TS転生した男は、クソ親父にぎゃふんと言わせるようです
梶倉テイク
第1章 グレイ王国の偽聖女編
第0話 プロローグ
赤子の声がしない。
ただでさえ、母体はお産に耐えられないと医者に言われており、現に今息を引き取った。
子供もまさか死産だったのかと産婆らも不安になる。
なにせ、今手の中にある子は子爵の子供だ。
もし死産であれば、何を言われるかわかったものではない。
殺されたって文句を赦してはくれないだろう。
だから、気が気ではなかった。
その時、赤子が目を開いた。
「ああ、良かった生きていらっしゃる。泣かないのは不安だが、この子だけでも無事で良かった。すぐに子爵様にご報告を」
産婆らの願いが通じたのか、泣かなかったものの生まれたばかりの子供は生きていた。
すぐに使いのものを子爵の部屋へ送りお呼びする。
赤子を抱いた産婆は、じっとこちらを見つめる赤子を見ていた。
まるではっきりとした意識を感じさせる空色の瞳は、どこかうすら寒さを産婆に与えていた。
今抱きかかえているのが、子供ではないかのような、もっと別の何か。
モンスターのようなものではないのかという疑いが心の中に湧き上がってくる。
手を離し、床にたたきつけてしまった方が良いのではないかと葛藤し始めて手が震えだすのとほぼ同時に、部屋の中に子爵が入って来た。
見ただけで不安を感じさせる幽鬼のような男――ラディウ・ラドーニ子爵は、地獄の鬼のような恐ろしい笑みを浮かべていた。
「生まれたか」
産婆はもうそれだけで心臓が止まりそうになっていたが、辛うじて赤子をラディウに手渡すことができた。
「は、はい……」
「泣かないな、生きてるのか?」
「は、はい。見ての通りです」
「そうか。ならば良い。生まれたのだ預言者が教会に来ている、今すぐ見せに行く」
ラディウはそのまま赤子を教会に連れて行こうとする。
今しがた子供を産み落として亡くなった女のことなど何一つ気にしていない様子で、産婆は思わず聞いてしまった。
「あ、あの、奥方様は……」
「構わん。どのみち、このためだけの女だ。片づけておけ」
それだけを命じて、ラディウは部屋を出ていく。
「生まれた、ついに生まれた。次の聖女を輩出するのは我が家だ」
玄関に向かいながら己の目論見がついに成就するのだと信じて疑わないラディウであったが、屋敷へと駆けこんできた従僕の報告によりその笑みは怒りに染まることになる。
「ラドーニ子爵! お喜びください、インフラントが聖女を生みましたぞ!」
「なに!?」
インフラント家は、ラドーニ子爵の寄子の騎士だ。
近々子供が生まれるとラディウも聞いていたが、よりにもよって同じ日に、自分が望んでやまない聖女を生んだ。
それはラディウに烈火の如き激しい怒りを生んだ。
「貴様もか、インフラント! このボクの邪魔をするのか!!」
あまりの怒りに屋敷の階段の手すりがへし折れる。
従僕はそそくさとその場から退散していた。主の怒りに触れて首でも斬られたらやっていられないからだ。
階段の手すりをへし折り、地団太をしこたまやってからラディウの怒りはようやく収まる。
「ふー、ふぅ……いかん、落ち着け。すぐ熱くなるのはボクの悪い癖だ」
ラディウは、生まれたばかりで名前のない赤子を片手で持ちながら思案する。
「今、インフラントの子供は教会の中だろう。王都まで伝令が走ってもここまで聖女の使いが来るのは1週間はかかる、何かするならそこだな」
思案しながらラディウは、教会に向かうため屋敷を出る。
大雨が降っていたので、馬車に乗ったラディウは、赤子を横に放ってこれからどうするかを考えていた。
教会へ着くと祝福ムードが伝わってくる。
それに嫌な顔をしながら、彼は裏口から教会へと入る。
「おお、これはラドーニ子爵様。聞きましたか、インフラント家に聖女が生まれたと」
神父が記録をつけているところだった。
「聞いた。まったくうちも生まれたんだがね」
「おお、それでは預言者様に見てもらいましょう」
神父に先導され預言者が滞在している部屋へとラディウはやってきた。
預言者はみすぼらしい姿をしていた。
よぼよぼの老婆であり、首からは何の頭蓋骨かわからないものが首輪になって下がっていた。
預言者は手にした杖でこつこつと地面を叩きながら、入って来たラディウのところへやってくる。
顔を上げた彼女の目は白濁しており、目が見えないことがわかった。
「預言者様、ラドーニ子爵様です」
「この子を見てくれ」
「ふむ……聖女ではないな」
結果は想像した通りでラディウは、なんとか激昂せずに済んだ。
「そうか」
だからこそ、冷静に剣を抜き預言者を亡き者にした後、驚愕している神父も同時に殺してしまう。
「さて」
その後、ラディウは死体を隠してから、赤子を連れて聖堂の方へ向かう。
インフラント家に聖女が生まれた祝福ムードは既に終わっており、聖堂は無人になっていた。
そこで籠の中に赤子が一人寝かされている。
「こいつが聖女か。騎士でしかないインフラントに聖女など渡してなるものか」
ラディウはあろうことか手の中の赤子と籠の中の赤子を入れ替える。
それから意味はないが赤子に命じる。
「それじゃあ、インフラントの子として偽物の聖女になって処断されてくれよ」
そうラディウは言って諸々の手配を澄ませてから屋敷へと本物の聖女を持ち帰るのであった。
その顔は晴れやかなものであった。
聖女が偽物であると発覚した時点で、本物の聖女を出し、預言者と共謀して偽物を聖女として輩出したインフラントを追い落とす。
そして、自分が本来得るべきだった栄光を得る。
「フハハハ、やっとだ。やっとだよ、お父さん! やっと聖女を手に入れたよ。これでお父さんの夢が叶うね」
輝かしい未来を想像して幽鬼のような男はいびつに恍惚と笑う。
そんなラディウを見送りながら、赤子は思っていた。
『ぜってぇ思い通りにさせねえからなクソ親父! ぎゃふんと言わせてやる!』
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