第21話 雑踏の音に掻き消えてしまう

 そう呟いた俺の言葉は雑踏の音に掻き消えてしまうのであった。





 制服のポケットからスマホを取り出して新谷さんから届いたメッセージを、今日七度目になる確認をする。


 このメッセージには本日の晩御飯の要望が書かれているだけで何度も見返すような内容ではないのだが、何故だか無性に何度も見返したくなると同時に、見返すと心がポカポカしてきて早くご飯を作ってあげたくなってくる。


 そしてそれは、新谷さんが私のご飯を美味しいと言いながら食べてくれる所を想像する妄想へとシフトしていき、その姿を想像するだけで幸せな気分になってくるから不思議である。


 因みに、晩御飯なのだが昨日話し合った結果、私が半ば強引に交代制をもぎ取ったのである。


 新谷さんは『居候させて頂いている身でありながら家事をさせる訳にはいかない』と頑なに首を縦に振ろうとしなかったのだが、新谷さんが首を横に振るたびにシャツのボタンを外していき、最後ブラジャーのホックに手をかけた所で新谷さんはようやっと首を縦に振ってくれたのだが、女性としての存在意義を今一度考えたくなるくらいには私は深いダメージを負ってしまった。


 確かに少し、ほんの少しだけ他人よりかはふくよかではあるものの、それ以外はなかなかに良い身体つきをしており、男性目線で言えばなかなかにそそるものがあるのではないかと思っているのだが、その自己採点を少し改めなければならないのかもしれない。


 しかしながら私の場合は初めから新谷さんは我慢できず首を縦に振るという確信があったため、今回のような作戦を取ったのだが、それでもやはりダメージはゼロではない上に、むしろ深い箇所もある。


 恐らく他の男性に同じ事をされても何も感じなかったであろう。


 そして、私の考えが正しければ間違いなく新谷さんは女性不信になりかけていると思ったからである。


 今思えばそう思えるだけの新谷さんの不審な行動が目につき出してくる。


 特に如実なのが、絶対い触ろうとしない、絶対に私から不意に触るとかなりびくつき、それと同時に何でもない事をアピールする顔が引き攣っている、絶対に一定のライン以上は近づいて来ない、などなど上げればキリがないのだが、何より新谷さんの表情が苦手な物に合った時の私の顔にソックリなのである。


 足を引っ掛けてしまい新谷さんを押し倒してしまった時の、新谷さんの絶望感溢れる表情は今も鮮明に思い出せる程には、私にも衝撃であったのだ。

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