第34話 徒歩十分

 そんな、玄関から一歩出ては固まり、部屋に戻るという日々を何度か続けた結果、今では外に出る分には何の抵抗も無く出れるようになった。


 そして、それから一週間ほどして俺は意を決してコンビニへと向かう。


 アパートの玄関から一歩離れていく度に俺の心拍数は上がり、気分も悪くなっていく。


 脂汗を流しつつ、何で『ただコンビニへ行ってプリンを買ってくる』という簡単な事が出来ないのだろうか? と、泣きたくなってくるも自分を奮い立たせて一歩、また一歩と着実にコンビニへと向かっていく。


 端から見ればただの変人に見えたかもしれない。


 アパートからコンビニへまでは徒歩十分もかからないだろう。


 しかしながら、俺はその短い距離を一時間かけてようやっと辿り着く事が出来た。


 それと同時に達成感と、コンビニはコンビニでまた別の恐怖心が混ざり合い、どう表現すればいいか分からない気持ちの悪い感情を抱きながら、急ぎ足でプリンを二つ手に取ると、俺は急いでレジへと向かう。


 朝霧さん以外の人と話すのはいつぶりであろうか。


 それが例え会計時の店員と客との会話と呼べるかも怪しい内容ではあるものの、とんでもなく緊張してしまい自分でもびっくりしてしまう程どもってしまった。


 店員からすれば気持ちが悪かったかもしれないので、ほんの少しだけ申し訳ないと思うのだが、それと同時に久しぶりに朝霧さん意外と交わした会話をした事により少しだけ心が軽くなった気がした。


 徒歩十分のコンビでプリンを二個買う。


 たかがそれだけと思う者もいるだろうけれど、俺からすれば誰が何といおうと大冒険であった。


 そんな大冒険の末、目当ての宝物を手に入れた俺は急いでアパートへと戻り、感じたことのない強烈な達成感に襲われると共に自己肯定感も上がった気がした。


 そして時計を見ると午後五時。


 もうそろそろすると朝霧さんが帰ってくるので、それまでには細々とした家事を終わらしていくと、聞きなれて来た「ただいま」という声が玄関から聞こえて来るので俺は玄関へと行き朝霧さんを出迎える。


 そして俺の顔を見るなり笑顔になる朝霧さんを見ると、こちらまで笑顔になる。


 良く分からないのだが朝霧さんの包容力は五十三万はありそうだ。


「ねぇ、朝霧さん」

「ひゃ、ひゃいっ!! な、なななっ、何でしょうっ!?」

「そんなにビックリしなくても良いじゃないか。 声をかけたコッチがビックリしてしまいそうですよ」


 とりあえず、プリンを買て来た事を伝えるべく、リビングへと向かう朝霧さんへ声をかけると、何故かビックリしていたので心の中で謝っておく。


 


 

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