愛憎の配達員

谷 友貴

第一話

 また、今日もだ。


 スマホのGPSでは、もうアパートのエントランス近くに配達員のアイコンが表示されているのに、配達完了の通知が届くのが少しだけ、遅い。それに、


【配達が完了しました。】


 配達員と顔を合わせるのが煩わしく、玄関先への置き配を指定しているから、配達完了の通知が鳴ると玄関先に赴くが、どこにも商品らしき紙袋が置かれていない。


 在宅ワークがようやくうちの会社でも導入されてから、毎晩飲食系の宅配サービスを使用しているが、ここ数日同じようなケースが何度か起こっている。大体はアプリに表示されている番号から配達員に連絡するか、運営のサポートチャットに連絡を入れるが、どちらの場合も、もう配達は完了しているという返答が帰ってきて、再度玄関先に赴くと、確かに俺が頼んだチェーン系のハンバーガーが入った紙袋が置かれている。


 アプリの調子が悪いのか、スマホの調子が悪いのか定かではないが通知が届いてから商品が置かれるまで微妙なタイムラグがある。しかし、このアプリ1つのためにスマホを買い換える気にもなれないし、何度も苦情の連絡を入れるほど俺も暇じゃない。


 もう数分待っていれば、確実に届くのだから、多少遅れたって文句はない。そもそも今までだって、通知が届いてからすぐ取りに行っていたわけでもない。トイレに入っていたり、動画を見ていたり、それこそ仕事中だったり、何か一段落ついてから取りに行けば良いだけだ。だから、今回もこの電話が終わってからで良いだろう。


 地元の女友達。と言えば聞こえは良いが、高校が同じで、大学時代にセフレとなった女からの電話。何でも、来月仕事で東京に来るらしい。


「ねえ、聞いてる?」

「ああ悪い、なんかスマホの調子悪くて。とりあえず店は俺の方でとっとくよ」


 連絡を取ったのは久々だが、ゴールが既に見えている飯の誘いを断る男はそういないだろう。


「ありがとー。オシャレな店なんだろうなー」

「ちょっと、ハードル上げないで」

「だって学生の時も、桐山くんが予約した店、全部小洒落てたもん」


 香澄は明るさが取り柄だが、言葉を選ぶ能力は人並み以下だ。


「言い方悪いな」

「ごめんって。でも、モテてたもんねー、チョコとかいっぱい貰ってたし」

「まあ、それなりには貰ってたけど」


 当時、手作りチョコに自分の血を混ぜて渡すという都市伝説が流行って、既製品でないものは全て口を付けずに捨てていたが、この女からも手作りで貰っていた以上、それを言うべきではない。


「あ、でも私最近プチ整形したから、会ったらちょっと印象違うかも」

「え、そーなの?」

「うん、私のは逆さ睫毛が目に入りそうで危なかったから、美容整形じゃないけど」

「なら会っても分かるでしょ。むしろメイクがケバくなってたりした方が分かんないと思う」


 それは無いってと、変わらない活気な声で、香澄が応える。久々に会っても、香澄ならひと目で分かるだろう。


「知り合いには二重にしたりとか、小顔にしてる人いるけどね。私もやってみて、ちょっと興味出たし」


 近年、プチ整形と呼ばれる美容整形を比較的低額で行えることは俺でも知っている。仮に、この女がそれをしていても、さほど驚きはない。


「本人が良いなら別に良いしね。きりが無くなったら終わりだけど」

「あ、あの子とかがっつりやったらしいよ。ほら、言いにくいんだけどさ」


 地元の人間と会話していると、たまにこういう雰囲気になる。その理由も、もう分かりきっている。


「美幸の友達とか?」

「あ、そうです」

「別に、もう気にしてないって言ったらおかしいけど、大丈夫だよ」


 ほんと?と、聞き返しながらも香澄は矢継ぎ早に話しだした。多分、話したいのだ。


「美幸ちゃんとすごい仲良かった子いたじゃん。もう名前忘れちゃったけど、ちょっとボーイッシュな感じの。あの子もう原型分かんないくらい変えたんだって。すごいよね、友達とか恋人とかどういう反応なんだろ」

「あー、そんな子いたような気がする。確か、伊藤だか佐藤だかって名前の」


 確かに、不気味な位に美幸と仲の良い女子はいた。俺と付き合い出してから、様子がおかしくなったと美幸が漏らしていたような気がする。話したことがあるかも分からないレベルで、印象は薄いが。


「そうそうそんな感じの名前の。びっくりだよね、同級生でそんな子がいるって」

「それも本人がやりたいんだろうけど。原型分かんないレベルって、気になるところばっかりできてるパターンな気がする」

「あ、それともう1個言いたかった事あるんだけど。うーん、言って良いか分かんないし、これは会った時に言おっかなぁ」

「いや、そこまで言ったらもう言ってよ。気になるって」


 昔から香澄は噂話をする時に、思わせぶりにする癖がある。自分から言ったわけじゃなく、聞かれたから答えたという言い訳が欲しいのだ。なら、それを作ってやればいい。それに、聞いてみれば案外あっけないものなことが多い。


