第22話 出身地

 ガリオンとの戦いの後、俺は時折出てくる亡者を浄化し、モンスターを狩る聖女らしい日々を送っていた。

 浄化したものが消滅しないおかげで、助けられた亡者だった人や、商人たちの間で俺の名も日に日に高まっているようだ。


 特に俺が浄化した食材や物品、鉱石といったものは優秀でこの国の新しい産業になりつつあるらしい。

 メリサさんに聞いた話だ。


 俺としてもどうにかしたかったので、やってくれる分にはとても助かる。

 金が俺の所に入ってきている気配がないのだけが、不本意極まりないのだが、そういえば聖女の給金ってどんな感じなのだろうか。


 まさか、この好待遇との引き換えで無償奉仕?

 その辺、あとで確認しよう。

 無償奉仕ダメ、ゼッタイ。


 メリサさんは、ガリオンとの戦いで俺が使えると認識したようで、あれやこれやと仕事を持ってくる。

 王様は泣きながら反対しているようであるが、メリサさんはガン無視だし、俺も進んやるからお父さん悲しいとハンカチを咥えているらしい。

 仕事しろと言いたい。


「ごふ……」


 ただ、連続して送られてくる仕事のおかげで呪いを受け入れられる範囲を容易く超過してくる。

 いくら身体強化に回したところで限度はある。

 日に日にその限度も、上がってきているようであるが微々たるもの。


 だいたい、夜寝る前に我慢してたものが決壊して血を吐くのが日課になっていた。

 嫌な日課である。

 でも、自分で選んだ道。

 今更無理ですとは言えないし、ヴェルジネ師匠に国を頼まれたのだから限界まではやってやる。


 もちろん訓練の方もきっちりやっている。

 他にやることがないし、訓練をやって日々呪いを消化しておかないとすぐに許容量パンパンになって内蔵ダメージが酷いことになるからだ。

 まさに某ソウルライクゲーで内臓攻撃を日常的に喰らっているかのような気分である。

 吐きそう。


 あとは単純に疲れた後のクローネの食事は実に美味しいのだ。

 その食材が何なのかは全力で目をつぶるとしても、非常においしい。

 空腹は最高のスパイスだとよく言ったものだ。


「さて、今日は何をしましょうか」


 そんな日々を過ごしていたある日、俺の予定がぽっかりと空いてしまったのである。

 聖女の仕事は実は結構、規則的で亡者が這い出して来るのは七日ごとなのだ。

 ディランに聞いてみたところ、亡者になってもすぐに変態が行われるというわけではなく、時間がかかるのだという。

 完全に変態して、化け物のような姿に変わるのが丁度、七日間ということらしい。

 それから亡者は外に這い出して来る。


 だから、その間は実はフリー。

 午前のモンスターの討伐さえやれば、あとは自由に過ごせる。

 もっぱら訓練とか読書にあてる時間である。


 今日も普段ならば訓練でもするところなのだが。


「ニメア様は、働きすぎ、動きすぎです! 休んでください! さもなければ私が自害します! 舐めないでください、本気です。マジで役割のないいてもいなくてもさほど変わらない護衛騎士の命の軽さ、甘く見ないでください!」


 などとアイリスに言われてしまっては、休むほかない。

 図書室にこもるのも禁止、遊んでいてくださいと言われてしまったのだが、俺はこの世界のあそびを何一つ知らない。


「困りましたね」


 そういうわけでほとほと困り果ててしまった。

 こういう時役に立つクローネは、なぜかこういう時に限っていないのだ


「おや?」

 

