第67話女神の箱

 まず、初めにすることは俺の考えと価値観を全て取っ払う。


 スフィアはマリーによって陰湿ないじめを受けていたと言っていた。


 しかし実際に俺はスフィアの言うような陰湿ないじめをマリーによって受けている場面を見たことが無い。


 今までであれば俺の前でいじめを行うようなバカはいる筈がないと思い、スフィアの言い分を全て鵜吞みにしていた。


 しかしこれが全て報告通り他の貴族令嬢からの嫌がらせ、そしてスフィアによる自作自演である事を覆すことが出来ないのも事実である。


 そしてこれらのいじめの内容を果たしてマリーが一人で全て行えたのか?という当たり前の疑問が出て来る。


 逆に複数の貴族令嬢とスフィア自身で行っていたとすれば、辻褄が合うのではないか。


 確かにマリーはスフィアへきつく当たって貴族令嬢とはと小姑みたいに指摘している節はあったのだが、悪口で罵ったり手を上げたりという場面に出くわしたことはない。


 考えれば考えて行くほど、確かにマリーを悪者扱いするにしても『マリー一人を悪者にする』事の難しさが浮き彫りになっていく度に、俺は徐々に考えるのが苦痛になっていく。


 もしこれでマリーが無罪である事を証明する何かに気付いてしまったら、俺の中の唯一の支えである『マリーがスフィアをいじめた張本人であり粛清されて当然の人物である』という大きな、そして唯一の支えが無くなってしまうからである。


 そして、それと共に訪れるであろう後悔の念と罪悪感に押しつぶされてしまうかもしれない。


「まさに女神の箱という訳か」


 この女神の箱というのは童話で語られている話の一つに主人公が最後女神から願いを一つ叶える事と引き換えに託された箱を、決して開けず厳重に保管しなてほしいきつく言われているにも関わらず開けてしまい、箱の中から数多の厄災が放たれてしまったという話である。


 それはまさに今の俺そのものではないか。


 恐らく俺自身、今回の件をこれ以上考えるのは良い判断ではないと思ってしまっている時点で薄々気付いているのだろう。


 それでもまだ、確信は持てない程度に留めているから何とかなっているだけである。


 これはきっと、俺が向き合わなければならない罪であり、その事から目をそらしてはいけないという事だけは今の俺でも分かっている。


 きっとここで逃げれば俺は一生落ちていく人生を歩むのだろう。


 そして俺は固く決意を固め、可能である範囲で衛兵に声をかけて資料の写しを集めるよう指示をだすのであった。

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