過去の発言

エリー.ファー

過去の発言

 お母さんが生きていた。

 生きていた、というか。

 死んでいなかった。

 冷静に考えたらお母さんは不死身だった。

 だって、神様から命を何個ももらっていたし、間違いない。

 あぁ、良かった。

 幸せ過ぎて、伯爵になりそう。

 でも、疑うことも必要だ。母は、もしかしたら普通の人間なのかもしれない。たまたま、今回死ななかっただけで、明日は死ぬかもしれない。明日は死ななくとも、明後日は死ぬかもしれない。明後日は死ななくとも、明日は死ぬかもしれない。

 これは論理的に正しいのか。考えるのをやめた方がいいかもしれない。

 とにかく。

 母に感謝を伝えなければならない。

 過去の発言を謝りにいかなければならない。

 美味しいお菓子を買って、良い服を買って、楽しい時間を提供してあげた方がいいだろう。

 母の幸せそうな顔を作りに、そして、見に行くべきだろう。

 たぶん、プリンが良いと思う。

 母は、チョコケーキが好きだけれど、今、私はプリンが食べたい。プリンを買っていったら、余らせて腐らせると悪いから一緒に食べてと言ってくれそうな気がする。そうしたら、大手を振ってプリンを食べることができる。

 大手を振ったら、プリンがこぼれるかもしれない。

 とか、こういう感じの笑いをとるタイプの小説家がマジで嫌い。死ね。

 とにかく、母と一緒にプリンを食べるのだ。たぶん、お茶を淹れてくれるだろう。廊下に座布団を敷いて、庭を見つめて時間を過ごすだろう。

 草木は穏やかだろう。土は香り高いはずだ。

 そのまま、眠ってしまうかもしれない。

 母は、なんと思うのだろう。

 プリンを食べるか、眠るかはっきりしなさい、と言うかもしれない。

 私は無視して眠るのだ。もちろん、プリンをこぼすようなことはしない。大手を振っていては食べることができないからだ。

 父は、それを遠くで眺めながら新聞を読んでいるはずだ。あと、元プロヨーヨー選手だから、道具の手入れをしている可能性もある。

 時間は午後が良い。三時だとなおよい。

 隣の家の人も来るかもしれない。絶対にプリンをあげたくないのだけれど、来てしまったらしょうがない。一番質の悪そうなプリンを選んで渡すとしよう。

 母は、私のことが大好きだ。

 父は、口に出さないが私のことが大好きだ。

 私は、大好きではないにしろ、好きである。

 父は自分の命についてそこまで本気で考えていない。だから、死ぬときも簡単だろう。するりと動かなくなって、そのままのような気がする。ヨーヨーができなくなると寂しがるくらいだろうか。

「あんた、早く帰ってきなさい」

「帰るのは明日だよ、お母さん」

「違うよ。こっちは、すっごく大変なんだから」

 親戚の子どもが交通事故で亡くなった。

 二歳だったらしい。

 私はその葬式に向かう途中で、父と母が出会ったという学校を通り過ぎる。寄ってみたいと思ったが、遅刻をするわけにもいかない。アクセルを踏み込む。

 高層ビルが立ち並ぶ駅の周りを抜けて、橋を二つ渡る。

 市民センターによって通過許可証をもらい、防護服を身にまとう。動きにくいが致し方ない。

「ここから先は、車での通行は禁止となります。徒歩でお願いいたします」

 私は葬式の会場に向かってゆっくりと歩き始める。

 あと、二週間もすれば着くはずだ。

 焦ってはいけない。

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