 ふと窓の外、ディランがこそこそしているのを目撃した。


 はて、何をしているのだろうか。

 外に行くらしいのだが、それなら城門からまっすぐに出ればいい。

 それをこそこそと庭へ出てから壁をよじ登ろうとしている。

 周囲を仕切りに気にしていることからも何かしらあることは明白。


 そこで俺の灰色の脳みそがピキーンと悟った。

 これは方面のお店へ行くのではなかろうか。

 うむ、気になる非常に気になる。


「社会科見学ともいいますし」


 そう、案内してもらおう。

 何よりディランの性癖を握るチャンスでもある。


「太陽・付与――二重ダブル


 入念に透明化の魔術をかけて、俺はこっそりとディランを尾行する。

 城を出たディランはメインストリートをしばらく進んでいく。

 思えばこうやって自分の足で王都を歩くのは初めてである。


 王都オルテアに来た時は、廃れてる、廃墟一歩手前、滅亡前夜とか思ったものであるが、今ではそれが嘘のように活気が戻ってきているようであった。

 モンスター食材が普及したおかげで餓える心配が減った上に、深淵から出土した武具などが飛ぶように売れることからグレイ王国史上最高の好景気。


 聖女が浄化したという付加価値のおかげで、拒否感もなく受けいれられているようで、あちこちでモンスター食材を焼く匂いが漂ってくる。

 食が足れば衣と住に目を向けることができるようで、モンスターの串焼きを食べて元気盛り盛りになった職人たちがあちこち走り回って王都の修繕などを行っていた。


「うんうん、とても良いですねぇ」

「なにが良いって?」

「それはもちろん、この光景……」


 ディランが隣にいた。


「うわあ!?」

「はは、なんだ聖女様だったか」

「え、なぜ、バレ……?」

「ついて来るなら、音まで消すこった。あんたの足音は遠くからでもわかりやすいんだよ」


 なるほど、姿は隠していたがそれ以外は対策していなかったから見つかったわけか。


 ……………………。


 え? この喧騒の中でついて来る奴の足音とか衣擦れの音とかを察知して姿を隠した俺のところにやってきたの?

 化け物……?

 というか、遠くからでもわかりやすい足音ってなに!?


「むぅ……」

「とりあえず、ついて来るなら、そのまま姿消してからついて来な」

「姿を表わさなくていいのですか?」

「ここで出たら大変なことになるだろ。あんた、かなり有名だからな?」


 考えればそうだ。

 俺は今やこの国の救世主であり、王様と共に国民に顔見せして功績を発表する溶かしてくれたから王都の人間は俺のことを知っている。

 確かにここに俺がいることがバレたら動けなくなりそうだ。


「わかりました」

「んじゃ、ついて来な」


 ディランにくっついて行くと、メインストリートを外れて裏通りへと入って行く。

 綺麗になってきたメインストリートと違って、ここらはまだまだ整備不足のようで、小汚い。

 浮浪者も壁際に座り込んでいたりしている。


 そんな通りを抜けると、ぽっかりと空間が開ける。

 古びた大きな建物がある。

 庭があるようで、子供たちが遊んでいた。


 俺が想像した歓楽街とは全く違う。

 まさか孤児院のような娼館というわけではあるまい。 


「ここは、もしかして?」

「ああ、孤児院だよ」


 ディランは慣れた感じで中に入る。

 俺も中に入るところで、姿を現す。

 娼館ならばまだしも、孤児院でかくれていると何かにぶつかって見つかった時が面倒だ。


「あー、ディランだ!」


 中にいた子供たちが、気がついたようでディランの方へ群がってくる。

 随分と慕われているようである。


「ははは、待たせたな。フィオレはいるか?」

「いるよー!」

「呼んで来てくれ」


 大人びた子供が奥へと向かう。

 何が起きるのだろうかと見ていると、子供たちの視線が俺の方に向いていることに気がついた。


「ディランがお嫁さん連れて来たー!」

「すっげー、美人だ!」

「すげー!」

「きゃー!」


 はい、予想通りの反応ありがとうございます。


「ディランとはそういう関係ではありませんので、大丈夫ですよ」

「ディランが振られた―!」

「まあ、元気出せよ」

「良い人現れるってー」

「フィオレ姉ちゃんを押し倒せよー」

「だああ、うるせえぞ、おまえら!」


 わーと、逃げていく子供たち。


「人気者ですね」

「ああ、ここの出身なんだよ」


 ほほう、ディランは孤児だったのか。

 では、どうして奴隷になっていたのだろうか。

 奴隷商からここに売られたとか?

 いや、それなら出身とは言わないだろう。


「ここで育ったのですね」

「まあな、騒がしいけどいいとこだよ」

「では、なぜ奴隷に」

「聖女様ってズバズバ聞いて来るな」

「話しがたいことなら話さなくても良いですよ」

「いや、いいさ。あとで話してやるよ」


 そこで俺とディランは会話を打ち切った。

 なぜなら、子供たちに囲まれてひとりの女性がやってきたからだ。

 如何にもな町娘という風な格好をしている。

 年若いが、つり上がった目と全体的な雰囲気から肝っ玉母ちゃんな印象を受ける。

 子供たちの話を聞くに、この孤児院のボスみたいなところだろうか。


「ディラン! 来るなら前もって連絡しろっていつも言ってるでしょ!」


 開口一番、叱責であった。


「悪かったって、色々あんだよ俺も」

「それでもいきなり来たら食事の用意とかあんのよ! って……聖女様ァ!?」


 怒っていたと思ったら蒼くなって平伏しだした。


「み、みすぼらしいところによよよ、よく!」

「そんな平伏しなくても聖女様は気にしねえぞ」

「失礼でしょ、ディラン!!」


 ディランの頭を掴んで、床板を貫かん勢いで頭を下げさせようとする。

 なんともパワフルな御仁である。


「まあまあ、今日は遊びに来たようなものですから、気にしないでください。ディランもだいたいいつもこんな感じですし」

「すみません! うちのディランが本当にすみません!」


 新鮮な反応で何よりである。

 ただ話が進まなそうなので、ディランに先に進めるように言う。


「それで、ディランはここに何しに来たのですか?」

「ああ、ほら」


 ディランはパンパンに何かが詰まった革袋をフィオレに手渡す。


「今月分だ」

「ちょっと、なにこれ。こんなに貰えるわけないでしょ!」

「いいんだよ、俺、今や聖女様付の騎士って奴だぞ。金払いはいいんだよ」


 なんと、ディランはそんなに金をもらっていたのか。

 対して俺はもらっていないのだが、どうなっているんだ?

