第64話夢じゃなかった

「うるさい黙れっ!! もとはと言えばお前が俺を誘惑したのが全ての元凶であろうがっ! このバイタがっ!!」

「そ、そんな……」


 そして、クロード殿下のこの言葉により私の中で心が折れた音が聞こえた。


 クロード殿下がいるから。


 クロード殿下がなんとかしてくれる。


 だってクロード殿下はあの黒い仮面の人だもの。


 きっとクロード殿下もパニックになっているのだろう。


 もともとクロード殿下は失恋に近い状況であり精神的に追い詰められている状態で今回の事件により、気が立っていて普段使わないような暴言などを使ったり、暴力的になっているだけだ。


 そう自分に言い聞かせて今まで耐えて来たのだが、もう限界であった。


 もしかしたら、あの黒い仮面の人も、私の妄想だったのかもしれない。


 そう思うと全てがスッキリと納まる。


 本当は薄々気付いていた。


 そんな都合よく助けが現れる筈がない。


 それに、一人でその道のプロ数名相手に対して、まるで赤子をひねるかの如く危なげなく場を制圧できる者などそうそういない上に、いたとしても高位貴族の娘ならばいざ知らず下位貴族の娘である私なんかを助ける理由にもならない。


 きっと、私はあの時慰め者にされていた為、数日間の記憶を消されたのであろう。


 そしてその消された記憶の辻褄を合わせる為に私の脳が作り出した都合よく捏造された記憶が入り込んでしまった。


 ただそれだけの事なのだろう。


 そう思うと私は涙が自然と零れて来た。


 私の人生は一体何だったのだろう。


 何の為に産まれて来たのだろう。


 まるで胸にぽっかりと大きな穴が開いてしまったような、そんな虚無感に襲われ、もうどうでも良くなってくる。


 どうせ一度襲われた身であるのならば一回も二回も同じである。


 後は、行為が終わるまでジッと耐え凌ぐだけだ。


 なんてことはない。


「へへ、こんな上玉は久しぶりだぜ」

「おい、マジで俺は知らないからなっ!!」

「ビビッてんじゃねぇよっ!! 何が雇い主だっ! あいつは俺に金と女を黙って渡していれば良いんだよっ!!」

「付き合いきれねぇ。 俺は自分の命が惜しいからこの場から離れさせてもらう…………てめぇ、誰だ?外にいた仲間はどうした?」


 いよいよ私は汚されるのだと思ったその時、賊の一人が剣呑な声を上げ、腰に差した細身の剣を抜く。


「仲間? 外にいた害虫達の事ならば全て駆除したが?」


 そして、剣を抜いた賊の視線の先には、私が恋焦がれ、そして待ち焦がれていた黒い仮面に全身黒い衣服の男性がそこに立っていた。


「あぁ……っ」


 夢じゃなかった。


 夢じゃ、なかったのだっ!!


 彼は紛うことなき私の王子様だったのだっ!


 そして黒い仮面の男性は二人の賊をいとも簡単に倒して私をこの場から助け出してくれる。


 そうなれば、私にとってみればこの賊にさらわれた恐怖の体験は、黒い仮面の男性との運命を彩る一つの物語として書き換えられていく。

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