬鹿騒ぎはなにかと言っておるのだ!」


説明を続けようとする兵の声を遮るように、王は足を鳴らし窓の外を指差すと、大きな声で詰問した


「げ、現在詳しく調べさせておりますが、少数の異教徒が街に侵入し、一部の民を先導している模様です…」


近衛兵のカイルは跪き、王の足元を見つめ答えた。

正確に言えばそれ以上目線を上げられなかった、上げるのが恐ろしのだ、王の怒りが全身をひりつかせ、額にはアブ汗が滲み出てきている


「…お前はわしを馬鹿にしておるのか?それともお前が馬鹿なのか?」


背後から囁く様に話す王の声が耳元で聞こえる。突然の事に思わず顔を上げるが、王は玉座に座り頬杖を付いてこちらを見下げている


「…わしは、なぜ異教徒が城下におるのかと、そう聞いておるのだ」


耳元で囁かれる冷やかな声は、尚も後ろから続いている、しかし相変わらず王は玉座に座り、こちらを見下げてたままだ。目が離せない、背後はどうなっている?

カイルの背中からは一斉に冷たい汗が吹き出す、逃げなければ、一刻も早くこの場から逃げ出さなければ、本能が頭の奥から警鐘を鳴り響かせる。だが身体は硬直して動かない、いや動けない


「…わしの配下に馬鹿はいらぬ」


吐き捨てる様に呟くと背後から気配が消える、それと同時にカイルは足元に違和感を感じた。

堅牢な筈の大理石で出来た床に、跪いた足が沈み始めたからだ、慌てて足元を確認すると、普段なら顔が映り込むほどに磨き抜かれた床が、黒くうねりまるで沼のようになっている。

徐々に沈んでゆく足元に慌て立上がろうとした時、さらなる絶望がカイルを襲った。どろどろとうねる床から手が現れたのだ、指先が赤く細長い黒い手が無数に。その手がカイルの足は疎か腕や腰、肩や頭までもを掴み、ぬかるむ床に引きずり込もうと絡み付いて来たのだ


「た、たす…」


あっという間に首元まで引きずり込まれてる。恐怖と苦悶の表情を浮かべながら口までも塞がれ、断末魔の叫びも許されぬまま、カイルは床に消えた。


「聖騎士はどこにおる?剣聖は?竜騎士は?銃剣士はどこだ?…なぜ誰も居らんのだ?」


先程から変わらず、玉座の肘掛けに頬杖を付き微動だにしない王は、窓際に控える他の臣下に問い掛ける


「どこで何をしておるのだ、屈強な我が騎士団はどうした?なぜわしの招集に馳せ参じんのだ!」


再び声を荒げる王、だが皆一様に跪き下を向いたまま息を殺している、再び静まり返る広間


「…黒炎竜の騎士」


静寂の緊張に耐えかねたのか、臣下から小さく漏れ聞こえる、あるいは王の空耳か。

バン!カラン、カランカラン

王笏が臣下達の目の前に投げつけられる


「お前達はつくづく、わしを怒らせたいらしいな…」


謁見の間の大気が震える。ひと声発しただけだったが悪寒が走り背筋が凍る、異質な空気に臣下達が顔を上げると、王座の前に立つその男は周知された王ではなかった。目は真赤に血走り肌はみるみる赤黒く染まりる、口からは吐く息と共に得体のしれないなにかが立ち昇る。最早それは人ですらなかった。



雲ひとつない青い空はどこまでも広がり、中庭いっぱいの木々は新緑を芽吹かせ、花々は色とりどりに咲き、鳥達は祝福の歌を奏でる、清々しい午後、民衆の歓喜の声が遠くから聞こえる。

そんな中庭から見える謁見の間の窓には、地獄の様な所業が広がっていた。猛り狂う王と逃げ惑う臣下達、床からは先程を遥かに超える数の赤黒い手が現れ彼らを襲う、ある者は逃げられぬよう足を落とされ、ある者は抵抗できぬよう腕を引き抜かれ、ある者は叫べぬよう頭を貫かれ、皆一様に黒くうねる床に引きずり込まれている。


謁見の間に静寂が訪れる。王は王座に深く腰掛け、肘掛けにもたれ掛かり頬杖を付く、そして深く目を閉じた。

王以外に誰もいない空虚な広間。この先誰か訪れる者はいるのだろうか?王の声を聞き、共に歩もうとする者が現れる日が、再び来るのだろうか。



重く重厚な音が回廊に響き渡る。

王は静かに目を開けた。その目に映ったのは、固く閉ざされた筈の大きな扉が、ゆっくりと開いていくところだった。

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