 俺も金が欲しい。

 金は全てを解決することはできないが、大半のことは解決できるのだから。


「それでも」

「良いからとっとけよ。聖女様もいいって言ってるしな」

「ええ、ぜひ」


 ここは同意しておいてあげよう。


「うぅ……わかりました。ありがとうございます、聖女様」

「それ稼いだの俺だけどな」

「うっさい! ああもう、聖女様こいつのことどうかよろしくお願いします」

「それはむしろ、わたしの方かもしれませんけれど、わかりました」


 そんなこんなで、これ以上俺がいると落ち着けないだろうから、ディランと一緒に聖女の城に戻ることになった。

 表通りは使えないので、裏道を使って誰にも見られずに城へ戻るコースだ。

 いつの間にか日が暮れかけで、淡いランタンの光が照らす裏道は風情があった。

 そんな通りを歩きながらディランが頭をかきながら謝罪してきた。


「わりいな、騒がしいところに連れてきちまってよ」

「別に構いませんよ。子供は国の宝でしょうし。それにしても、あの孤児院の資金はあなたが払っているのですね。奴隷になったのも孤児院の為でしょう」

「そういうことだな。先代の院長が死んだとき、誰も後継者がいなくてな。孤児の中でも1番しっかりしてたフィオレが引き継いだんだが、まあ、色々とあったのよ」


 色々が正確なところどんなものかはわからないが、数多の書を読み漁って来た俺である。

 前世でも多くのそういう物語や実話があった。

 きっと大変だったことは想像に難くない。


 この国は孤児だけで生きていくには、厳しい世界だ。

 ドラゴンが死んだ影響は大きく、モンスターは活発になり農地は減り、食料はどんどんなくなって大人も餓えている。

 そんな中、孤児だけで孤児院を運営していくなど無理としか思えない。


「ま、そういうわけで金がいるってなったんで、奴隷商のとこに自分で自分を売り込んだわけだ」

「それで深淵に潜って奴隷騎士にですか」

「魔術についてはからっきしだが、気術の才能があったおかげで運よく生き延びれてな。そんで、金を稼いではあそこに送ってたんだよ」

「じゃあ、なんでこそこそしてたんですか」


 別に恥ずかしくない立派なことだろう。

 そのまま普通に出ても良いと思うのだが。


「なんか恥ずいんだよなぁ、孤児院に金持ってくってさ」

「案外かわいいんですね」

「うげ、気持ち悪いこというんじゃねえよ!」


 うんうん、孤児院にちゃんとお金を入れているのが恥ずかしいとか。

 ディランくんも可愛いところがあるじゃないか。


「えー、良いじゃないですか。ギャップはモテますよ」

「女には苦労してねえよ。これでも奴隷騎士様だぞ? モテるんだぞ?」

「え~、本当ですかぁ?」

「ホントだって、なら色々紹介してやるぞ」

「はは、良いですよ。信じてますって」

「信じてるようには見えねえんだよなぁ」

「ふふふ、日ごろの言動のせいですね」


 それについては、女日照りっぽい感じの言動をしているからね、仕方ないね。


「ったく、あんた性格悪いな」


 まあ、聖女を捕まえて性格が悪いだなんて、酷い男!


「まあ、でも、あんたの気分転換になったのならコソコソしておいて良かったな」

「?」

「いや、あんた最近顔色悪そうだったからな。何かあんならあのアイリスに相談してやれ、それが嫌ならクローネの嬢ちゃんにもな」


 身体強化しているから気がつかなかったが、俺の顔色は悪かったらしい。

 まあ、身体強化してなお内蔵を抉られるような反動を喰らっていたのだから、どこかでるところには出ていたということだ。


「ディランは相談に乗ってくれないのですか?」

「ああ、乗らねえよ。気分転換ぐらいはさせてやるけどな。良いか、絶対に俺に相談すんじゃねえぞ」


 うーむ、残念。

 意識的には男なので、ディランの方が色々と相談しやすいなと思ってしまうわけだが、本人がするなというのなら仕方あるまい。


「では、たまに気分転換させてください」

「おう」


 今度は何をしてもらおうか。

 そんなことを考えながら、ふたりで聖女の城へと戻った。

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