「なら言うけどさぁ、うちのお父さんて警察じゃん?なんか最近昇進したらしくて、その流れで聞いたんだけど、あれ、他殺かもって」

「え」


 突拍子がないのは昔からだが、今回ばかりはあっけないものではなかった。


「当時お父さんも捜査に加わっててさ、これも言いにくいんだけど、遺体に不自然なとこがあったって」


 今更、新事実が出てきたところでどうというわけでもない。もう忘れようとしていた過去の悲しい思い出だ。それでも、興味が生まれているのは事実。


「不自然ってどんな?」

「詳しいことは聞いて無いけど、なんか注射痕?かなんかあったらしくて、桐山くんにも言っといた方がいいのかなって」


 肝心な所があやふやなのも、昔からだ。


「そっか。教えてくれてありがと。でも、もう昔の話だしな。関係ないわけじゃないけど」

「うん。なんかごめんね、暗い話になっちゃって」


 香澄から話し出しておいて、催促をしたのはこちらの方だから、責めるポイントがない。


「いや、全然。もし、またなんか分かったら教えて」


 店の予約取れたら連絡すると付け加えて、通話を終えた。


 美幸とは高2の夏頃から付き合いだした。最初こそ、学生らしく周囲からもラブラブと言われるほど仲は良かったが、次第にもっと愛してほしいとか、1つになりたいとか重たいことを美幸が口にするようになり、それに耐えかねて俺から別れ話を切り出した数日後、美幸は自殺した。


 俺は美幸の気持ちを受け止めきれなかったことを悔いたが、同時に俺を悪者のように仕立て上げた美幸に複雑な思いを抱いた。


 記憶の奥底に追いやって思い出さないようにしていたが、次に会うときに香澄の口から新事実が出てくることを期待している俺がいる。葬式の際、俺を敵のように見つめてきた美幸の両親の顔が脳裏に浮かんでくる。もしかしたら、他殺の線が濃厚になることで、美幸の死が俺のせいではないと思いたいのかもしれない。


 バタンと扉を閉める音が聞こえた。このアパートは壁が薄すぎるわけではない無いが、大きな音はやたら耳に響く。多分、最近引っ越してきて、今どき珍しく菓子折りを持って挨拶に来た、隣の女だろう。まだどの程度の音なら迷惑にならないか、分かっていないのだ。その音で、配達のことを思い出した。


 腰を上げて、あの女も見た目は悪くなかったなと思いながら玄関を開くと、隣の女が部屋に戻ろうと鍵を差し込んでいる。忘れ物でも取りに来たのだろうか、名前は覚えている。


「あの愛野さん」

「あっ、はい?」

「あのー、お菓子とても美味しかったです。ありがとうございました」


 突然声をかけられて動揺しているのか、こちらとあまり、目が合わない。ただ、これはすごい。以前はおかしなセールスか何かだと思って、俺が目を合わせていなかったが、改めて見ると、相当だ。


 小さい丸顔に、切れ長ではっきりとした目つき。控えめな口元を、暗めでいて艶やかなセミロングの茶髪が覆っている。やや高い鼻筋が、細身でバランスの良いスタイルを際立てせていて、横顔も美しい。


 芸能界に居てもおかしくないレベル、というか、似たようなモデルがいた気さえしてくる。


「いえいえ、、お口に合って良かったです。それでは。」


 扉がまたしても音を立てたのを聞いて、俺も扉を閉める。


 あの女は、、いけるか?いや、隣に住んでいるし、いずれチャンスがあるだろう。何より、自信がある。


 学生の頃は、毎年1度は告白されていたし、気になった女に振り向いてもらえなかったことは無かった。さっき電話をしていた女も然り、今だって、体の関係がある女が3人は居る。


 そもそも、彼女が欲しいだとか、女にモテないだとか喚いている友人達の気が知れない。学生なら、運動部に入って、それなりに活躍して、女子と話す時に笑顔でいればどうにかなる。社会人なら清潔感を意識して、それなりの仕事に就いて、酒さえ飲めれば女に困ることはない。まあ、俺の顔も体格もそれなりに良いというのもあるが。


 大抵、自分に自信が無いとか言って女に困ってる奴らは、女にだって性欲があって、遊びたいと思っていることを理解していない、視野の狭い連中が多い。女なんて、適度に相手を褒めながら、身の上話だとか、最近の愚痴とかを聞いてりゃ勝手に良い人だと思ってくれる。


 この間なんて、香澄の話じゃないが、比較的良い見た目なのに、整形したいを連呼している女と関係を持った。そのくらい女は自分の欲望に歯止めがなくて、それを受け止めてくれる何かを探している生き物だ。気に入った女がいたら、その欲望を受け止めてやればいい。整形したいということは、顔のどこかにコンプレックスがあるということだ。そこを逆撫でしないようにだけ気をつけながら、見方によっては魅力的だと、俺は好きだよとか嘘でも言っとけば良い。一回の食事で、3,4個くらい褒めてれば、そのどれかが相手のスイートスポットに入って、分かりやすく上機嫌になる。そうなればもうこっちのものだ。


 社会人になってからは、全戦全勝というわけじゃなくなったが、勝率はおそらく8割を超えている。同時に複数の女に手を出すことに、道徳心が揺さぶられないわけではない。ただ、その打席にすら立たない臆病者よりはマシだろう。


 美幸の死後、俺は女のことをしっかりと観察するようになった。もう2度とあんな出来事が起きないように。そして、あんな女と巡り合わないために。


 さて、あの女はどうだ。どんな生活をしていて、どんな欲望を持っている?


 判断を下すには、まだ情報が少なすぎる。隣に住んでいる以上、向こうの警戒心も高いだろう。ただ、逆に言えば、連絡先を交換したりぜずとも、接点を持っているということだ。焦る必要は無い。今までどんな女を口説く時も、この心構えで問題無かった。


 日常に1つ楽しみが増えたことを喜びながら、味の濃いハンバーガーに齧り付いた。

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